泣き地蔵
春夏秋冬を彩る四柱の一柱で、春の霞を纏って桜を咲かせる佐保山の女神が佐保姫である。見るごとに秋にもなるかなと詠まれる秋の女神の竜田姫が、袖を振って山々を紅く染めるのに対して、花の錦をたちやかさねむと詠まれる佐保姫は、春霞や花の錦を重ねて彩る春の女神と持て囃される。
どちらの女神も美しさに並ぶ者が居ないと言う。
この古都でもある大和の地は、佐保姫が春霞と柳の枝で錦を織ることから春が訪れる。
「勝軍、お前さんは佐保に会いに来たのかい。」
酒の肴が遅いねぇと催促までするご隠居だ。
「佐保の晴れ舞台、見に来たんでさ。」
煙管の吸い口を咥え、時折ポッカリと煙草の煙吐き出す勝軍地蔵菩薩はそう言った。が、見にこねえと機嫌悪くして口聞いてくれねえからよ、と佐保姫には聞こえないように続ける。
「来年は私も是非にとご相伴に預からせて頂き等存じます。」
「そうかい、したらな、佐保は錦を織らせるとこれまた上手いんだ、なんか仕立てて貰え。」
「あい、ようござりんすが、その前にお前の手で持って桜の枝を撫でておくんなんし。」
佐保姫は真の頬をプニュと指で突く。真はと言うと、これが全くもって本人かと思うほど大人しく、佐保姫の前に正座でもって控えている。このホッペは気持ちがいいねえと佐保は突くのをやめないでいた。
「待たせたな。」
晴十郎が捌いた伊勢海老を持って皆の前に、九郎が握り飯と味噌を溶いた椀を真の前に置いた。
伊勢海老は捌いた後に冷たい井戸水でさっと洗ってあって、身がプリプリと花を咲かせている様に光って見える。
「海老はな、黄身酢と煮切りを用意したから好きな方でな。飯と椀はまだあるぜ。」
卵の黄身に酒と酢を入れて良く混ぜ、その後湯煎に掛けながら茶筅でもって、兎にも角も混ぜる。そうすると、モッタリとしたトロミが付いて、優しくまろやかで角の取れた酢になる。煮切りは、醤油に酒と鰹節を薄く削ったものと昆布を薄く削ったものも入れ、軽く煮立たせて冷ましたものだ。
味噌の椀は、伊勢海老の兜と殻を焦がす寸前まで直火にかけ、それを水と少しの酒で煮立たせて海老の兜の味噌を良く溶かし、そこに味噌を溶いた汁だ。他に何も入れないほうが美味い。
握り飯は特別になにかしたわけではないけれども、煮切りを作った後の昆布と鰹節が中に入っている。
この黄身酢は美味いねぇとご隠居が言えば、俺はもう少しガツンとしたほうがいいから煮切りのほうだなと勝軍が言う。
「晴、お前青葉の頃は何処に居る、江戸か。」
「ん、なんかあるのか。」
「いやぁよぉ、お前の仕事で鰹食いたいと思ってさ。この煮切りに芥子つけたら美味いんじゃねえかなと思ってよ。」
「けっ、青葉なんか直ぐなんだからよ、こっちにまだいんだろ、佐保にやってもらえ、佐保によ。」
「西国のほうじゃ鰹を炙ったやつに、塩と橘の実をしぼるらしいじゃないか、アタシはそれで頼みましたよ。」
気が向かねえと包丁は握らねえんだよ、晴十郎は海老を口に放り込み鼻に抜けた香りを楽しんでから酒で流した。
「そういやご隠居、面白い話がありやしてね。」
勝軍地蔵菩薩が切り出した話はこうである。
大和郡山城の石垣に逆さ地蔵があり、それが最近シクシク夜泣きをするというから佐保姫と連れ立って見物に行った時の話で、行ってみたらやっぱりシクシク泣きやがったという事だった。
今より昔にこの地は筒井順慶という大名が治めていた土地で、先祖は東大寺の僧兵だったらしい。それがいつの間にか、地侍、領主、国衆、大名へと大きくなっていったそうだ。
途中、三好の侵攻を受け松永久秀に覇権を奪われもしたが、織田信長の信頼を勝ち取り生涯守り抜いた地である。
その筒井順慶が築いた城であったが、筒井順慶の死後、家こそは残ったのだが父祖伝来のこの地を離れなくてはならなくなった。
