天羽々矢
虎口から中に入ると枡形で、いよいよ、幽霊達に囲まれることになった。槍を持った雑兵だけでなく矢まで飛んでくる始末だ。
「結構、ウジャウジャいやがるねぇ、千人とかいたら疲れっちまうよ。」
「てめえで仕出かしててめえで飽きちまうから嫌なんだよ、お前の遊びは。」
飛んでくる矢を刀で払いそのまま幽霊に斬り付ける、そんなのを繰り返して飽きてきた勝軍はどうしようかと言う。
真が打ち掛けを地面に脱ぐと、背中の薄墨が実体化してそのまま真を背に乗せ立ち上がる。薄墨は打ち掛けを口に咥え棹立ちになると、その打ち掛けを真に渡した。
打ち掛けに、月の明かりが吸い込まれでもするのか光が集まって、ぼんやりと光り始めた。
真はそれを左手にして頭の上に掲げると弓へと変わっていく。ひょっとして、あの弓は天之麻迦古弓で、番えられているあの光の矢は天羽々矢なのではないだろうか。
そうであったのなら、それは大層なことである。火産霊神が真に打ち掛けを授けてくださったのは、真がまだ何者でもない時だからだ。小娘どころか草鞋切りの小僧でしかなくて名前だってまだ無い頃だ。
その小僧に、愛宕の庇護があるっていう証の打ち掛けに愛宕の神馬を授けた。そしてあの弓だ。
あの弓が無銘の弓としても、愛宕の神器から現れた神弓なのだから、ただの弓じゃねえだろうな、オイラはなんかとんでもねえ事に首を突っ込んじまったんじゃねえのか、と晴十郎は思う。
ひょっとして、火産霊神の娘なんじゃねえだろうな、それをオイラの妹にしちまったってことはよ、これから、無理難題が愛宕の爺さんから押し付けられるってことなんじゃねえの。もしそうだったら、身悶えしちまう。
後で酒を多めに呑んでこの事は忘れてしまおう、晴十郎はその光景を見なかった事にしようと目を逸らす。
神世の時代、御上は葦原中国を平定しようと一柱の神を遣わしたが三年経っても返事すら返ってこなかった。そこで、御上は高御産巣日という神と相談をして天若日子という神を葦原中国に遣わすことにして、その時、高御産巣日が天之麻迦古弓と天羽々矢を持たした。
この天若日子という一柱は大層な見目麗しい神で、葦原の地で次々と女子だけでは飽き足らずに地祇の女神までもを虜にしたという。
これに天若日子は舞い上がってしまう。何しろ高天原では天若日子よりも凛々しい神は沢山居るので、大勢の中の一柱で埋もれていたが、葦原の地ではちやほやと至れり尽くせりの扱いなのだから。
とうとう、葦原中国を治める大国主命の娘までもが天若日子に入れ込んでしまう。天若日子に手を握られては溜息一つ、肩を引き寄せられては身悶え一つ、顔を覗き込まれては目を潤ませる。
勘違いをした天若日子は、葦原中国は自分の物になるのではないかと思って、月日の流れの中で次第に横柄な態度を取るようになった。
やっぱり今回も返事すらないと業を煮やした高天原は、雉の鳴女という神を使いに出して、天若日子に事の次第を問うことにした。
程なくして、鳴女は天若日子の元に参上して、荒ぶる神々を何故従えないという御上の言葉を伝えたところ、天若日子の従者の天探女という女神が吉凶を占ったところ良くない卦が出たために、鳴女の存在は不吉だと伝える。
それを鵜呑みに聞いた天若日子は、神弓の天之麻迦古弓に天羽々矢を番えて鳴女を射殺してしまった。
鳴女の体を突き抜けた天羽々矢は空高く高天原まで届き、高御産巣日の手に渡った。
これは天若日子に授けた天羽々矢ではないか、高天原まで届く勢いは天若日子の叛意ではないのか、と、思った高御産巣日は、その矢を葦原に投げ返す。
もし、天若日子の叛意で有るのならばその身体を貫け、違うのならば従わない荒ぶる神々の胸に突き立てと口にしながら。
投げ返された矢は天若日子の胸を貫き、天若日子はそのまま死んでしまった。鳴女を不吉だと言った天探女は、口を開けば違うことを言ってしまう天邪鬼という鬼に変えられ高天原からも葦原からも追い出された。
夜天に浮かぶ星へ向かって放たれた天羽々矢は、弧を描く光の軌跡を残して降り注いで来る。天羽々矢が天に達したところで、流れ星に姿を変えて戻ってきたと言ったほうが、しっくりくるのだろうか。一つ一つの光の矢は、幽霊達を的確に捉え、矢の光に包まれた後に弾け飛んでゆく。
真の姿は凛として気高く神々しい。女神なんだから当たり前のことだけれども、目が潰れるんじゃないかと思うくらいに、星の光を集めて輝いて、とても絵になる姿だ。
真は晴十郎に視線を向けて、晴十郎の真似で目を瞑る。が、やっぱり片目を瞑ることは出来なくて両目を瞑る。今までと違うのは、ニッカリ笑うんじゃなくて、微笑みを口元に蓄えていた。




