京八流
晴十郎と草鞋切りの小僧が出かけていった。行き先はダイナリ様が常日頃から見張っていた為に、すぐにわかった。
こっからすぐの商家に押し入るつもりで、その近くの小屋に集まっているらしい。その小屋から出てくるところをふんづかまえて縛り上げてしまおうというつもりらしいが、どうやって縛り上げるのかお手並み拝見というところ。
ホムスビ様や残った面々は丁度いい見世物だと喜んでいる。
「勝軍お前、晴十郎とは悪さ仲間だから、大体見当ついてんだろう。」
囲炉裏の炭を突付きながらホムスビ様は、ニヤニヤと笑う。
「あいつ、やっとうの方が性に合ってるらしくて今回も多分そんなところで。」
両手で刀を握る仕草でブンブン腕を振ると、ご隠居が相槌を打ちダイナリ様が口を挟む。
「全く困ったものだよ、オンキリバサラとか言えないものかねぇ。」
「京八流だっけ、アイツのやっとうは。」
京八流ってのはなんだかね、と勝軍が空を相手に立ち廻りを始め、ホムスビ様が鬼一法眼が最初って聞いたと答える。
エィッとかヤッとかトゥッとか掛け声を掛けながら刀を振るう侍を見て、いつの間にか剣術の事をやっとうと渾名するようになっていた。せかせかしている晴十郎には、なにかこう呪文のようなものを唱えて事を為すよりも、こっちのほうが性に合ってるのかもしれない。
その昔に九郎判官が、平家との大戦の前に、唐土の国より伝わったという秘伝の軍法、六韜を持ち主から盗み出そうとしたことがあったが、それの持ち主が件の鬼一法眼。すったもんだで上手く言ったのか下手打ったのか良く分からないけれども、結局、その九郎が鬼一法眼に剣術を習ったというわけだ。
今ではその剣術を京八流と言い、件の巻物は幾つかに分かれていて、盗ろうとしたのには虎の題目がついていたもんだから、虎の巻というのだそうだ。
中にどんなものが書いてあったのか知る由もないが、有名な孫子の兵法の兵は詭道なりとか、兵は神速をなんだっけな、兎に角にも速ければいいってやつだよ、武田信玄の風林火山ってのもあった、やっぱりどっちも唐土から伝わったという兵法だか軍法だかなんだから、同じようなもんが書いてあるのだと思う。
「鬼一法眼ってのはどっかで聞いたような聞かなかったような。」
「あれだよ、アイツの事だよ。京の鞍馬山の天狗。」
ああ、なるほどね、九郎判官のお師さんね、つうことはアレかい、晴十郎の奴は九郎と兄弟弟子ってことかい、イヤイヤ、兄なら良いけどよ弟なんじゃねぇんですかい、弟どころか九郎の弟子ってのもあるよ。
ハハハハハ、ちげぇねぇ。
本人の居ないところで好き放題に勝手な筋書きに大笑いで、これ又酒が進む。
「どれ、そろそろ良い頃合いだな。」
ホムスビ様が皆の頭の上のもう一寸向こうを手で払うと、音がブンッとして鏡のような膜のような物が宙に現れる。それは何かといえば、此処じゃないどこかを映しているようだ。よくよく見ればその中でちっこい晴十郎がクルクルと動き回っている。
どうやら、離れたところにいる晴十郎の様子を見ることが出来るらしい。
本当に神様ってのは何でも出来る凄いものだ。何でもやってくれるってわけじゃないのは知っているけれども、気が向いたらとんでもない事をする御人だ、いや神様だ。
とてもとても偉い神様には、槍だか何だかで地面を作ったと言う話もあるが、納得できる。
「しかしアイツ、クルクル回ったりピョンピョン飛び回ってばっかりじゃねぇか。」
「ほれ、九郎が弁慶とっちめたときや海の上で平家とやりあったときも。」
「ピョンピョン跳ねてクルクル回ったっけかな。」
「したら晴の奴、やっぱり九郎の弟子なんじゃねえの、ガハハ。」
ひとしきり手を叩いて大笑いした後に、またまた大笑い、酒を呑んでは又大笑い。