その後に豊家の偉い御人がこの地を治めることとなり、城の補修をする事となったのだけれど、石垣の材料が足りずにあちこちから掻き集めた。その中に、地蔵を掘った石があり、それを形のせいだったのだろうか逆さに組み込んだ所がある。
ところが当時、その地蔵が毎晩シクシク泣くと噂が流れる。泣いて元の場所に戻しておくれと言っては泣く。
そこで、お城の主の豊家のお偉いさんが、夜に出向いて説き伏せたところ、泣くのを止めたからこれからは泣かないで、お城への加護を約束したという。
その話が又噂になって市中に流れた。
流石は太閤関白のお身内だ、偉い御方は地蔵も従うと皆が皆褒めちぎり手を叩いて喜んだ。
実のところは、泣いた話と泣き止んだ話は豊家の作り話で噂も豊家が仕掛けた。銭の掛からない噂だけで統治が上手くいくのならば、取り敢えず噂を流してしまえと思ったのかどうかは分からないが、そういうことのようだ。
だから地蔵が泣くことは無いのに泣いたという噂が流れているのである。
勝軍はこう言う。
そもそも、仏の教えの根っこには像を刻んじゃいけねえというお釈迦さまの教えあるから、像に魂なんか入りやしないし、石で出来た地蔵がどうやってシクシクと泣きやがるんだ、と。
だから確かめに行ったら本当にシクシク泣いてやがる、こりゃ何だろうな、と思ったから耳を澄ましてちゃんと聞いわけだ。シクシク泣いて食い物供えろって言ったあとにまたシクシク泣くのさ。
そしたら、佐保が違う方から声が聞こえるっていうんだよ、だから、その方向を睨みつけて刀を振ったら、子狸が居てな、腹出して卒倒したから首根っこを押さえて、ちょいと驚かしてやったら、腹が減ってどうにもならない、こうシクシクやッてれば食い物くれるから、と言いやがる。まあ、狸も食うのに必死だからよ、あんまり噂にならねえように、じゃぁねえと人間の侍が来ちまったら困りもんだろうよって許してやったのさ。
本筋は此処からの話でな、そもそも子狸は信貴山城のあった辺りに住んでいたが、最近、その辺りに幽霊が出るようになりとてもじゃねえが住んでられねえと、知らねえ土地をウロウロして人間にとっ捕まったら喰われちまうと郡山のお城に隠れたらしいんだが、その幽霊ってのが、松永久秀とその供廻り数人らしいんだよ。
なんで松永某って決めつけるんだって聞いたらよ、おのれ信長おのれ信忠とブツブツ言ってるって言うんだよ。小さい頃に織田信長に攻められた信貴山城をこの目で見ておりましたから、てな。
子狸の癖して、何が小さい頃に見ましたからなんて知った口聞きやがると思ったけどよ、俺と口聞けるって事は、片足こっちの世に入れてるって事だから嘘じゃねえと思ったのよ。
勝軍は喋り倒した喉に酒を流し込んだ。
「なっ、面白え話だろ。」
「何が面白えのか分からねえよ、また、とんでもねえ悪巧み企んでるんじゃねえのか。」
「だって晴、松永の幽霊だろ、誂う相手に丁度良くねえか。」
飛鳥の頃から京に都が移るまでに、この大和の平城京の話に血生臭い話がとても沢山あり、平城京の四方を四季の女神で囲んでいるのは、皮肉じゃないかと思う時もある。
権力争いの血生臭い舞台であったり、天皇、上皇の我の張り合いでの衝突の中、命を落とした女子やら、政治を乗っ取ろうとした坊主、権勢を我が物にした横暴な政治家を打倒せんとする皇子、筆舌に尽くしがたい哀しみだらけだ。
松永の幽霊が出たって話の信貴山城は、元は南北朝の頃の楠木正成が築城したと言われている。言われているだけで嘘の話かもしれないが。
その楠木正成は平城京の頃に藤原某とやりあった橘諸兄の子孫だと言う。遠い昔に権力争いをした子孫がこの大和の地に建てた城で鎌倉と喧嘩して、その後に松永が織田と喧嘩する。
血濡れた歴史と呼ばないのならなんと呼べばいいのだろうか、人の因果は奈落みたいに底深い。




