冬の侯爵領(2)
それからどれくらいの時間が経っただろう。
私は焚火の側で暖かいお茶を飲ませて貰っていた。
私の設定通りであれば、生存者は私一人だろう。なによりこの規模まで広がってしまった火災だ、状況は絶望的だと言って良いだろう。
やがて街へ救援に向かった部隊が野営地へと戻ってきた。
「だめだ。どの家も完全に火の手にやられて人の姿を見つけられない」
部隊の兵士の顔はみな暗く、事態の深刻さは野営地に残った救護班の人たちにも十分に伝わっているのだろう。野営地に思い沈黙が訪れた。
しばらくして、隊長格の男が私の所に来て頭を下げてきた。
「お嬢さん申し訳ない! 俺らがもっと早くたどり着いてれば他にいくらでもやりようがあったのに……。いくら言葉を並べても謝り足りない。本当にごめん!」
隊長格の男が私に頭を下げる。見た目は整ったイケメンだけど、口調は気さくというかなんというか。けど多分真面目な人なんだろう。
私は黙ってうつむくことしかできなかった。私が彼らにかけられる言葉は何もなかった。
なにしろ生存者がいない事は知っていた。いや、そう私が設定したんだ。
何も考えずに、その方がフラン・ボワーズというキャラクターが引き立つという安直な考えで。
そのせいでこの世界を生きる人たちが命を奪われ、心を痛めるなんて一切想像なんてしてなかった。
「それにしてもお嬢さん。君はよく助かったなぁ……。どうやって逃げたんだい? 他に生存者の心当たりはない?」
私は黙って首を横に振る。
「そうだよなぁ……。逃げるのに必死だったろうしねぇ。覚えて無くても無理はないか……。悪かった! 今のは忘れてくれ」
隊長格の男はそう言うと他の兵士の所へ行き、なにやら指示を出しているようだった。
答えられる訳が無い。
事実私にはこの世界に降り立つ以前の記憶が無い。だからどうやって助かったのかなんてこっちが聞きたいくらい。
でもこれから一体どうなるんだろう?
身寄りも無い、記憶も無い状態でどうやって生き抜いていけば良いんだろうか?
そんなことをしばらく考えていると、私の体はずいぶん温まってきた。
そこにまた隊長格の男が声をかけてきた。
「もう夜も更けてきたし、馬車に入って寝ると良い。この状況だ。明日は馬車を一台近場の村に送ろう。生憎お嬢さんの着替えになるような服は無いから、明日村に着くまでちょっとだけ我慢してね?」
隊長格の男に促され、私は立ち上がる。
そのとき服の中からポトリと何かが落ちた。
ふと下を向くとそこには懐中時計が転がっていた。設定通り母親から譲り受けたボワーズ家の家紋が入った懐中時計だ。
「ホラお嬢さん。大事な物はしっかり持って……ってこの家紋……」
隊長格の男が懐中時計を拾い上げると、ボワーズ家の家紋に気がついたようだ。みるみるうちに顔から血の気が引いていくのが解る。
ざざざっという音とともに、隊長格の男をはじめ、救援隊の兵士たちはそれはそれは低い姿勢で私に向かって土下座するのだった。
「大変失礼いたしました! 何卒! 何卒ご容赦くださいませ!」
あれから隊長格の男に何度も何度も頭を下げられた。正直煩わしい。
「大丈夫です。あんな状況ですし仕方ないです。それよりそんなに頭を下げられてしまうと逆に恐縮しちゃいます」
「しかしっ! 侯爵家のご令嬢にあのような無礼な態度をしてしまったとあれば、このレヴァン・ドロス末代までの恥! 一生の不覚であります!」
隊長格の男改めレヴァンさんは私が何を言おうとも意見を曲げそうに無い。やっぱり真面目だ。いやこの場合は頑固なのかな?
