落着
「お見事。感服仕った。」
松永久秀は言葉を発しながら平伏をする。これで決着ということでいいのだろうか。
「ぁぃ、待ちなんし。平家の翁が舞い踊っているままでござりんす。」
那須与一の幕は年老いた武者を射抜くまでが括りで、もし真がアレを外したら引き分けだと佐保姫は言う。
「舞い踊る武者の鍬形を射抜くでありんす。外すことは万が一にもありゃあせんと思うでござりんすが。」
キッと真を睨みつける佐保姫を、真はやんわりとした微笑みを返した。
顔を引き締め、鷹の目の如く鋭い視線を鍬形に向けた真は、ゆっくりと大きな動作で弓を引く。
優美絢爛と雑兵の誰かが呟いた。裾の舞台で那須与一演じている真は、月明かりで浮かび上がっていて、その言葉に負けていなかった。
弓矢の先にある本舞台では、年老いた武者に扮した兵が、舞い踊るというよりかは能の舞いに近いそれで、竿に結びつけた鍬形を揺ら揺らと動かしていた。梟の鳴き声が聞こえてきていたのだが聞こえなくなり、虫の声も止まった。
真の放った矢は、やっぱり光の軌跡を描いて空気を切り裂いていく。
真が矢を外す理由もなく、鍬形が音を立てて落ち、兜の部分には矢が突き立っていた。
「ほらほら、アレはうちの孫だよ。」
「ご隠居こういう時に最初に口開くのは、義経だ。せめて、松永の殿様か佐保のどっちかだ、ご隠居じゃねえよ。」
「こういう時は晴も黙っとくもんだぜ。」
沈黙破ったのは、ご隠居と晴十郎と勝軍だ。笑いの渦が巻き起こり、感嘆とか褒めちぎるとかそう言う面倒くせえ空気を吹き飛ばして、周りの雑兵達が大声で歌い出し、文字通りの酒盛りにその場を変えていった。
「真、よくやりんした。あちきの手駒が増えたでありんす。」
あぁ、佐保の奴、悪い顔してやがんな。ありゃあ、心の内はしめしめってところじゃねえかな。
「うちの真に仕事させといて、何にも無しじゃぁ、御上もお天道様もお冠だぜ。」
「あいも変わらず、器量の狭い野暮でありんす。主さんは口を開かなければ、水も滴るてな具合なのに残念無念の助。」
口を開いてよろしぃくねえってのは、おめえも同じだろうが。と言いたい晴十郎だったけれども、今も昔も、佐保姫に口喧嘩で勝った事が無いもんだから、代わりに勝軍を睨みつける。
「晴十郎、酒の肴が足りないよ。ほら、今時分だと筍じゃないかい。」
「ご隠居、勘弁してくだせぇ、席に呼ばれてるんだからこっちで勝手出来るわけござんせんでしょう。」
「お前さんの作るアレが欲しいが、仕方ないねぇ、真、我慢おしよ。」
「分かった。」
アレってのは多分アレだな、筍の酢味噌和えのことじゃねえかな。茹でた筍を酢味噌で和えて、木の芽をたっぷりかけた奴をこの時期はよく膳に出してた。
何がアレはうちの孫だよだ、都合よく孫にしたり出しに使ったり、腹なんかでっぷりしてやがるくせによ、なんか喰わせろたぁ、あれは狐じゃないね狸だね。
ご隠居への悪口を並べ立ててる最中に晴十郎は、ある疑念を思いついてしまった。そもそも、幽霊達を最初から手駒にするつもりで、あの二人は企んでいたんじゃねえかと。
オイラ達は、あの二人が網張って待ち構えていたところにズドンと捕まっちまったんじゃねえか。
源九郎の社に片一方ならいざ知らず両方が雁首揃えて待ち構えてるところなんざ、最初から都合よく扱き使おうと思ってたに違いねえ。
そう思い始めたら、なんで幽霊達が酒を用意できるんだ、あの舞台急拵えにしちゃぁ随分と立派だったじゃねえかと、晴十郎の胸の内に、次々と疑念が湧いて出てくる。
どいつもこいつも信用ならねえ、ひょっとしたら源九郎もグルなんじゃねえのか。勝軍を見遣れば、何かしら察したのかニヤッと鼻で笑う。
そろそろ空が白んでくる頃合いで、東のほうが赤くなってきている。もう少しすれば夜の深い蒼に赤が滲んで、小紫と青紫が混じった模様の東雲が見れるはずである。
何時もは西寄りにある夜明けの月が、今は東の空に残月となって浮かんでいる。まるで幽霊たちの為に踏み逗まってくれているかのようである。
松永久秀が板の間から降りて佐保姫に平伏すると、その後ろは雑兵達が並んで佐保姫に向けて平伏をする。
「今これより、松永弾正久秀並びにその一門、佐保姫様の麾下と成りて、御身の為に粉骨砕身する所存でございまする。」
「そないに大袈裟に言わんといておくれやす。後は察してくれたら良うござんす。」
「やっ、その察するというのが苦手で御座いましてな、勘繰り合いの誤りは信長とのやり取りで充分でござる。」
「ではこういたしんしょう、真に何かあったら手助けお頼み申しなんす。勿論あちきが一番でござりんす。」
「委細承知仕った。」
空が明るんでくる中、松永以下の幽霊達は残月と共に消えていった。
佐保の奴、真を気に入ってくれたのは嬉しいが、あくまでもオイラの妹なんだからオイラ抜きの話は御免だぜ。
「さぁ、お開きだね。」
ご隠居がそう言った。




