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第十五話 皇子の影

今日もなんとか間に合いました。日曜日までは毎日更新を続けます。

それ以降は、2〜3日に一回更新になると思います。

「影?」


 私が思わず漏らした呟きを聞き、父が怪訝な顔をした。

 マズいと思ったが、まだ頭が朦朧としているせいで、ごまかすための言葉が出てこない。


「失礼いたしました、公爵様」


 そんな状況でいち早く反応したのは影——クララだった。

 彼女は立っていた場所から一歩退き、父に一礼すると、


「わたくしが不遜にも、公爵様の影を踏みそうになっておりました。お嬢様はそれを指摘されたのかと」

「そのような些事、気にすることもあるまいに」と父。

「帝国の東、アルガル王国では貴人の影を踏むと、その者に不幸が訪れるという言い伝えがあります。きっと、お嬢様は私の容姿から出身がアルガルではないかと推測し、気を使われたのではないかと思います」


 クララは淀むことなく言い切り、私に笑顔を向けた。


「お嬢様は、たいへん聡明な方とお見受けいたしますので」

「ははは、なるほど。娘は最近、何やら家の書庫に入り浸っていてね。きっとそこで東方の本でも読んだのだろう」


 勝手に話を進められるのは(しゃく)だが、クララのおかげで父に不審に思われずに済んだ。


「さて、もう少し愛しい娘の顔を見ていたいが、私は仕事に戻る。厄介な報告が多くてね。リンデ、クララは西方医院で訓練を受け、医術の心得がある。彼女のの言うことをしっかり聞いて、大人しくしておくように」


 私が「はい」と答えると、父は満足そうに頷いた。


「あと、タチアナ。ドミニクが呼んでいた。話をきいてやってくれ」

「かしこまりました」


 父とタチアナが出て行ったため、私はクララと二人で部屋を残された。

 

「……クララ」

「なんでございましょう、お嬢様」

「……というのは、本名じゃないんだよね」

「もちろんだ。だが、ここではクララと呼べ」


 クララの口調がガラリと変わる。西方医院出身の敏腕侍女から、皇子の影に。


「前の職場をクビにされたから、うちに再就職……ってワケじゃなさそうね」

「ああ」


 クララの声には明らかにトゲがあった。


「単刀直入に聞くわ。何の目的でアルトナー邸に潜り込んだの?」


 クララは私の質問にすぐには答えず、口の端を皮肉げに歪めた。

 彼女は答えられないのではない。答えたくないのだと察する。

 黙ってクララを睨み続けると、彼女は観念したようにため息をついた。


「……護衛」

「え?」

「お前の護衛をしろ、と言われた」

「シモン皇子に?」

「あの方の名をみだりに口にするな」


 クララはウンザリした口調で言う。


「あの方のお考えは、おれのような者には理解出来ない。ただ、あの方は仰った。『身分を偽ってディートリンデ嬢の側に(はべ)り、彼女を守れ』と」

「私を監視しろってこと? 私が、その、あの方の秘密をばらさないように?」

「言ったはずだ。あの方の御心はおれには分からん。だが、おれは監視のつもりだ。おれはお前を信用していない」


 クララが私に向ける敵意が理解出来た気がした。

 彼女から見れば、私は排除したい対象でしかない。敬愛する主人から、その対象の護衛を命じられれば、誰だってへそを曲げるというものだろう。

 平然と敵意をぶつけてくるクララだったが、不思議と私は悪い気持ちがしなかった。監視されるのは気持ち悪いが、彼女のぶっきらぼうな態度には、どこか芯の通ったものを感じたからだ。シモン皇子の障害にならない限り、彼女が私に手を出すことはないだろうと思った。私の思い違いでなければいいのだけど。


「ねえ、クララ」

「なんだ」

「あなたはあの方の護衛だったんでしょう? 側を離れても大丈夫なの?」

「影——護衛は私のほかにもいる。気がつかなかったのか? お前を取り押さえたときも、もう一人影がいた」

「そっか。たしかに。口と腕を押さえながら、首に刃物を突きつけるのは、一人じゃ無理よね」

「聞きたいことはそれだけか」

「西方医院にいたというのは本当なの?」

「医術の心得があるというのは本当だ」

「出身はどこ? 本当にアルガル?」

「知らぬ」

「何歳?」

「うるさい。病人は大人しく寝ていろ」


 だが、彼女と仲良くなるのは、少し難しそうだった。

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