でもこの状況があまりに長引くと私の心の平穏が保たれない。
日本の平凡な家庭育ちの私にとって、侯爵家のお嬢様として振る舞うのは無理があるし、とても疲れる。なので、私はレヴァンさんにいくつかお願いをすることにしよう。
「では、そうしましたらいくつかお願いを聞いて頂けますか?」
「このレヴァンにできることであれば何なりと!」
「まず、私に剣を一振り頂けますか?」
剣道を習っていたので剣であれば多少は扱えると思う。多少訓練は必要だと思うけど、この世界が設定通りになっているなら冒険者として身を立てるくらいはできそうだし。
お嬢様として振る舞い続けるくらいなら、一人の冒険者として自由に動いた方がまだ気が楽だ。
「剣ですか……。ここには腕自慢の精鋭がそろっておりますので、王都までの道中きっちりと護衛させて頂きます。そうなればフラン様に剣は必要ないかと思いますが?」
確かにレヴァンの言うことは一理ある。これだけの人が守ってくれるなら私は安全なのだろう。
でもこのままホイホイついて行ってしまったら、なんだかんだで面倒くさい事になりそうな予感がするんだよね。
だから無理矢理でも良いから単独行動ができるように交渉する。
「この状況ですから盗賊に襲われないとも限りません。もしそうなった時に足手まといになりたくも無いですから。自分の身を守れるくらいの武器が欲しいの」
レヴァンは難しそうな顔をして黙っている。ここはたたみ掛けなきゃ。
「剣の扱いなら多少心得ておりますよ? 丸腰の私がおとなしく人質になる寄りかは幾分ましではありませんか?」
じっとレヴァンを見つめそう言ってみると、レヴァンは大きくため息をついた。
「……解りました。私の予備の剣を差し上げましょう」
そう言ってレヴァンさんは一振りの剣を私に差し出した。
予備とは言っても隊長格の人間が使うものだ。それなりに良い者なんだろう。他の兵士が使っている剣とは雰囲気が違う。そう感じた。
「それに私の護衛もずっとする訳には行かないと思いますので、次の村で私をおいていって頂けますでしょうか? 身の振り方はそこで考えますので」
「それはお断りさせて頂きます。侯爵家のご令嬢を村においてきたなどと知れたら私の首が飛びます」
即答だよ。まあ立場を考えたら当然なんだろうけどさ。
「私が侯爵家の人間だと報告しなければ良いんじゃないですか?」
「先ほどの無礼に加えそのような保身、私の騎士道に反します。どうかそれだけはお考え直しください」
本当に真面目な人だ。面倒くさい。
いっそのことこのまま放り出してくれた方が私にとってはどれほど都合が良いか。早く自由に動ける立場になりたいのに。
「そうしたら私はこの後どうしたら良いのです?」
「まずは王都へ同行して頂き、騎士団長や官僚の方々と面会して貰うことになります」
「身寄りも無い、帰るべき家を失ったんです。お家取り潰しになるんじゃないですか? であれば身分を隠して冒険者で身を立てた方が現実的でしょう?」
「それは一概には言えません。王都には侯爵家の別宅もございますし、領地の執政もフラン様が良縁に恵まれるまで周辺領主が代行することも選択肢としてあるでしょう。後見人が決まるまでは少なくとも王都にとどまって頂く必要がございます」
なんか話がどんどん広がって、どんどん面倒くさくなってきた。
「でも別宅で働く方々は父に付いてきた方々ですよね? いくら娘とはいえ私に従えないと考える方も居るでしょう? 別宅が私にとって安全とはいえないと思うんです」
私がそう言うとレヴァンさんは顔を曇らせる。
「確かに……。よからぬ事を考える者も出てこないとは……」
「でしょう? であればむしろ全て自己責任の冒険者のほうが気が楽です。」
レヴァンさんはしばらく考えると何かに気がついた様子で、私をじっと見つめてくる。
「で、あれば私がフラン様の従者となり、フラン様をこの身が朽ちるまでお守りいたしましょう!」
うん。とても良い笑顔だよ。でもそうじゃない、そうじゃないよ。
「あ……貴方にも普段の……お仕事とかあるでしょう? それをないがしろにはできないでしょう?」
「何とかなります! あとレヴァンとお呼びください!」
なっちゃうんだ……。
もうこの人には何を言っても無駄な気がするので、私が折れることにした。
さらっと単独行動作戦失敗。
レヴァンは書いてて楽しいです。
お付き合いありがとう御座いました。




