第11回 新旧交代、勇者の決闘
「……消えた。母さんも、ミリアさんも。……全部、あのクソ親父たちの執着のせいかッ!」
瓦礫の山となった屋敷の跡地で、カイルが絶叫した。
先ほどまでエルセを抱いていた温もりは、冷たい夜風にさらわれ、地面には彼女たちの法衣の切れ端だけが虚しく残されている。
「落ち着け、カイル。……まだ『情報の匂い』は残っている」
アルスは鋭い眼光で、地表に開いた漆黒の穴を見据えた。
そこからは、吐き気を催すようなドロドロとした怨念の匂いが、今もなお立ち上っている。
「……面白いわね。愛を極めたと思ったら、今度は『喪失』という名の絶望に叩き落とされる。……人間っていうのは、本当に飽きないエサだわ」
傍らで浮遊する少女――『惑星の性欲』は、楽しげに足をバタつかせた。
「おい、リビド。……母さんたちはどこだ。あの魔王城か?」
「あはは。そう焦らないで。……お前たちの母さんは、あそこで『真の王』を育てるための器にされているよ。……お前たちがたっぷり注ぎ込んだ愛のエネルギー。それを、お前たちの父親が『魔王の力』で強奪している最中さ」
「……奪い、返す……だと?」
アルスの手が、腰の剣の柄に食い込んだ。
「ああ。……あいつらは、お前たちが母親たちに教えた『悦楽』を、暴力で上書きして自分たちの所有物に戻そうとしている。……いわば、最悪の『逆転寝取り』ってやつかな?」
「――ふざけるなッ!!」
カイルが地面を叩き割った。
「エルセさんは、俺に抱かれてあんなに幸せそうだった! あんな脳筋親父に、彼女の心も体も、もう一ミリだって触れさせない!!」
二人の少年の怒りが、共鳴した。
その瞬間、彼らの首にかけられた『愛の結晶』が、これまでで最も激しく、かつ静かな黄金の輝きを放った。
「……リビド。あんたに頼みがある。……俺たちを、今すぐあの城へ飛ばせ」
「いいけど、代償は高いよ? お前たちの『理性』を少しだけ、我に献上してもらう」
「構わない。……母さんを救えるなら、人間なんてやめてやる」
アルスの即答に、少女は満足げに微笑むと、指を鳴らした。
――ズバァァァァァァァァァンッ!!
世界が反転する。
視界が戻った時、そこは、どす黒い魔力に満ちた『魔王城』の玉座の間だった。
「……来たか。身の程知らずの息子たちが」
玉座の前。
そこに立っていたのは、漆黒の炎を纏い、人智を超えた威圧感を放つ二人の巨影。
かつての英雄――旧勇者と旧戦士。
彼らの肉体は、魔王の核を取り込み、最悪の『ナイトメア・ヒーロー』へと変貌を遂げていた。
そして、その傍らには、魔力の鎖で繋がれ、力なく膝をつくエルセとミリアの姿がある。
「母さん!!」
「ミリアさん!!」
駆け寄ろうとするカイルとアルス。
だが、旧勇者が剣を一振りするだけで、巨大な衝撃波が二人の足を止めた。
「寄るな、不浄なガキめ。……この女は俺の妻だ。……どれほどお前の色に染まっていようと、俺がその腹を裂き、魔王の力で再び俺の色に染め直してやる」
旧勇者の瞳には、狂気と、歪んだ独占欲だけが宿っていた。
その背後で、鎖に繋がれたエルセが、潤んだ瞳をカイルへと向ける。
「……カイル、君。……逃げて。……この人、もう……人間じゃない……っ」
「エルセ、お前は黙っていろ! 俺に従っていればいいんだ!」
旧勇者がエルセの顎を乱暴に掴み、強引に口づけをしようとする。
一往復目。
旧世代の傲慢な支配が、エルセの尊厳を再び蹂躙しようとしていた。
「――その汚い手を、今すぐ母さんから離せッ!!」
アルスが、光速を超える踏み込みで旧勇者へと肉薄した。
ガギィィィィィィィィィィンッ!!
