駆け引き
「通し矢で白黒つけなんし。主さんが勝ったらあちきら五人衆のお墨付きをあげるでござりんす。」
どのようなお墨付きでと聞かれたので勝軍が佐保姫に代わって、星夜の限りこの城は松永久秀とその配下の物である、と答えた。と、勝軍は松永久秀に返して、これでいいだろうと佐保姫にも聞く。
「ぁぃ、そのかわりに負けたらあちきの仕事を手伝って貰いましょう。」
どのような仕事でと松永久秀は佐保姫に尋ねるが、そのような些細な事を聞くなんぞ野暮だと佐保姫は払いのける手の身振りをしながら、やるのかやらないのかいと松永久秀に詰め寄った。
「うむ、元より影ろう月明かりならば我らは回生する。お手前達が喧嘩したのも芝居で御座ろうよ。」
何故かは知らないが、塵とかき消された雑兵達が、月明かりで蘇ってきたのも本当の事。時さえ稼げば我が軍勢がお手前達を押し込められる事ができるのも、これまた本当の事。
「おい、バレてたわ。」
「晴の芝居が下手くそなんだな。」
晴十郎と勝軍は顔を見合わせ笑って誤魔化す。晴十郎と勝軍が時間稼ぎをしてたのも本当の事で、何か上手い事いかねえかと考えていた訳だ。
上手い事も何もヘチマもねえが、喧嘩を売ったのは勝軍なんだから、謝っちまえばいいのに、頭下げたくねえもんだから変な意地張っちまって話がこんがらがっちまう。割を食うのはいつもオイラだと晴十郎の兄さんは言うが、本当に割を食ってるのはアタシの方だ。
源九郎は笑ってごまかしている晴十郎と勝軍を苦々しく見つめ、それを見た真は源九郎に頭を振った。我慢しなよとでも言いたいのだろうか。
「我ら信長憎しと思っていたが、その信長はこの世におらんようだし、他に対した本意もござらん。だが此方に弓の達者なものはおらんでの。通し矢では無く扇の的で我等が的で如何かの。」
「ぁぃ、ようござりんす。」
「じゃあ用意させるでの。身共が勝ったらお墨付きで宜しいな。」
「では此方が勝ったら、春めいた日に東風が吹いたらあの女の尻引っ叩いて、夏霞を扇いで散らしておくんなんし。」
「宇津田姫と筒姫の二柱が御相手で簡単な仕事と言いなさるか。」
「あの女ども全く忌々しいったら、宇津田なんか勝軍会いたさにいつ迄も居座り続けるんでござりんす。」
勝軍はあちきの間夫でござりんす。座敷のおゆかり様ならいざ知らず、間夫を掠め取ろうなんざ、横紙破りどころじゃござんせん。
しなだれかかって、そないな女よりうちのほうがええ思いさせたれますえ、とか吐かしやがって、一昨日来やがれオカメ女めが、筒も同じ穴の毛むくじゃらの狢でありんす。
あらちょいと、御暇するには早いんじゃ御座いませんか、佐保なんかうっちゃってアタシとしっぽりいかが、何がアタシとしっぽりだい、転んで顔でもぶちゃあ少しは見れる顔になるってもんなのに、大層自身がお有りでござりんす。
「勝軍地蔵菩薩はあちきの男だよ、手ぇ出すんじゃねえよっ。」
おい、勝軍、修羅場とは角に置けねえな。と晴十郎が勝軍に耳打ちすれば、気付いてはいたけど佐保の取り巻きだから良い顔してやってだけなんだけどな、と勝軍も言い訳を佐保に聞こえないようにコッソリと言う。
「彼奴等に目一杯の嫌がらせをしておくんなんし。」
「委細承知仕った。」
急拵えの準備の割には、なかなかどうして立派な能舞台が出来上がっている。松ではなく船を描いた鏡板を設えた本舞台に、一本の細い柱が立てられ、その柱の天辺の先には朱く日の丸を染め抜いた金の扇が立てられ、その本舞台から橋掛かりが伸びて小さな舞台へと繋がっている。
橋掛かりは三十三間堂程ではないが十五丈はあるのではないだろうか、ひょっとしたらもっと長いかもしれない。舞台から本舞台の扇を見ると親指程の大きさにしか見えなかった。
舞台には、女御の身なりに扮した者と甲冑に棒の先に紐でぶら下げた鍬形を持った武者姿の二人が跪坐して控えている。
松永久秀が申し出た扇の的とは、源平の屋島の戦いでの那須与一の場面の事だが、女御姿は平家の女御役で武者は射抜かれてしまう舞い踊る武者を、舞台と鏡板で屋島の海に浮かぶ船を、橋掛かりを海にこちらの舞台を砂浜に見立てているのだと思う。
松永久秀は生前に茶器を好んで収集していたと聞く。今日びなら粋の分かるお大尽てところだが、往時であれば風流人だったのだろうと晴十郎は思う。晴十郎が人であった頃ならば、もののあはれと言ってただろうか。
「義経は九郎に、弓引きは真にさせるでありんす。」
源義経は九郎で良いとして那須与一を真にやらせるってか。駄目だ駄目だ、真は女神だぞ、仏に願掛けってのは御法度じゃねえか。
「駄目だ駄目だ。真に南無八幡大菩薩なんてやらせることはできやしねえ。」
煙管を燻らせて勝軍が晴十郎に言った。
「この俺の妹でもあるんだから、しち面倒くせぇ事言うんじゃねえぇよ。」
「それとこれとは話が違う。芝居とは言え、神の真が仏の八幡に頭下げるってことじゃねえか、許すこたぁできねえぇ。」
「シテとワキの語りは、すべて此方で。義経は源九郎殿が居られるのでそちらでいかがかな。」
「ちっ、それで我慢してやらァ。」
折角纏った話が壊れちまうから晴十郎は渋々ではあるけれども、引き下がった。
「おい晴、ところでお前気づいていたか。」
勝軍は周りに聞かれないように、しかも身内の真や源九郎にも聞こえないように晴十郎に耳打ちしてきた。
「おうよ、気付かないでか。これってよぉ、どっちが勝っても佐保の勝ちじゃねえか。」
「そうなんだよ、勝てばコイツラこき使えるし、負ければ佐保のお墨付きってことは臣におさまるてぇことだろ。」
「お前ら二人悪知恵が働くところなんざ、やっぱり似た者同士の鍋蓋だな。」
ところがだ、聞こえないようにしてたつもりだが、松永久秀にはしっかり聞こえていたようで、晴十郎と勝軍の会話に大きな笑い声で割って入った。
「気付かないでか。配下の皆も承知の上だ。」
信長と言う目当て無くなった今、天下を取ると言っても月明かりでしか動き回れないし興味もない、眠る手段も思いつかない。で、あるから、佐保の申し出は目的を与えてもらえるという渡りに船であったと松永久秀は言う。
「勝っても負けても、腑に落とす言い訳が欲しいのでござるよ。」
「そうかい、じゃぁこの遊び楽しませてもらうぜ。」
晴十郎はそう言って、いつもの片目の仕草をしてニヤリと笑う。




