悪党
松永久秀という男は悪党であって悪人ではない。
悪の道に手を染める行為とは違い、その時その時の体制だったり決まり事だったり約束事に歯向かったりすることが主で、例えて言えば、主家に歯向かう下剋上とかの、その結果に至る前の過程の行為や人物を悪党と評価する。
例えれば、徳川家康も悪党なのかなと思う時もある。元々は豊家に臣従していたがいつの間にか主従が逆転していたからだ。
戦国の世なんかよりも古い時代は、とても強く猛々しい武者を悪党と呼んだ。それで名を残した者に源義朝の子で源頼朝の兄である悪源太と呼ばれる源義平がいる。
源氏が平家に敗れてしまい捕らえられ、まさに斬首されようとした時に、この俺の首を切れるのだから誉れに思え、ただ、下手くそにしたらお前を張り倒すぞと吠える。対して相手は、首を切られ死んだ後にどうやって俺を張り倒すのだと聞いた。
死んだ後は、雷となりてお前を打ち据えてやる、悪源太は悪態をついて死んでいった。その八年後に悪源太を斬った男は雷に打たれて死んでしまった。
話を戻そう。
その松永久秀は、主家の三好家の内政を司る被官の一人だったそうだ。武に重きを置く世において内向きの奉公で出世を繰り返したというから、かなりの能力があったのだろう。
主家の三好長慶が身罷ってから徐々に方向はずれ込んでいった。
後世で語られる松永久秀という男の所業は、主家への造反、将軍の弑逆、東大寺焼討の三大悪事で名を地に落としたという評価だ。
主家への、そのいわゆる下剋上は、三好家中から実権を奪われつつあって仕方がなく、東大寺は三好が付けた火が大仏を焼いてしまい、その咎を押し付けられた。将軍暗殺はその場には居らず預かり知らない所であったと言う。
なんとも、まあ、間が悪いのか運が悪いのか不運な男であったと思う。
それでも頭角を現し織田信長の家臣になった。そして、切り取り次第の朱印状でもって大和の地を手に入れた。
ところが、此処に来て織田信長に節目節目で謀反を繰り返す。信長はその都度許してきたが、とうとう筒井順慶の大和支配を認めることとなる。
謀反を繰り返すが有能な為に手放すことが出来ずにいたのだと思うけれども、呆れてしまったか用無しと思ったのか、それは信長にしか分からないことだけれども、兎に角、松永久秀を信貴山城に孤立させたわけだ。
そうなってしまうと、大和支配を認めてもらった筒井順慶は、松永久秀を不倶戴天の敵であるとしているから、身を守るためにも挙兵せずにはいられない。ただ、筒井順慶の後ろには織田信長がいる。
自然と信長に対して反旗を翻すという舞台に上がってしまった。
ところが信長はまた許してやるから目の前に来て、茶器の平蜘蛛を献上しろという。
これに松永久秀はどう思ったのかは知らない。大和を取り上げてさらに茶器を献上しろというのか、死なば諸共、と思ったのか、平蜘蛛を胸に抱いて城に火を放ち自決した。平蜘蛛に火薬を詰めて爆死したという話もあるが、城に取り置いていた火薬に火が付いて、爆発が起こったというのが本当なんじゃなかろうか。
その松永久秀の幽霊が出たと信貴山から逃げてきた狸が言ったという。そして、それを聞いた勝軍地蔵菩薩が言った。
「晴十郎、その幽霊見に行こうぜ。」
「見に行こうぜってお前、本当に松永某の幽霊が本当にいたら、どうするつもりなんだ。」
「どうもしやしねえよ。」
幽霊とはいえ、こっちの彼岸に出たわけじゃあなくて、人の世に出たんなら俺らの理屈じゃねえ、誂うだけ誂って放っておけばいいんじゃねえの。
勝軍お前はそう言うが、無念未練の類でこっちに出たのだろうから話するどころか近寄るのも止したほうが良いんじゃねえかな、幽霊ならばこっちに手を出すことも出来るんだしよ。
「おい晴、お前さん怖いのかい。」
煙管持った手を持ってない方の手に打ち付けて、煙管の灰を落とした勝軍は、晴十郎を誂う様に笑う。
「お前はいつもいつもどこどこに遊びに行こうぜとか誂いに行こうぜってのはオイラを誂う為のが目的なんじゃねえのか。」
喧嘩売ってんのかよ、そう言って晴十郎は酒を煽る。
「兄ちゃん、幽霊っての見てみたい。」
「なっ、そうだよな真、見てえよな。こう言ってるぜ、晴十郎の兄ちゃん。」
「真、危ないんだよ、蛟の旦那と同じだよ、やめときな。」
「えっ、うぁああああん。」
晴十郎が怒ったとご隠居の袂走り寄ってしがみつく。最近、背も伸びて顔つきも目付きも凛としてきたのに、やっぱり、まだまだ子供見てえなところがあるもんだ。と、思ったら違う、えんえんと口で言ってるだけの嘘泣きで顔を見せないように駄々をこねてるだけだった。
「山登りは好きじゃないからねアタシは。アタシの変わりに連れて行っておあげよ晴十郎。」
「あちきは男連れの遊びについていくなんて嫌でありんす。そんな野暮は真に任せてご隠居さんと差しつ差されつしとうござりんす。」
「決まりだな、晴、諦めな。」
「分かったよ。じゃぁ源九郎も連れてくぜ。」
お前狐忠信な、と晴十郎は源九郎に言う。源九郎は何かを察したように、目配せをして頷く。
行けると分かった真が満面の破顔で外に駆け出そうとしていた。
「おい真。相手は幽霊なんだから出掛けるのは夜になってからだ。」
ち、あの子供嘘泣きしてやがったな、男転がすのばっかり上手くなって困ったもんだな、まったくよぉ。




