第十話 佯狂の皇子
今日もなんとか間に合いました。来週も毎日更新を目指します。
「シモン皇子……」
そこにあったのは、背中を丸めてヘラヘラと卑屈に笑う皇子の姿ではなかった。
美しい、と思った。
背筋を伸ばし、柔らかな黒髪を風になびかせ、物憂げな視線を花畑に向けるその姿、お伽噺に出てくる妖精王のよう。
ただそこに立っているだけなのに、私はシモン皇子の姿から目を離すことが出来なかった。宮廷で数多の英雄や美姫を見慣れている、この私が。
シモン皇子はたしか私よりも二歳年上だったはずだから、いまは十六歳のはず。少年と言っていい年齢でありながら、その姿からは言いようのない色香を感じる。
どのくらい見惚れていただろうか。
シモン皇子が動いた。
繊細な指を銀月草の花弁に添え、何かブツブツ言っているようだった。
何をしているのだろう?
好奇心に駆られた私は、物音を立てないよう、ゆっくりとシモン皇子に近付いていく。
自分が危ないことをしているのは分かっていた。私の目的は銀月草だ。この場にしばらく身を潜めておいて、シモン皇子がいなくなるのを見計らって、花を摘みにいくべきだ。理性はそう告げている。
しかし、花に魅せられた蜂のように、私の足はゆっくりと歩を進める。
「……」
シモン皇子が何かを囁く。
すると、花畑に青白い火の玉が現れた。
現実の炎ではない、魔法の光だ。
「……」
よく聞き取れないが、囁き声が聞こえる。
遠目には火の玉と会話しているように見えるが……。
そう思った瞬間。
「ん……!」
突然、何かが私の口を塞いだ。
柔らかい。だが、強い力が込められているのを感じる。
私はパニックになり、反射的に手足を動かそうとしたが、右腕を捻りあげられた。
「動くな」
押し殺した冷たい声とともに、首筋に硬いものが押し当てられる。
「んぐッ……!」
「動けば殺す」
女の声だった。若い声だ。私と同じくらいの年かもしれない。
私の首に当てられているものが、月明かりを反射して輝いた。金属——ナイフだろうか。
恐怖で身がすくみ、身体がこわばる。
身じろぎ一つ出来ないでいると、こちらへとゆっくりと近付いてくる足音が聞こえた。
「お許しください、不審者の接近に気付きませんでした」
私を捕まえていた女が口を開いた。
「謝ることはない。僕の不注意だった」
そう答えたのは、私の目の前に立つシモン皇子だ。感情を感じない、堅い声だった。
「どうやら、なかなか良い魔道具を使っているようだ」
シモン皇子がこちらに腕を伸ばし、私の覆面を掴むと、無造作に剥ぎ取った。
長い髪がこぼれ、私の顔が晒されると、シモン皇子は「おや」と呟いた。
「……困ったことになったな」
「消しましょう」
皇子の呟きに、女が間髪入れず返す。
消す? いきなり?
深夜に皇宮に忍び込んだのだから、怪しまれても仕方がないが、いささか性急すぎはしないだろうか?
物騒な言葉が飛び出したせいで、パニックで痺れた脳がわずかに冷静さを取り戻す。
「いや、それはまずい。うーん、困ったことになったなぁ」
シモン皇子がぼやくように言った。声に、少し面白がるような響きを感じる。
「ご心配に及びません。間者一人など、跡形もなく消してご覧に入れます。決して死体が見つかるような……」
「よせ。怖がっている」
そう言われてはじめて、私は自分が震えていることに気がついた。
「彼女と少し話がしたい」
そう言うと、シモン皇子はわずかに腰を落とし、私と目の高さを合わせた。
陶器のような顔には微笑みが浮かんでいる。だが、目は笑っていなかった。
「影。手を放してやれ」
私の口を塞いでいた手から、すっと力が抜けた。だが、捻りあげられた腕はそのままだ。
「さて、いくつか質問をしよう。正直に答えてくれれば、きみはこのまま家に帰れる」
「答えなければ、どうなるの?」
子供に言い聞かせるような声色に腹が立ち、思わずそんな言葉を口走ってしまった。しまった、と思ったが、シモン皇子は特に気にした様子もなく、
「僕としては帰してあげたいところだけど、きみの後ろにいる人間が何をするかは分からない。これで答えになっているかな?」
「……」
私の沈黙を了承と判断したらしいシモン皇子は、「それじゃあ質問するよ」と笑った。
「最初に言っておくけど、僕は嘘が嫌いだ。さて、きみは僕が誰だか知っているかい?」
そろそろ面白くなってきたと思うのですが、どうでしょう。
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