大六天魔
「御身ら、神と仏が何故相共に居られるのか。」
少し太い声が聞こえてきた。他の幽霊達とは違い大袖を付けた鎧姿で身分が高いのだろうか、晴十郎らの周りを取り囲んでいた幽霊達が五歩程下がり、晴十郎らと声の主の間に入った。晴十郎達を牽制しているかのようである。
「神だろうが仏だろうが連れ立っちゃぁいけねえのかい。」
勝軍地蔵が吐き捨てるように言葉を返す。その言葉を続けさないかの様に、声の主は言葉を重ねて来た。
「そうではない。仏敵大六天魔と神は盟約を結んだ筈であるのに、仏が神の露払いは可怪しいであろうと言っておるのだ。」
「大六天魔王を天照大御神が上に置いて話をつけたってぇアレのことかい。アレは人の都合で神仏の都合じゃねえ。」
晴十郎が吐き捨てて、言葉を繋げた。
そもそも、お前様が言っているのは、国生みの時に天沼矛に仏の経典が引っ掛かったってぇ話だろ。仏法僧を嫌った伊勢の宮司達が言い出した作り話だ。世俗にまみれて傲慢で厚顔無恥な僧達が伊勢の土地を歩くのが我慢出来なかっただけだ。
人の坊さんとそこの地蔵菩薩は全くの別物だ、お前さんにとやかく言われる筋合いはねえ。
「なんでぇ、やっぱりお前は俺の事が好きなんじゃねえか。」
「そうやってすぐに茶化すお前は嫌いだ。」
伊邪那岐と伊邪那美という尊き二柱の神様が天沼矛をこおろこおろと海水をかき混ぜ、持ち上げた矛先から滴が滴り落ちて、その滴が日の本の大八島国になった。
その時、矛先に仏法の経典が引っかかったのを天から大六天魔王が目にして、大六天魔王はこのままでは人々が解脱を経て悟りを開いてしまう、それでは天魔が目指す世が来なくなってしまうと思ったという。
だから、日の本に降り立ちそれをさせまいとしようとした。
そこで天照大御神が、私は三宝を言いません、身も近づけません、早く天上にお帰りください、と伝え大六天魔王を天上に返したという。
これが御上と大六天魔王の盟約って奴だ。
伊邪那美様と伊邪那岐様の話が御上にすり替わっているし、伊勢にお詣りに行った昔の坊主が神宮でそういう事を言われたという話があって、伊勢が坊主を嫌ったか邪険に扱われた坊主が悔し紛れに言ったのか。多分そこら辺の都合だと思う。
「ところでお前が松永ってえ野郎か。」
呼び捨てとは無礼な、怒号が周りから立ち上がる。声の主はそれを制して名乗りを上げた。
「如何にも、松永弾正久秀である。」
「お前が言っている大六天魔王ってのは信長の事だろうよ。信長憎しで何でもかんでも結びつけるのは、やめてくんな。」
「むぅ信長の奴がれめが、大六天魔王なら儂は天台座主じゃ。」
「止めとけ止めとけ、お前に天台座主は役不足だわ。」
実は、織田信長が大六天魔王を自称した事実は無い。元は武田信玄が信長に宛てた書状の中で、信玄が信長を大六天魔王だと指し示したのが発端だった。
天台座主沙門武田信玄が大六天魔王織田信長を誅す。
つまり、比叡山を焼き祓い武田の菩提寺恵林寺を焼いた信長は、仏敵の大六天魔王そのものだから、仏門の最高位である天台座主の武田信玄の刀を受けろ、ということだ。
伴天連のフロイスの残した本に事のことが記してあるが。文末を端折っていた為に、信長は大六天魔王だという事だけが誇張されて残ってしまったのだと思う。
「オイラは信長の事を見知っているが、お前なんかが今更化けて出やがったって、当の本人はどこ吹く風よ。」
荒事は勝軍地蔵の範囲だけれども、口喧嘩ならば晴十郎の腕の見せ所だ。少しは良いところを真に見せておかないと、また、昔の女がどうのこうのと言われちまう。
「大体、今更化けやがったってよぉ、信長は死んじまったしその後の秀吉も死んじまった。何の用があってノコノコ出てきやがった。」
一昨日きやがれば丁度いんじゃねえのか。
一瀉千里の口八丁、立て板に水の罵詈雑言、神の品位は暖簾に腕押し、浜の真砂は尽きるとも狐の物言い尽きることなし。
「さっきから何を言っているのか良く分からん、秀吉とは誰の事じゃ。」
「木綿藤吉だ。」
「なんと、アヤツも死んでしまったのか。いけ好かない奴ではあったが嫌いではなかった。」
暫く話を聞きたいと松永は晴十郎達を奥の間に来るように促すが、勝軍が酒もねえところに行きたくねえと言う。
幽霊に酒を馳走になるってえのも変な話だけれども、それも又、ご隠居への土産話に丁度いいと晴十郎は、案内をする松永の後をついて行った。
寂れた廃城で荒れ果てた庭ではあるが、生い茂った草木から覗いている藤棚が見事で、枯れた草と青く薫る草との対照が物悲しくて生き生きとした息吹を感じる。
栄枯盛衰という言葉を画にしたためたら、さながらこういう画になるのではないだろうか。
濡れ縁から板の間に上がると、すでに用意されている膳へめいめいが座り込み杯を手に取る。
「幽霊の酒って大丈夫なのか。」
晴十郎がそう言う前に勝軍はすでに杯を干していた。
「うん、美味い。騙されたと思って呑んでみろ。」
狐のお前が騙されるのも、面白え話じゃねえか、呑んで見ろって。
勝軍の野郎がそう言うが、本当にオイラを騙した事は何回もある、忘れちゃいねえ。だけれども、杯を干した勝軍を見て晴十郎もグィっと杯を煽った。
「うん、美味いね。」
晴十郎は真の顔を覗き込んで片目を瞑る。




