第十二話 銀月草
今日も間に合いました。毎日更新続行中です。
だいたいいつも、その日に書くことは決まっていて、1時間くらいでパパッと書いています。
気楽な感じでお読みいただけると幸いです。
「うん。もしお嬢さんが無事に帰らないと、アルブレヒト卿が悲しむだろうからね。聖騎士団あげて、帝都中を大捜索、なんてことになったら僕も嫌だからさ」
言われた瞬間、心臓がドクンと跳ね上がった。
シモン皇子は、私の身元を知っている……!
いきなり冷たい手で首根っこをひっつかまれた気分だ。
思わず「なぜそれを?」と口から出そうになったが、理性の力で押さえつける。ここでそれを聞けば、ますます相手のペースに飲み込まれるだけだ。
だがなぜ私のことを知っている? デビュタント前の貴族令嬢の情報なんて、断片的な噂ぐらいでしか耳に入らないはずだ。まったく面識もないのに、確信を持って言い当てるのは不可能に近いのでは……?
そのとき、無反応を装う私の代わりに「えっ!」と驚きの声を発した者がいた。私の背後に立つ女——「影」だ。
「なにを驚いているんだい?」とシモン皇子が呆れる。
「いや、まさか……。本当ですか?」
「そのくらいすぐに見抜いてほしかったなぁ。消す、なんて言いだすから慌てたじゃあないか」
シモン皇子の声色は、叱責というよりも親しみを込めた揶揄に近かった。
「申し訳ございません」
「冗談だよ」
「あの……」
「おおっと、失礼! お嬢さん。もう帰っていいよ」
「その前に、一つ質問しても良いですか?」
よせば良いのに、私はまた余計なことを言ってしまう。
「どうぞ」
「私がここで見たことを、外で言いふらさないという自信があるんですか? もし私が言いふらしたら、その……シモン様は困るんじゃないですか?」
声に挑発の色が乗ってしまう。
こんなこと、聞かない方が良いのは分かっている。
だが、終始シモン皇子のペースの乗せられてしまうのは腹立たしかった。かつてヘルムート皇子の言葉に操られた自分を思い出すからだ。
これは確信に似た予感だが、ここで何か一つくらい、自分の意志で言葉を発せないと、私は回帰前と同じ運命を辿るような気がしたのだ。誰かの掌の上で踊り、誰かの利益のために死ぬ、きっとそんな哀れな女にしかなれない。
シモン皇子は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、やがてクスクス笑いはじめた。
「きみは面白いね、ディートリンデ・アルトナー。さすがは勇敢なる女神の後裔とでも言うべきか、怖いもの知らずだ」
私は無言のまま、シモン皇子を見つめる。
「僕は困らないよ。年端もいかない公爵令嬢が、『皇宮の植物園に忍び込んだら、普通の人みたいに喋るシモン皇子を見ました』だなんて言ったところで、誰が信じる? きみの正気が疑われるだけだよ。それに……まぁいいや」
皇子は何かを言いかけて、微笑んだ。
「そんなことより、僕としたことが手土産の一つの渡さずに失礼した。はい、これ。怖がらせたお詫びも兼ねて」
シモン皇子は、後ろ手に隠していたものを私のほうに差し出した。
ご丁寧に、それはさっき私から奪った覆面で包んであった。
「これって……」
「きれいだろう? これは銀月草と言ってね、夜にしか咲かない花なんだ。明日の朝にはしなびて消えてしまうから、今夜のうちに楽しんでほしい」
月光を反射して銀色に光るそれは、まぎれもなく銀月草の花だった。
「見送りは出来ない。気を付けて帰ってね」
「……ありがとうございます」
私は虚勢を張って、落ち着き払った様子で覆面を直し、「では失礼いたします」と皇子に一礼した。
そして踵を返し、悠々とした足取りでその場をあとにした。
「じゃあ、またね」
背後からシモン皇子の面白がるような声が聞こえたが、私は振り返らず、返事もしなかった。
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本作はちょっとスロースタート気味だったのですが、そろそろエンジンが入ってきた気がします。




