勝軍地蔵
「ごめんよ、邪魔するよ。」
声に振り返った晴十郎が一言二言言い放つ。
「狭いんだから本当に邪魔だよ、帰れ。」
「まあそう言うなよ。二人で連れだって悪さしまくった仲じゃねえか。」
見れば六尺はあるんじゃねえかっていうぐらいの大男。背中に矛を手にした神代風の天女をあしらった黒い羽織を背負った袴姿で、筋骨隆々だけれども細身の体つきながら、これがまた匂い立つような男っぷり。腰に太刀を吊り下げて履いているが、古い作法でこの時代にそういう履き方をする者はいない。
晴十郎が凛と凛々しい美丈夫ならば、こちらは雄々しく猛々しい偉丈夫だ。
こっちへ来いとホムスビ様が手招きをするので、晴十郎とホムスビ様の間にドカッと座る。この男、名を勝軍地蔵菩薩と言い、イザナミ様の化身と言う噂まである。地蔵ながら愛宕神社に祀られている武運長久必勝請願の武神。
イザナミ様が本性ならばホムスビ様とは親子ってことになっちまうけど、そんな素振りは今まで見たことがない。だからその話は噂だけの話なんだとおもう。
「晴十郎がここで飯喰ってるて聞いたからさ。お前の顔、見に来ようと思ってさ。」
「別にお前に見せる顔なんか随分昔に捨てちまったよ。」
そう毒吐きながらも勝軍に茶碗を持たせて酒を注ぐ。そして順番に酒を注いで回った。
「そういや、はるあ、イヤイヤこの名は他言無用であったな。」
ホムスビ様が言いかけて打ち消す。
「いんや、別に秘密ってわけじゃ御座んせんが、できれば言わないでおいてほしいんですよ。」
「や、すまんすまん。ところで晴十郎よ、使いで旅に出るそうだが、面倒事の嫌いなお前が珍しいね。」
「そこなんでさ。その使いの用事ってのが気に進まない話なんで。何でも、どっかのお寺のご本尊に頼まれて、江戸の武家の何とかって、。」
熊野に行くことと、でも行かないつもりと、かいつまんで話はするが、惚れた娘の後を追い掛けて掛川に行くのは黙っていた。
そもそも出掛けることを、よく知っていなすったねと尋ねれば、偉い神様の使いとは言え、晴十郎が素直でもないけれど従っているという話で、へーあの晴十郎がねぇ、と顔を合わせればその噂で持ちきりなのだそうだ。
晴十郎にとっては迷惑な話ではあるが、江戸の耳目を集める美丈夫なればこその話だ。一部の連中の中では、取っ付きにくくてテコでも動かない頑固者なのに、一度気になった事や気に入った事には世話好き物好きで有名だ。
当然聞きたくなくても聞こえてくる。
「お前もその噂に乗っかってきたのかい。勝軍。」
「お前何時も居留守使うからさ。こういうときじゃねえと顔見ることもできねえじゃねえか。俺達は昵懇なのにさ。」
「昵懇だか蒟蒻だかコンチキショウだか知らねえが、お前とつるむと何時もオイラがひでえ目に会う。」
あの時はこうだったこの時はそうだったと、晴十郎は勝軍をグチグチと口で責めなじるけれども、そんな事などどこ吹く風で、ダイナリ様と酒を注いでは注がれて、今度はご隠居と。
そしてチラリと晴十郎を見てニヤリと笑う。
参拝の鈴がガランガランと鳴って参拝客が願いを告げる。柏手が響くけれどもダイナリ様は一瞥もせずに、ハフハフと熱い鮪を噛む。
「セリとナズナが入るとシャキシャキして、これ又美味いね。」
願い事を聞いてはいるようだけれども、聞き流してしまっている。
何でも出来るのが神様だが何にもしないのも神様だ。そりゃそうだろうよ、なんか困り事があれば神様お願いしますって言えば済んじまうような世の中になっちまったら、天皇も将軍も必要ない。良く分からないけれども、そんな世の中、うまく回りっこ無いとおもう。
件の曲垣平九郎でさえ、石段の後はぱっとせずに何度か主君を変えて、最後はどうなったのか誰にも分からない。
「俺は肉喰いてえけどな。」
「お前地蔵菩薩だろうがよ。不殺生戒じゃねえのかよ。」
勝軍の手の甲を箸でピシャリと晴十郎。
「ありぁ、血抜きが面倒で山の方じゃねえと難しいし、何より山の神様怒らしちまうよ。」
「美味いんだけどな。だけど止め刺す前に血抜かないと臭いからな。」
流石ホムスビ様わかってらっしゃる。そう言いたいのか勝軍地蔵ニッカリ笑って酒を喉に流し込む。
ひっきりなしに鈴がガランガラン鳴るが、願い事の大半が盗賊をなんとかしてくれという願い事。稲荷神じゃ豊穣のほかに盗賊除けの願いが叶うっていう事だから無理もない。親父だったり娘だったり子供が入れ替わり立ち替わり似たような事で鈴を鳴らしていく。
娘の声に反応した晴十郎ではあるが、違うあの娘の絡みつくような声じゃない。だけれども、やっぱり盗賊退治の願い事だ。
「ここらへんじゃ盗賊絡みの願い事が多いのかい。江戸では無いことはないけれどさ、あれだよ、金くれだの出世させろだのそんな願いばかりだよ。」
ご隠居の溜息にダイナリ様はチラリと境内を見やり、それからご隠居に酒を注ぐ。
「ここらのは盗賊はな、徒党を組んだならず者の集まりで、しかもこれ又見事に統率がとれてやがるのよ。」
あらぁ、豊家か天草の残党じゃねえかな、と話を繋げる。
ここいらは、幕府の天領だったり大名達の国許だったり旗本の知行があったりして、割と領の境が近い。左は天領右は大名、突っ切ったら全然違う大名領と言う具合だ。そこを上手く利用されてこっちからそっちにそっちからあっちと逃げ回れば、越権行為になる為においそれと追いかけることができない。なかなかどうして、武家の絡繰が頭に入っていなければ思いつかないことなのだから、誰それの残党という見当がつく。
まぁあれだ、人様の善悪なんざ人様の都合だな、ホムスビ様がそう言えば、盗っ人にも人様の都合がありますから、すべて三方よしとはならないようで、とご隠居が答える。
お人好しの熱血晴十郎大明神は、どうやらお気に入らないご様子で、なんなら拙者がお気持ち察してご覧に入れようか。勝軍は晴十郎の頭をワシワシ掻き回して茶化す。
「べらんめえ、やるならやるぞ。」
勝軍を軽く睨むが、おれに勝ったことないだろうがと勝軍が笑う。
「んで、お前の足りない頭でご察ししたオイラのお気持ちなんてえのはどんな具合で。」
「簡単さ。お前のことだから退治してやろうなんざ考えてるんじゃないの。」
退治か、チラリと思いついたけれどもどうなんだかね。
ここはダイナリ兄貴の縄張りじゃねえか。