草鞋切りの小僧が、盗っ人の草鞋の紐を切って転ばせると、そこへ晴十郎が棒っきれでポカリとやる。何回かやれば、その盗っ人が気を失って倒れ込んだところを草鞋の小僧がふん縛る。
でも、上手く行ったのは最初の方だけで、残りの五、六人は警戒しだして晴十郎を囲み始めた。この盗っ人達が豊家か天草かの残党であるならば、あの生きるか死ぬかの戦場を生き抜いたんだろうから、本気を出されたら敵わないと思う。
まぁ神様なんだから死にはしないと思うけれども、やられりゃ痛いだろうから、やられない事には越したことないはずだ。
頭目らしき男が草鞋を脱げと指示を出した。何故か分からないが草鞋が切れ、隙が出来たところをやられたという事に、気付いたようだった。勿論、草鞋切りは人間の目には見えないから、正体がバレた訳じゃない。
ジリジリと囲みが狭まってきて、こうなったら晴十郎なかなか危なくなってくる。戦場では、一人対一人なんてのは滅多に無いことで、大体が一人対大人数で一気に仕留める事が殆どだ。
手負いの熊はおっかないというが、気持ちが高ぶってる戦場で人間簡単に死ぬわけがない。切られたり突かれたりを気付かないで暴れたり、もう駄目だと思ったら、せめて目の前の敵を道連れにと飛び掛ってくる。
当のやられた本人になった事が無いから、そう思ってるのかどうか分からないけれども、多分そう思っているだろう。
その武者達がジリジリと囲んで間合いを詰めてくるのだ。普通の人間ならば座り込んで諦めてしまうだろう。
晴十郎まであと五、六歩のところで刀の切っ先が鈍く光っている。
盗っ人達が、息を合わせてほぼ同時に飛び掛ってきた。上段に振りかぶっている男は一人もいなく、切っ先を胸の前につき出して、晴十郎に突きかかってくる。
「アハハハ、晴の奴、絶体絶命じゃねえか。」
本当ならば、固唾を飲んで息を止めるとでも言いたいところだが、神様達はチャチャを入れて囃し立てている。晴十郎は一応、殺し合いをしているはずなんだけれども。
盗っ人の刀が晴十郎を串刺しにするかと思った瞬間、晴十郎の姿は消えて、突きかかって来た盗っ人の何人かは、勢い余って同士討ちをしてしまった。
「晴十郎、消えたな。」
「人の世と此方の境に逃げたな。」
「あれ、ズルくないか。」
芝居であれば、窮地を脱したはずでやんややんやの大喝采となるはずだったのだけれども、神様達には通じない。次々に口にするのは、非難の悪口。
人の世に生きる人様には、神世に行った晴十郎の姿は見えなくなる。パッと消えたように見えるわけだ。
そこへ段取りよろしく草鞋の小僧が、盗っ人の足の間に棒っきれ突っ込み転ばせる。それを見て隙が出来たところへ、晴十郎が此方へ姿現しポカリと一発。返す刀じゃねぇな棒っきれで転んでる奴もポカリ。
すっかり退治をこなしてしまった。
「狡い、狡いなアレは。」
「昔っから晴の奴は小狡いんでさぁ。」
盗っ人が起き上がらないように見張りながら、晴十郎は声を張る。
「五月蝿いよ、全部聞こえてやがるんだよ。これこそ、兵は詭道なりってもんさ。」
「その兵はなんちゃらって何だよ。勝軍わかるか。」
「まぁ、詰まるところアレですよ。騙くらかして逃げた振りしてポカリですよ。」
「アレか、一言で言ったら狡いってことだな。」
「ホムスビ様おっしゃる通りで、狡いんでさぁアイツは。」
狡い狡い、アハハハハハ、大爆笑の神様達に、向こう側からこっちの方へ棒っきれ突き出して晴十郎の一喝。
「勝ちゃぁいんだよ。勝ちゃぁよ。」
十人と一寸の盗っ人をふん縛った草鞋の小僧は、何だか誇らしそうに笑う。晴十郎は、終わったから帰ろうと、小僧の頭を撫で回して小僧の手を引いた。