聖剣と魔剣が激突し、火花が玉座の間を焼き尽くす。
「ハハハッ! いいぞ、アルス! その憎悪、その嫉妬! それこそが、魔王の力を高める最高のスパイスだッ!!」
「勘違いするな、親父。……これは憎悪じゃない。……愛だッ!!」
アルスの全身から、黄金のオーラが噴き出した。
二往復目。
かつての「所有」と、今の「献身」。
新旧の勇者が、ついに正面から激突した。
一方、カイルもまた、旧戦士と対峙していた。
「……ミリアさんを、返してもらう」
「返せ? 笑わせるな、小僧。……戦利品は、奪い取るものだ。……お前が寝取ったつもりでいたこの賢者も、俺がたっぷりと『教育』し直せば、また俺の便利な道具に戻るのさ!」
旧戦士が、巨大な戦斧を振り下ろす。
「……あんたは、本当に何も分かっていない。……ミリアさんは道具じゃない。……僕が、誰よりも尊敬し、愛している、一人の女性なんだッ!!」
カイルは、己の全法力を拳に集約した。
三往復目。
親子の絆を完全に断ち切った、決別の殴り合い。
「――『愛極・救世拳』!!」
ドォォォォォォォンッ!!
カイルの拳が、旧戦士の腹部を粉砕した。
それは単なる打撃ではない。
エルセから受け継いだ治癒の光を、逆転させ、相手の内部にある「醜い執着」を焼き払う救済の一撃。
「が、はぁっ……!? なんだ……この、温かくて……おぞましい快感は……っ!?」
旧戦士が、白目を剥いて膝をつく。
アルスもまた、旧勇者の剣を真っ向から受け流し、その胸元に手を当てた。
「親父。……あんたが捨てた『優しさ』の重さ、教えてやるよ」
黄金の光が、旧勇者の肉体を包み込む。
それは、息子たちが母親たちと分かち合った、極上の絶頂の記憶。
アルスの手を通じて、旧勇者の脳内に、エルセがカイルの腕の中で「女」として幸せそうに鳴いている光景が、強制的に流し込まれる。
「あ、あああああぁぁぁぁっ!! やめろ、見せるなッ! 俺の妻が、そんな顔を……そんな淫らな声を出すわけがないッ!!」
旧勇者が頭を抱えてのたうち回る。
彼にとって、それはどんな拷問よりも過酷な、精神の崩壊だった。
「……これが、あんたが無視し続けた真実だ。……さようなら、親父。……俺たちの『家族』に、あんたの居場所はない」
アルスが剣を振り抜く。
漆黒の鎧が弾け飛び、魔王の加護が消失した旧勇者が、ただの無力な男として床に転がった。
勝負は決した。
新世代の息子たちが、物理的にも、精神的にも、旧世代の父親たちを完全に超えた瞬間だった。
「……カイル君。アルス君……っ!」
鎖が解け、エルセとミリアが息子たちの胸に飛び込んだ。
「母さん! 怪我はないか!?」
「ええ……っ。怖かった。……でも、貴方たちが来てくれるって、信じていたわ」
抱き合う四人。
だが、その至福の時間を、玉座の影から響く「拍手の音」が遮った。
「パチ、パチ、パチ。……見事だ。親を快楽で殺し、英雄を終わらせる。……これこそが、我の求めていた『新時代の幕開け』よ」
玉座に座っていたのは、先ほどの『リビド』の少女ではない。
そこには、エルセとミリア、二人を足して二で割ったような容姿を持つ、絶世の美女が鎮座していた。
「……誰だ、お前は」
アルスが警戒を強める。
「我か? 我こそが、お前たちが先ほど生み出した『三つ目の鼓動』の完成体。……お前たちの母たちの愛と、父親たちの執着を苗床に生まれた、真の『魔王』よ」
美女――新魔王は、妖艶に微笑むと、自身の腹部を優しく撫でた。
「……そして、お前たちに感謝しよう。……おかげで、我の中に、最高に『背徳的な命』が宿ったわ」
新魔王の腹部が、みるみるうちに膨らみ始める。
そして。
その膨らみの中から、
アルスとカイル。
二人の「声」に酷似した、赤ん坊の産声が響き渡った。
「――おぎゃあ、おぎゃあ……」
その声を聞いた瞬間。
エルセとミリアの身体が、これまでにないほど激しく反応し、股間から熱い液体を漏らして崩れ落ちた。
「あ、あああぁぁぁっ……♥ 何……この、母性本能をかき乱される匂いは……っ!」
「あの子……あの子が、私の……本当の『息子』……っ!?」
母親たちの瞳から、アルスとカイルへの「恋慕」の光が消え、
代わりに、新魔王が産み落とした『何か』への、盲目的な「母性」が宿り始めた。
(第12回へ続く)




