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婚約破棄された悪役令嬢ですが、王国が私を失って崩壊しました。英雄辺境伯に攫われて溺愛されています  作者: 夜炎 伯空


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3/11

3話『ようやく、あなたを守れる』

 婚約破棄から数日後――


 馬車は辺境伯領へと到着した。


 窓の外に広がる景色を見ながら、私は小さく息を吐く。


 王都とは何もかもが違っていた。


 どこまでも続く青空。


 豊かな森。


 広大な畑。


 穏やかな人々の笑顔。


 まるで別の世界のようだった。


 本来なら感動していたのかもしれない。


 けれど今の私の胸を占めているのは、不安ばかりだった。


(どうせ今だけ……そのうち失望される。私は結局、誰にも必要とされない)


 父も。


 母も。


 アスラも。


 最初は優しかった。


 だから信じてしまった。


 だから傷付いた。


 もう二度と同じ思いはしたくない。


 そう思うのに――


 辺境伯の優しさに、少しだけ期待してしまう自分がいる。


 それが怖かった。


 やがて馬車が止まった。


 窓の外を見た瞬間、私は目を見開く。


 屋敷の前には騎士たちが整列していた。


 使用人たちも並んでいる。


 まるで王族でも迎えるかのような光景だった。


「ようこそお越しくださいました」


 低く穏やかな声。


 私は思わず息を呑んだ。


「長旅でお疲れでしょう」


 キリアが手を差し出す。


「足元にお気を付けください」


 恐る恐るその手に触れる。


 大きな手だった。


 温かかった。


 不思議なくらい安心できる温もりだった。


 その瞬間――


 キリアの表情がわずかに緩む。


 まるで本当に安心したように。


 その顔を見て、胸が少しだけ騒いだ。


「エレノア様、お待ちしておりました」


 使用人たちが一斉に頭を下げた。


 私は立ち尽くす。


 王都では違った。


 冷酷な悪役令嬢。


 氷の令嬢。


 そんな呼び名ばかりだった。


 だから信じられない。


 誰も私を嫌っていない。


 誰も軽蔑していない。


 ただ歓迎だけがあった。


 胸の奥がじんわりと熱くなる。


 すると老執事が前へ出た。


「旦那様は、この日を十年間待ち続けておりました」


 私は瞬きをする。


「十年間……?」


「はい」


 執事は穏やかに頷いた。


「毎年王都へ人を送り続けましたが、諦めることは一度もありませんでした――」


 言葉を失う。


 十年。


 それはあまりにも長い時間だった。


 私自身ですら、自分を見捨てそうになった時間。


 なのに。


 この人は待ち続けていた。


「余計なことを言わないでください」


 キリアが小さく咳払いする。


 けれど耳が少し赤い。


 私は思わず目を見開いた。


 辺境の英雄にも、そんな表情をすることがあるのだと初めて知った。


   ◇


 案内された部屋は驚くほど美しかった。


 大きな窓。


 柔らかな日差し。


 上質な家具。


 机には季節の花まで飾られている。


 私はそっと花に触れる。


 その時だった。


「綺麗……」


 気付けば言葉が漏れていた。


 そして――


 小さく笑っていた。


 本当に僅かな笑みだった。


 けれど婚約破棄の日から初めてだった。


 自分でも気付かなかった。


 私はまだ笑えたのだと。


   ◇


 部屋を出ようとしたキリアを呼び止める。


「辺境伯様――」


 彼が振り返る。


「なぜ、ここまでしてくださるのですか」


 キリアはしばらく黙っていた。


 そして静かに言う。


 「十年間、想っていたのです。もう二度と失いたくありません」


 その声は驚くほど真っ直ぐだった。


 胸が大きく跳ねる。


 言葉が出ない。


 キリアは私から目を逸らさなかった。


 蒼い瞳が真っ直ぐ私を映している。


「嵐の夜――絶望していた俺に手を差し伸べてくれた人を……」


 胸が熱くなる。


「だから今度は俺の番です」


 一歩だけ近付く。


「ようやく、あなたを守れる」


 その言葉に涙が滲んだ。


 誰かに守ると言われたことなんて、一度もなかった。


   ◇


 その日の夜――

 

 私は窓辺に飾られた花を見つめていた。


 王都では気付かなかった花の香り。


 柔らかな風。


 穏やかな静けさ。


 そして気付く。


 今日は一度もアスラのことを思い出していないことに。


 私は久しぶりに穏やかな気持ちで眠りについた。


 婚約破棄の日以来初めて。


 誰かを恐れることなく。


 誰かに怯えることなく。


   ◇


 そして隣室では――


 キリアが眠れずにいた。


 十年間探し続けた人が、ようやく同じ屋敷にいる。


 それだけで胸が落ち着かなかった。


「……本当に見つけたんだな」


 誰にも聞こえない声で呟く。


 窓の外を見る。


 エレノアの部屋の明かりは、もう消えていた。


 キリアは小さく笑う。


「今度こそ」


 十年間言えなかった言葉を呟く。


「誰にも渡さない」


 その瞳には、十年間積み重ねた想いが静かに宿っていた。

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