第十五話 皇子の影
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「影?」
私が思わず漏らした呟きを聞き、父が怪訝な顔をした。
マズいと思ったが、まだ頭が朦朧としているせいで、ごまかすための言葉が出てこない。
「失礼いたしました、公爵様」
そんな状況でいち早く反応したのは影——クララだった。
彼女は立っていた場所から一歩退き、父に一礼すると、
「わたくしが不遜にも、公爵様の影を踏みそうになっておりました。お嬢様はそれを指摘されたのかと」
「そのような些事、気にすることもあるまいに」と父。
「帝国の東、アルガル王国では貴人の影を踏むと、その者に不幸が訪れるという言い伝えがあります。きっと、お嬢様は私の容姿から出身がアルガルではないかと推測し、気を使われたのではないかと思います」
クララは淀むことなく言い切り、私に笑顔を向けた。
「お嬢様は、たいへん聡明な方とお見受けいたしますので」
「ははは、なるほど。娘は最近、何やら家の書庫に入り浸っていてね。きっとそこで東方の本でも読んだのだろう」
勝手に話を進められるのは癪だが、クララのおかげで父に不審に思われずに済んだ。
「さて、もう少し愛しい娘の顔を見ていたいが、私は仕事に戻る。厄介な報告が多くてね。リンデ、クララは西方医院で訓練を受け、医術の心得がある。彼女のの言うことをしっかり聞いて、大人しくしておくように」
私が「はい」と答えると、父は満足そうに頷いた。
「あと、タチアナ。ドミニクが呼んでいた。話をきいてやってくれ」
「かしこまりました」
父とタチアナが出て行ったため、私はクララと二人で部屋を残された。
「……クララ」
「なんでございましょう、お嬢様」
「……というのは、本名じゃないんだよね」
「もちろんだ。だが、ここではクララと呼べ」
クララの口調がガラリと変わる。西方医院出身の敏腕侍女から、皇子の影に。
「前の職場をクビにされたから、うちに再就職……ってワケじゃなさそうね」
「ああ」
クララの声には明らかにトゲがあった。
「単刀直入に聞くわ。何の目的でアルトナー邸に潜り込んだの?」
クララは私の質問にすぐには答えず、口の端を皮肉げに歪めた。
彼女は答えられないのではない。答えたくないのだと察する。
黙ってクララを睨み続けると、彼女は観念したようにため息をついた。
「……護衛」
「え?」
「お前の護衛をしろ、と言われた」
「シモン皇子に?」
「あの方の名をみだりに口にするな」
クララはウンザリした口調で言う。
「あの方のお考えは、おれのような者には理解出来ない。ただ、あの方は仰った。『身分を偽ってディートリンデ嬢の側に侍り、彼女を守れ』と」
「私を監視しろってこと? 私が、その、あの方の秘密をばらさないように?」
「言ったはずだ。あの方の御心はおれには分からん。だが、おれは監視のつもりだ。おれはお前を信用していない」
クララが私に向ける敵意が理解出来た気がした。
彼女から見れば、私は排除したい対象でしかない。敬愛する主人から、その対象の護衛を命じられれば、誰だってへそを曲げるというものだろう。
平然と敵意をぶつけてくるクララだったが、不思議と私は悪い気持ちがしなかった。監視されるのは気持ち悪いが、彼女のぶっきらぼうな態度には、どこか芯の通ったものを感じたからだ。シモン皇子の障害にならない限り、彼女が私に手を出すことはないだろうと思った。私の思い違いでなければいいのだけど。
「ねえ、クララ」
「なんだ」
「あなたはあの方の護衛だったんでしょう? 側を離れても大丈夫なの?」
「影——護衛は私のほかにもいる。気がつかなかったのか? お前を取り押さえたときも、もう一人影がいた」
「そっか。たしかに。口と腕を押さえながら、首に刃物を突きつけるのは、一人じゃ無理よね」
「聞きたいことはそれだけか」
「西方医院にいたというのは本当なの?」
「医術の心得があるというのは本当だ」
「出身はどこ? 本当にアルガル?」
「知らぬ」
「何歳?」
「うるさい。病人は大人しく寝ていろ」
だが、彼女と仲良くなるのは、少し難しそうだった。
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