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狐稲荷千本桜  作者: 小栗雄十


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虎御前

 あの娘の先を行こうとしているのか、後に付いて行こうとしているのかよく分からないけれども、取るものも取らず慌てて飛び出した晴十郎とご隠居の二人。

 案の定、娘の姿は何処にも見えない。そもそもが、晴十郎のお社の真ん前から見失っている。

 あの口振りからして晴十郎に次第を伝えにきたと思うんだけれども、姿を消すところなんかが、娘のほうが上手(うわて)なんだか晴十郎が少し足りないのか。

 品川、川崎、そして保土ヶ谷、藤沢に入った。途中、泊まったり草鞋切(わらじきり)の妖怪の小僧うを懲らしめたりしたぐらいで、大した話はとんと無い。

 ご隠居の草鞋を切ってしまおうと近付いた小僧を見つけた晴十郎が、その小僧の首根っこ捕まえて思い切り脅かした。その小僧ワンワン泣いてしまってヒックヒック泣き止まないもんだから、それ見たご隠居が小僧に、()()()喰わせて()飲まして、子供にそんな怒るもんじゃないよ、と。

 晴十郎は、()()()()にイタズラ仕掛けるなんざ、今のうちに教えてやらねえとコイツいつか冗談聞かねえ御人に調伏されっちまうよ、と言い返す。

 オイラ調伏ってよく分かんねえけど、って小僧が言うもんだから、よせばいいのに晴十郎は、喰われっちまうことさ、と自分の顔を狐のそれにして、グワワワァと大口を開いて牙を剥き出した。

 そうなるとやっぱり小僧はワンワン泣いてしまう。おかげで子守をする羽目になった。

 やっとこさ泣き止んだ小僧に娘を見なかったかと聞く。白い子犬を連れた凛としてシャンとした娘だよ、アレは菖蒲(アヤメ)燕子花(カキツバタ)

 小僧に菖蒲か燕子花なんて言ったってわかりゃしないだろうに、晴十郎は鼻息荒くまくし立てている。

 小僧は見たような見ないようなと言いつつ、

「オイラ、女の人の草鞋は切らないんだ。だから女の人の事の覚えは悪いんだ。」

「そうか切らないか、そこだけは誉めてやるよ。」

 晴十郎は小僧の頭を撫で回した。


 平塚に入った辺りで、虎御前の話を思い出した晴十郎は、オイラとあの娘は縁の無い事なのかねぇ、と考えてしまう。

 桓武天皇の孫の高望王が、上総の国を受領してその国に任官する為に関東に下向した時の話。

 上総介に任命されたか受領という役に就いたのか、国を貰ったのか治めてこいと言われたのか、昔も昔、辻褄合わせでそんなところ都合よく考えておくれ。

 一族郎党引き連れて関東に向かう途中に、その郎党の中の高望王の娘が亡くなってしまう。悲しみの中、高望王は(つか)を築いて娘を弔った。

 高望王はその頃、臣籍降下で平氏を名乗っていた為に平氏の塚と呼ばれ、そこから平塚と呼ばれるようになった。年月(としつき)を重ねて塚を築いた盛土が(ひら)たくなったからという話もあるが、()()()()()()()で、よくわからない。ただ、どちらも正しいのだろう。

 ここ平塚が虎御前の生まれだと聞いている。奥州へ流刑になった藤原の貴族様が平塚に立ち寄った時に、この地の白拍子との間の子供らしい。

 虎御前も白拍子に成り、隣村の大磯で曽我兄弟の兄と出会い、恋に落ち、別れを覚悟で契りを結んだ。

 曽我兄弟というのは、浄瑠璃なんかで有名な曽我兄弟の仇討ちの話の、その兄弟のことで、虎御前の愛人は兄のほう。

 若くして父親を鎌倉幕府の実力者に殺された兄弟は仇討ちを胸に秘め、力を蓄え機会を伺い念願成就を真に願う毎日を過ごす。その思いが常に胸を締め付けるようだったと思う。

 兄は、弟がそういう思いだけで生きていては不憫だと思い、息抜きに弟を連れて宴席を設けた。そこに虎御前がいた。

 兄が二十歳で虎が十七歳、恋に捕まるのは一瞬だった。

 近い将来に仇討ちという使命がある、お前の望みは叶えてやれない、それでもいいから、その時まででも側に置いておくれ。願いが成っても成らなくても散る命妻にすることは出来ないがせめて妾でいいのなら。

 何とも哀しくて切ない涙で曇る恋の話だ。

 富士の裾野で催した巻狩りで、巻狩というのは、勢子という騒ぎ立てる役目の者、獲物を追い立てる者、獲物が本隊の方向へ逃げるように誘導する者、そして獲物を狩る本隊と分かれて行う大掛かりな狩りで、神君(いえやす)は軍事訓練替わりにとても良く好んだ。

 その巻狩を源頼朝が富士の裾野で催した時の事、この機会を逃したら生まれ変わっても悔やまれる今がまさしく千載一遇の機会と、(かたき)に刀を抜いて襲いかかり、斬った張ったの末に見事仇討ち成就を果たした。が、兄はその時に斬られて死んでしまう。

 源頼朝が直々に詰問するということで、虎は頼朝の前に連れ出された。

「一事が万事納得の上で兄弟と共におったのか。」

「あい。願わくばいつまででもあ、あの人の隣に付き従いけれども、想い人の幼き頃よりの念願をどうして私が止められましょうか。」

「思うところがあるがこれも武士の業なり。そなた、弔いたければ許す。」

 虎は無罪放免になり、兄の菩提を弔いながらその後を生きた。

 波の下の都は美しいですと入水(じゅすい)した二位尼や義経縁故の常盤御前、静御前、義仲の愛妾巴御前、この時代の女子は薄幸で哀しくて胸を締め付けられる話が多い。

 そんな話に自分をなぞらえた晴十郎、涙なんかは()()()()()()()()()()()が、少しグズグズッと鼻をすする。

 素性も身元も歳すらも分からない娘に入れあげるなら、なんで娘が来た時に捕まえなかったのか。ウジウジとして以外と奥手で根性無しだ。

 誰もが認める美丈夫なのに、そういうところが()()()()()()()()



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