第十一話 尋問
「きみは僕が誰だか知っているかい?」
もちろん知っている。
シモン皇子。
皇帝と経歴不明の踊り巫女の間に生まれたはみ出し者。
いつもヘラヘラ卑屈な笑いを浮かべ、時折意味不明な奇声を張り上げる狂人。
人に話しかけられれば、自分しか興味のある動植物の知識を断片的にまくし立て、まったく話が通じない。
ほかにも奇行の噂が数多あり、宮廷では「博物学狂いの出来損ない」と陰口を叩かれている第三皇子。
だが、いま私の目の前にいるシモン皇子は、評判とは正反対の雰囲気を漂わせていた。
話しぶりは柔和で、明らかに理性があり、余裕すら感じさせる。その点は、彼の次兄にあたるエトガル皇子によく似ていると思った。
しかし、その奥には底知れぬ酷薄さも感じる。そこは長兄のヘルムート皇子に似ているかも知れない。
この男は危険だ——私の本能がそう告げていた。
返答をしくじれば、どんな事態が待っているか分からない。
額に冷や汗が滲むのを感じた。
「うーん、もしかして質問が難しかったかな? 『はい』か『いいえ』で答えられると思ったのだけど」
私が黙っていると、シモン皇子がすっとぼけた口調で言った。
難しいに決まったんだろ。命だけの二択だぞ。下手したら、『はい』でも『いいえ』でも死が待っているかもしれない。
「……シモン皇子、ですよね?」
覚悟を決めて、答えた。
しらばっくれたほうが正解だった気もするが、事前に「僕は嘘が嫌いだ」と念押ししてきたたのが気になった。嘘の気配を感じたら、速攻で私を消す判断を下すかも知れない。目の前の少年には、そう思わせる迫力があった。
「正解!」
答えを聞いたシモン皇子は楽しそうに笑ったが、背後から私を押さえつけていた女——シモン皇子は『影』と呼んでいた——の力が強まった。
ヤバい、答えを間違ったかも……!
「よく分かったね。きみとはまったく面識がないのに」
「皇子は……その……有名ですから」
「だったらなおさら不思議だな。評判を聞いていれば、イメージが違いすぎて僕とは気付かなそうなものだけど」
言葉は柔らかいが、これは明らかに尋問だった。確信を持って言えるが、もし対応を誤れば、この尋問はすぐさま拷問へと変わるだろう。
「まず第一に、髪の色です。月明かりの下とはいえ、そんなに黒い髪をしていらっしゃる方は帝国にはあまりいません」
「なるほど」
「……次に、皇宮内でこんな物騒な護衛を連れているのは、皇族以外にはありえません。そして年齢。この三つを勘案し、シモン皇子だと推測しました」
「満点の回答だ」
シモン皇子が楽しそうに笑った。
口では褒めているが、明らかに私の答えに納得してはいない。
身体から拭きだした汗が背筋を伝わるのを感じた。
「影。彼女を解放して」
しばしの沈黙ののち、シモン皇子はそう告げた。
私の背後から「しかし!」と抗議の声が上がる。
「これは命令だ」
「……分かりました」
私を押さえつけていた力が、スッとなくなった。
「さて、勇敢なるお嬢さん。もう帰っていいよ」
シモン皇子にあっさりそう告げられ、私は呆然となった。
「……私がなぜここに入り込んだか、聞かなくていいのですか?」
驚きのあまり、言わなくても良いことを口にしてしまった。
「別に。気にはなるけど、どうでもいいよ」
「本当に? このまま帰してくれるの?」
「うん。もしお嬢さんが無事に帰らないと、アルブレヒト卿が悲しむだろうからね。聖騎士団あげて、帝都中を大捜索、なんてことになったら僕も嫌だからさ」
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