失われた根5
そのとき、
「久しいな、静龍」
と声がかけられた。
声音に聞き覚えがあったけれど、あまり気が乗らずに、静はゆっくりと振り返る。
ちょうどその人物は馬から降りたち、こちらにやって来る様子だった。白い装束に身を包み、白金の髪を黒織りの平紐で結わえている人物だ。黒い瞳に宿る鋭い眼差しが特徴的である。
「虎牙」
静は自分の声に、落胆が交じっているのを感じた。
「まさか、麒鞠の次期王后に選ばれるとはな。お前は絶対に飛鳥以外には身体を許さないと思っていた。そう簡単に麒鞠に身をゆだねるとは。婚外交際の噂も本当なのか?」
「同時にいくつもの話題を出さないでもらえる?それに、全てが下品」
「下品なのは、婚外交際だろう。麒鞠の考えることは理解ができない」
「噂を信じる方が下品だと思うけれど」
「では、飛鳥とは終わったのか?そんなわけがない。お前からは火の気が感じられる」
そう言って虎牙がニヤリと笑う。静は頭に血がのぼって来るのを感じた。契りを交わしていない虎牙が、その気を感じられるわけがない。
「分かるわけがないでしょ!それに、虎牙あなたには関係ない」
「関係はある。俺はもし碧羅と婚姻するとすれば、お前がいいと思っていた。金の気の剋に耐えられるのは、碧羅の中では、静龍くらいだからな。たおやかな李龍や桃龍では到底無理だ」
「虎牙、あなたは紗紅那との縁組がお似合いだと思うけれど。あなたみたいなのは、奥方から熱烈な炎で、溶かされてしまえばいい!」
静はそう言い捨てると、茉虎、莉虎がくすくす笑う。しまった、と静は思った。すっかり頭に血がのぼってしまったのに気づいたからだ。虎牙もまた、愉快そうに笑っているので、すっかりからかわれたのだと気づく。
「もう、帰るから安心して」
「未の根を調査しに来たんだろう?そして、この土の様子から、お前は一つの仮説を持っているはずだ」
「勘がいいのは何より。でも、あなたに話すつもりはない」
「それはともかく。婚外交際は、何人まで許されるんだ?俺も候補に入れてもらえないだろうか?」と笑う。
「分かったことは一つ。相変わらず、虎牙あなたがイヤな人で、私とは到底そりがあうわけがないことだけは、ハッキリ分かった」
静の言葉に、虎牙が笑った。そして、声を潜めて、
「次危ないのは、艮宮だ」と言う。
静が何かを言う前に、虎牙は馬上に上がる。静は虎牙の姿を呆然として見つめるのみだ。
「俺達の世代には遺恨はないはずだ。少なくとも俺は、静龍お前にも、飛鳥にも何ら遺恨はない。親しい友だ」
「意味が分からない」
「そういえば、今年も乾宮にて武闘大会を行う予定だが、麒鞠王子后も参加は可能だろうか?」
「え!?本当に?ぜひ参加したい!」
静の表情が一変するのを見て、虎牙は笑う。
「麒鞠の后になり、大人しくしているかと思えば、相変わらずで安心した。静龍お前は家に飲み込まれるなよ」と虎牙は言い、馬を走らせて去っていく。
「何しに来たの、一体」
と静が呟くと、
「この頃は、あのように動き回っているのです」
と双子が答えてくれるのだった。
虎牙の邪魔が入ったとはいえ、調査が終わった以上ここに留まる理由はない。
「行きましょうか」と双子に声をかけ、静もまたその場を去ることにした。




