真打ち
「そもそも、手前達が幽霊だとは夢にも思わなんだ。」
松永久秀はそう言った。
「お前さん達を怖がって此処から逃げ出した化け物達が、城下で悪さをしてんのよ。それがどうにもいけねえ。」
そんな大層な正義感なんざ微塵にも感じてないだろうに、よくもまあ抜けしゃあしゃあと言って抜けるもんだね、この勝軍という男は、と晴十郎は思う。幽霊見物が幽霊退治になって今は遊んでるところだけれども、これが幽霊相談にならなきゃいいな、割を喰うのはオイラだからな。
「やっ、それはしたり。そんなつもりは御座らんが、手前達も行く末が見えて来ぬでな。」
不味い不味い、相談事に成りそうだ。ここは勝軍の御力とやらで成仏してもうらうのはどうだろうか。
「勝軍が南妙法蓮華経とか南無阿弥陀仏と般若波羅蜜多とか唱えてやれば良いんじゃねえかな。」
「俺が特定の宗派の真言言っちまったら、それはいけねえ。」
片方の肩担いだら片方の顔潰しちまう、お前んところの何でもありはこっちじゃぁ御法度なのさ。
「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカとか言ってる奴があるじゃねえか。」
「それは、坊主が俺に向かっていう奴だよ、そんな照れくせえのは俺の口からは言えねえ。」
日の本の言葉にすると、大いなる讃えあれ、偉大な存在よ、成就したまえ、という意味なのだが、勝軍が口にしてしまえば自画自賛で恥ずかしいのも御尤もな事だ。
「てめえが恥ずかしいなんて事あったのかよ。」
「晴は知らねえだろうがよ、いつもいつもお前の仕出かしで頭下げて回ってんのよ。それが恥ずかしいのなんの。」
「抜かしやがれ、この唐変木めが。」
横でブツブツ言いながら酒を煽っていた源九郎が晴十郎と勝軍の間に割って入り、晴十郎と勝軍の頭をポカリと叩き大声で喚き倒す。その姿は留守番をしているご隠居のようである。
「およしよ人様の前でみっともない。アタシは許しませんよ。」
いいかいアタシがアンタ達の兄さんだからね、とブツブツ言いながら真にくっついて酔いつぶれてしまった。
晴十郎と勝軍はそれを見て高笑いをする。毎度の事ながら、源九郎の最後はアンタ達の兄さんだからねって酔いつぶれるのである。
「今回は意外に潰れるのが早かったな。」
「しかしアレだな、ご隠居に憧れでもしてるのかね源九郎の奴は。こういう時は決まって喋り方までご隠居だ。」
ちげえねえと勝軍は晴十郎に答えて又笑う。
海原千杯飲み干して、春の暁薫風薫る、そこに見えるは佐保の霧、ここは飛鳥の山麓よ、あちらは大和の稲穂だぞえぇえ、飲めや歌えや皆の衆。
最初に歌い出したのは雑兵の一人で、またたく間に皆々が続けて歌い出していた。槍や刀の鞘を地面に打ち据えて拍子を取る。その音が跳ね返って響き渡り、それが皆々の胸に秘めているであろう思いが噴き出すのを手助けしているかのようである。
歌が終わると、雑兵の中でも身なりの良い者が立ち上がった。組頭なのだろうか、それを見た周りの兵が槍やらを手にして立ち上がる。
「殿、もう良い塩梅では。我ら一度は死んだ身の上ながら思い残すことは御座いませぬ。」
神殺しで名を残すのもこれまた一興かと、その組頭らしき者は、松永弾正久秀に促す様に言う。
下座の真ん中で雑兵達に背を向け片膝立て座り、左手で体を支えている勝軍は、ゆっくり振り返り右手で刀の鞘の鐺をゴンッと音を立てて床に突き立てた。
「そうかい、構わねえぜ俺は。」
空気が一瞬で凍りつき、構えてもいねえのにこりゃぁ難儀な事だなと晴十郎は思う。生きた人間相手なら狭間に逃げれば切られることはねえだろうけども、元より幽霊のアイツラは狭間に居やがるから切られれば、こっちも痛い五体満足って理由にゃあいけねえ話だ。
凍った空気の中を風も無いのに、桜の花びらがハラリハラリ一枚二枚と勝軍の肩に積もっていく。不思議な事も有るもんだが、勝軍の肩を桜色に染めようかと言うぐらいにドッカリ積もってきた。
「間夫の危機一髪に駆けつけるタァこれはお涙頂戴とくらぁ。」
「けっ、女の出る幕じゃねえ。情婦に助けてもらうなんざ、俺の男が廃るってもんよ。」
晴十郎と勝軍がそう言ったと同時に風が吹き、勝軍の肩の桜の花びらが舞い上がり渦を巻く。時折月の光を跳ね返してキラキラと光った花びらが女の姿を形どっていった。
「ご存じ、春の佐保姫たぁあちきのことでありんす。」




