山津波
「私は父とその生贄に捧げられた娘との間の娘でございました。」
何を話すのかと思ったら身の上話から始まった。こりゃぁ不味い、お涙頂戴になったら、何をしているんだい晴十郎、馬鹿だねお前は、男がすたるよとか古狸が言いそうだ。
「父に人を喰らう好みはなくて困り果てたそうなのですが。」
農作物の不作だったり雨の降らない日照りだったり、悪い事が色々と重なったときがあったそうだ。その時に、龍神に供物を捧げようと誰彼ともなく言い出した。
龍神は水を司る神様だから、水の多い所にいるだろうと、池に酒を注ぎ米をまき兎を沈めた。その時、そこに住んでいた蛟が、何事かと水面に近づいたところを見られてしまった。
姿格好は、色味こそ白いものの十尺はありそうな大蛇の姿だ。誰かが龍神様だと叫んでしまったもんだから、皆が皆、ありがたや龍神様と拝んでしまった。
ところが、いつまでたっても雨が降らない、芽が出た菜っ葉は枯れてしまう。そうなると、まだまだ供物が足りない、どうしたものか、と大慌てになる。
誰かが言った。龍神様は酒だの肉だのはいらないんだ、きっと、若くて綺麗な娘が欲しいんだ、だから姿を見せたんだ、と。
そこで話し合った末に、話し合ったと言うか誰にその損な役割を負わせるかと言うことだけれども、一人の娘を選んで生贄にした。
吃驚したのが蛟の方で、元々、日照りをどうこうする力なんか無い。そんなのはどっかの神社の神様の仕事だし、生け贄なんか欲しくない。
しかし、寄越されたものを返しても戻るところも無いだろうからと、その娘を嫁にした。ただ、何もせずに貰うのも寝込みが悪い。そこで、北の方の神社の神様に橋渡しをして雨を降らせてもらった。
この神社、山内一豊が和歌を詠んで境内の桜に結びつけたところ雨が降ったと言う話が残っている。それまでは天桜神社だったのが、それから雨桜神社と呼ばれるようになったそうだ。
どんな和歌だったのか誰も知らないから、その話は作り話だと思うが、山内のお殿様がここで雨の祈願をしたのは、本当のことだと思う。
それから蛟は、二度と生贄なんかくれて寄越すなと娘に言って回らせた。
「その二人の子が私で御座います。」
いつしか蛟の住む池のことも忘れられてしまっていたくらい長い時の流れを、何事もなく過ごしていたが、どういう事情か知らないけれど、その池を埋められてしまった。道を作るとか田畑を作るとか、分からんけれどもそういう理由じゃなかろうか。神様が居るとも知らずに、だ。
そうなれば当然怒るのが当たり前、人では幾星霜の昔の話だが、当の蛟にはつい最近の出来事だ。この前あんなに手を尽くしてやったのに、どの面下げてこんな真似を、と。
埋め立てたのが、武家の連中だったから、それで掛川城の土台を少し触って、城を傾けてやった。
池の主の怒りが城を傾けたと娘に言って回らせた。
謝って元に戻すかと思ったら、掛川城主の北条某が、音に聞こえた坊主を集め、加持やら護摩やら祈祷やら調伏祈祷を昼夜問わずに行わせたもんだから大変だ。
調伏って言ったらアレだ、不動明王に怨敵退散とか唱える奴だから、悪の権化みたいな位置づけにされてしまったわけだな。
怒り心頭、火に油を注いでしまった。本気で怒った蛟の耳に、娘の言葉でさえ届かなくなった。
「それで、そんな人間どもは山津波で流してしまえ、と。」
「ああ。」
「それでか。」
晴十郎とご隠居は、何かに合点がいったと納得をしてお互いに目配せをする。
あの臭いのことだった。山の地面に亀裂が入って、今まで表に出てこなかった、落ち葉の臭いやら獣の臭いなどが吹き出て来ているということなのだろう。
山津波の前兆の一つだということを思い出したようだ。
「勿論止めるように何度も何度も進言して参りました。その先の結果がどうなる事か簡単に思いつくでしょうと。」
その結果、最悪、神々の討伐の軍勢が派遣されると思う。もし、そうなったら、当然神々を使役出来る立場のお上の決定であるから、止めることどころか、かばう事すらも出来やしないだろう事は簡単に思いつく。
それこそ本物の怨敵になってしまう。
「そうなったら私めは悔やんでも悔やんでも悔やみきれずに、ただ毎日を泣きはらすしかできなくなってしまいます。」
もうこうなったら、出来る手は何でも使い、使える手で藁を掴むだけ掴むしかないと、娘は言いながらシクシクと泣きながら、すがる視線を晴十郎に流す。
「何をしているんだい晴十郎、馬鹿だねお前は、男がすたるよ。」
ほら来やがった、この古狸の野郎めが、思った通りの言葉を口にしやがった。まったくもって苦々しい面しやがってよぉ。
「んで、蛟の娘のあんたは、どうしたいんでさ。そこを聞かないと何も出来やしない。」
「薄情だねお前は。そんなもん訳聞いたからには、もろ肌脱ぐのが人情じゃないのかい。」
この古狸の大明神はいつから人様になったんでぇ。やらせるだけの御仁じゃねえや古狸は、呑気で幸せそうだ。
「そんな簡単に首突っ込めないでしょうが。」
「晴十郎、お前さんなんか勘違いしていないかい。これは人の世の話じゃなくて、神世の話なんだよ。」
分かりましたよ。オイラが汗かいて頑張る方へ話が進んでるわけだな。
「父の頭を冷やしていただけるだけで結構で御座います。お手を借りた後に又父が事を起こしたら、それは最早父の業がなせる事。」
その時には潔く大御神様の裁きを拝領致しますと娘が言う。
晴十郎は思う、大御神の名前が出るってことはそっちまで話がいってるってことだよな、と。なら、大御神が子分使って事を納めたほうが簡単な話じゃねえか、と言いかけたが、何処で聞いてるかわからねえし、捕まったらこれ以上の厄介事の出来上がりだ。
流石の晴十郎も黙りこくった。
「んじゃ、まずは蛟本人の話でも聞きに行くか。」




