草鞋切り
「俺はやらねえぞ。ただ、晴十郎がやるってんなら、多少の事は目つむるがな。」
「おう、俺はやるぜ、晴十郎と暴れるなんざ物凄え久し振りだかんな。」
駄目だ駄目だ勝軍お前さんは駄目だよ、お前さんが事始めたら死人が出るよ、お前さん不殺の掟の地蔵菩薩だろうが。ご隠居は手振りでなだめる仕草をしてとても深い溜息をつく。
「まったく座ってるところが離れているから良かったようなものの、隣にいたらその頭引っ叩いて懲らしめてやったよ。」
晴十郎といい勝軍といい本当に悪ガキだ、ブツブツ愚痴を吐き始めた。今になって晴十郎のお目付け役が面倒になってきたようである。晴十郎のお守りも大変なのに、地蔵のお守りなんかとんと御免だね、寝付けが悪くなっちまう。グワッと酒を喉に流し込む。
こうなったら悪い酒だ。誰彼に絡まなきゃいいけどな。
「ダイナリ兄貴が良いって言ったって、その当の盗っ人連中どこに居るのか見当付きませんぜ。」
晴十郎の言葉にダイナリ様は、ご隠居の背中をさすってなだめながら言葉をつなぐ。
「いや、あまりにも非道い事するようならよ、ちょいと懲らしめねえと具合が悪いってんで、居場所だけは常に見張ってるんよ。」
詰まる所こういう事なのだろう。
あまりにも好き勝手やらさせてしまって、人々の生活まで脅かしてしまったら、皆が皆逃げだしちまう。そしたら田畑は荒れるは心が荒んで、神社に足を運ぶなんざクソ喰らえになっちまう。
参拝してもらってこその神社だから、人様の生業に口出さねぇって言ったって、そこはそれこっちにも神様の都合ってもんがある。
そうは言ってもなぁ、手を出すっちゅうのには一寸勇気がいる。あれと似てるよ、好みの女に声かけるかかけねえかだ。なんも思ってなければ簡単に声掛けできるものが、一寸でも下心があればドギマギして躊躇してしまうさね。
そもそも晴十郎には好みの女に声を掛ける勇気すらない。情けない話だ。
子供の声での願掛けが聞こえてくる。盗賊のせいで母親が寝込んでしまったという。名だたる商家は皆雨戸を引き商売どころではないらしい。
娘どころか子供の声まで聞こえてきちゃあ仕方ねえ。
「じゃあやるか。勝軍ちょっと道祖神に道繋がせて草鞋切りの子供連れてきてくんねえか。平塚辺りにいるはずだ。」
「御免だね。晴、お前が行ってくりゃいいじゃねえか。俺はその草鞋なんとかの顔知らねえよ。」
「そう言うなよ。オイラが道祖神と仲悪いの知ってるじゃねえか。」
そもそも、勝軍が仕掛けたイタズラ庇ったせいじゃねえか、仲悪くなったのは。
「けっ、俺も暴れてえのに周りが許してくんねえのに小間使いで使う気かいよ。」
晴十郎と勝軍が口喧嘩を始めたその横で、ホムスビ様がなんか横の方に手を伸ばしてゴソゴソしてるなあとダイナリ様は目を細めて、何してるんですかいと尋ねると、フンッと何もない所から何かを引き出した。
引き出されたそれは、最初何が何だか分からなくキョトンとして口をポカンと開けているけれど、急にワンワン泣き出した。
無理もない。急に見知らぬ所に引っ張られて、何だと見渡すと見たこともない大人達に、首根っこ掴まれて取り囲まれている。
六尺はあるかもしれない大男に目突きの鋭いのや、首根っこ掴んでるのは老人だけれども、かなりの神気を放っていて怖くて恐ろしい。
「晴十郎これでいいか。」
晴十郎という聞き覚えの名が出た。流石ホムスビ様助かりました、と言う声を見やればなんとあの時の狐。それはそれで怖い狐だったが全く知らないよりはましだ。必死になってなんとか晴十郎の足にしがみつく。
「オイラ調伏されっちまうのかい。喰われっちまうのかよっ。」
あの時の草鞋切りの小僧だった。足にしがみついた後もなお大きな声でワンワン泣く。
ほらこっちに来いよと、ご隠居が手招きをして小僧を膝の上に乗せ、頭を撫で回す。
「馬鹿だね、誰もお前のことなんか喰わないよ。泣き止まないと話が出来ないよ。」
椀によそった葱鮪を小僧に持たせて箸を握らす。鼻をグズグズ言わせ時折ヒヤッヒヤッとしゃっくりするが落ち着いてきたみたいだ。
「お前に頼みたいことがあるのさ。」
この前草鞋切りの頭を撫で回した時と同じように、頭をワシワシと撫でながら、晴十郎は言う。
「お前にしか出来ないのさ。」
勝軍はなにかを察して、ああ成る程そういう事か、そりゃぁ坊主にしか出来ないことだ。
「上手くやったら晴から褒美を貰え。何でもお前の言うことを聞くように俺から言ってやる。」
本当になんでもいいのかい、何が良いかなぁ。
さっきまでワンワン泣いていた小僧が満面の笑みで笑ってやがる。こういうのを破顔一笑と言うのかねぇ。
周りも釣られて大声で笑い出した。




