五人衆
「佐保姫の姐様。」
真の奴が、纏わりついて酔い潰れている源九郎を突き飛ばして、佐保姫に駆け寄りその手を取った。
佐保姫はその長い髪を頭の上に結い上げて、裾がヒラヒラとたなびく唐風の衣で身を包んでいて、女神よりも天女か神女と呼んだほうがしっくりくる装いではあるが、手を繋いだ真の髪が端を切り揃えただけなので、遊女と禿の女童に見えなくもない。
「いつ迄酔いつぶれているんでありんすか、さっさと起きて働きなんし。」
佐保姫は源九郎に毒づくと邪魔だと言わんばかりに、いや実際邪魔だったのだろう、源九郎の尻を蹴った。本当なら太鼓持ちならぬ鼓持ちの主さんが前に出ておゆかり様の相手をするものでありんすと更に尻を蹴り、捨て台詞を吐いて畳み掛けた。
「主さんの皮剥いで鼓にしてやりんしょうか、そしたら、ほんにおさらばいたしんしょう。」
こういう時の源九郎は決まって悲鳴をあげるもんだが、やっぱりヒィィィと悲鳴を上げた。酔いの方はすっかり醒めたようで、真に危害が加わらないようにと、敵意を向ける者たちとの間に入って佐保姫の顔を見て勝軍の顔を見て晴十郎の顔を見て、挙動不審にアタフタしてしまう。
これには勿論理由があって、毎度の事ながら誰かの言いつけを守れば誰かに怒られるからだ。佐保姫の言いつけを守れば、大抵のことで晴十郎に怒鳴りつけられてしまうし、その逆もそうだけれども、勝軍が怒鳴るときもある。
佐保姫は着物の裾を捲って足を出し、ドンとその足で床を踏み鳴らす。
「やい、てめえら、あちきに弓引くなんざ、やれるもんならやってみやがれってんだ。この唐変木のコンコンキチ野郎どもが。」
「おい、佐保、口悪いぜ、それはよ。」
音に聞こえし兵共よ、近くば寄ってとくと聞け。問われて名乗るもおこがましいが、そこに控える剛の男衆を、時雨降る愛宕の山の慈悲の菩薩権現と、以後お見知りおきをお頼み申す。
さて次に控えし毛むくじゃら、遠い月日に見る目も眩しい吉野桜、静御前の袂を持って切ったはったの大立ち回り、今は父母の声を懐かしむ今牛若の源九郎狐稲荷。
見目麗しき姫御前、桜の香りを纏いて渡世を渡る、真の名前は心に秘めて、付いた渾名が桜真比売命、浜の真砂とよく言うが同じく尽きぬ桜の花びら。
次に控える優男、流した浮名は水の流れ、晴れの嵐か雨の日陰か恨んだ女は数知れず。京の都の生業で馳せた陰陽戻橋、千引に逝ってみたものの引き返したるは、ご存じ信太の落し子安倍晴明。
「オイラの口上だけ、けなしてねえか。人の姿で千引見物戻りし狐稲荷の世直し見参の方がしっくりこねえか。」
四の五に控えしあちきを知らぬはモグリかえ。大和の座敷にあがって幾とせの流した星月覚えておらぬ、竜田が秋涼の候でしたら、あちきは春爛漫の佐保姫でござりんす。
蔵王権現の杯干して、なんの因果か知らねえが兄弟姉妹の契りを結びし五人衆、泣いて笑うも浮くも沈むも五人で候、売った売られた喧嘩を袖にするなんざ、好かねえ事をお言いの野暮と同じ、気に入らねえなら白黒つけておくんなんし、逃げも隠れも致しやせん佐保山桜の五人衆。
ダンッと足を踏み鳴らして芝居の見得を切る佐保姫の前で真も一緒に見えを切った。
「おい蔵王権現の名前出しちまったよ、後で怒られねえか。」
「後で俺が出向いておくさ。お前らの仕出かしに頭下げるのも菩薩の仕事よ。」
出鼻を挫かれたのか呆気にとられたのか、松永久秀は勿論、兵達皆がポカンと口を開けて言葉を失っていた。ほんの束の間で目の前に現れた、絵姿でよく見る春の女神そっくりな女子が啖呵を切るもんだから、無理の無いことだと思う。
その横で晴十郎と勝軍がまたまた喧嘩を始めてしまう。
「吐かせこの野郎。蔵王様にしたらお前みてえな鼻垂れ小僧会ってもくれねえや。」
「けっ、晴十郎の方こそ鼻垂れ小僧じゃねえか、此方はお前が安倍清明やってた頃からの菩薩様
よ。」
「お前が菩薩様ならこの世はおしめえだな、救済どころか銭巻き上げるだけなんじゃねえのか。」
「かっ、仏が銭貰って何が悪いってんだ、浄財納めて厭離穢土欣求浄土てなもんだ。」
「ちょっといい加減にしなんし、あちきを取り合うなんざ無粋でありんす。」
「取り合ってねえ。」
「取り合ってねえ。」
間に割って入った佐保姫に晴十郎と勝軍は同時に佐保姫を見て同時に否定した。
「佐保の姐様、晴の兄ちゃんは昔の女が忘れられないなんです、勘弁してやって下さい。」
「おい真、いい加減兄ちゃん怒るぞ。後で酷ぇからな。」
今にも取っ組み合いをしそうな晴十郎と勝軍を見ている佐保姫は、苛ついた素振りで腕組みをして、真は晴十郎と勝軍を引き離そうと必死になるが二人に跳ね飛ばされて、源九郎に受け止められる、。その源九郎はアワワとソワソワ落ち着きがなく、お手上げだとばかりに辺りをキョロキョロ見渡している。
この様子に幽霊の一人がこう言う。何を見せつけられてるんだ、と。
「まるで芝居の幕を見ているみたいだ。」
松永久秀は、手下の言葉に笑い始め周りも釣られて笑い始めた。
「もし女御殿は、佐保姫様か。それならご教示頂きたく申し上げる。手前共はどうすれば良いのか。」
松永は一同の下座に周り、改めて佐保姫に頭を下げ平伏の姿勢を取った。自然に澱み無く武家の作法ながら見事なものだと晴十郎は思った。
「如何にもあちきが、人呼んで、春の佐保姫でありんす。」
晴十郎がその場に胡座で座り、勝軍もその横に座り晴十郎に杯を持たせて酒を注ぐ。喧嘩するほど仲がいいとよく言うが、此処まで極端なのはそうそう見たことがない。
「手前共もどうしてこの世に舞い戻ったのか、皆目見当がつかぬし、月明かりの下でしか喋るどころか姿を現すこともできないときた。」
「そうかい、じゃあ、白黒つけようじゃないか。」
え、今そういう話じゃないだろうに、なんで決着つけるって答えになるんだ、って晴十郎も勝軍もそう思ったに違いない。二人は眉間を歪めて顔を見合わせる。
「何も取って食おうとかそういう事を言ってるんじゃござりんせん。このまま、おさらばじゃまるで武佐の塩次郎でありんす。」
だから通し矢でありんす、と佐保姫は弓を引く仕草をして見せた。晴十郎と勝軍は成る程と合点がいったようだ。
「こりゃ、面白いかもしんねえぞ。」
晴十郎は真に笑顔で片目を瞑った。




