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日向丘 妖狐が宿る豆富店


 執筆作業(しっぴつさぎょう)(いそが)しくしている(あいだ)(なつ)()わり、秋風(あきかぜ)()()んできた。連載中(れんさいちゅう)の『死出山怪奇譚(しでやまかいきたん)』に(くわ)えて、『海神(わたつみ)(もり)』の本文(ほんぶん)静岡(しずおか)さん自身(じしん)物語(ものがたり)の『狂想画奇譚(きょうそうがきたん)』、それから『神々(かみがみ)(まつり)』と『夢幻(むげん)(はな)』の取材(しゅざい)執筆(しっぴつ)をしていたからか、()(まわ)るような日々(ひび)だった。鬼門(おにかど)さんも、(おな)じように(いそが)しくしていた。



 それが一段落(ひとだんらく)した(ころ)だった。相変(あいか)わらず(わたし)志保(しほ)(いえ)一室(いっしつ)(こも)って執筆(しっぴつ)(つづ)けている。この(いえ)()らしには()れたが何処(どこ)()()かない。

 そんな(とき)鬼門(おにかど)さんがやって()て、原稿(げんこう)催促(さいそく)してきた。

「こんにちは、今月分(こんげつぶん)原稿(げんこう)()りに()ました!」

最近(さいきん)作家(さっか)はデジタル入稿(にゅうこう)(おお)(なか)で、(わたし)(いま)だに原稿用紙(げんこうようし)提出(ていしゅつ)しているが、鬼門(おにかど)さんはそれを(いと)わない。(わたし)は、今月分(こんげつぶん)原稿(げんこう)鬼門(おにかど)さんに(わた)すと、(つぎ)小説(しょうせつ)文章(ぶんしょう)()こうとした。

「それにしても闇先生(やみせんせい)朝晩(あさばん)()えますね。」

「ああ、そうだね」

「そんな(とき)はおでんが()べたくたりますね。(ぼく)餅巾着(もちきんちゃく)()きで、稲荷豆富店(いなりとうふてん)油揚(あぶらあ)げを()って手作(てづく)りしています。」

「へぇ、そうなんだね」

鬼門(おにかど)さんは(かばん)(なか)から手紙(てがみ)(たば)()()した。

最近(さいきん)、ファンレター()えたんですよ。闇先生(やみせんせい)はそれを全部(ぜんぶ)()(とお)してますよね?それとSNSのコメントにも返信(へんしん)しているんでしょう?大変(たいへん)じゃないですか?」

「それなんだが()にはならないよ。(むし)ろ、色々(いろいろ)(かた)(わたし)作品(さくひん)()んで、しかも感想(かんそう)まで()いてくれて(うれ)しく(おも)ってるよ。」

(わたし)はその手紙(てがみ)(たば)()()り、一枚一枚(いちまいいちまい)()(とお)した。

「その(なか)稲荷豆富店(いなりとうふてん)封筒(ふうとう)がありました。それで(ぼく)はびっくりしてしまいまして、お()()いなんですか?」

「ああ、そこの息子(むすこ)さんが(わたし)のファンで、一度(いちど)サイン(かい)出会(であ)ったんだ。」

(わたし)は『稲荷豆富店(いなりとうふてん)』と()かれてあるその封筒(ふうとう)()()して、(なか)()た。(たし)か、出会(であ)った()稲荷崇君(いなりしゅうくん)だったはずだ。また(わたし)作品(さくひん)()んでくれたのだろうか。そう(おも)いながら宛先(あてさき)()ると、そこには崇君(しゅうくん)ではなく、『稲荷尚(いなりなお)』と

()かれてあった。



 手紙(てがみ)本文(ほんぶん)にはこう()かれてあった。

拝啓(はいけい)朝晩冷(あさばんひ)えますがいかがお()ごしでしょうか。

(はじ)めまして。稲荷崇(いなりしゅう)(あに)稲荷尚(いなりなお)(もうし)ます。以前(いぜん)のサイン(かい)では(おとうと)がお世話(せわ)になったそうですね。その(せつ)はありがとうございます。あれから(ぼく)闇深太郎(やみしんたろう)さんの作品(さくひん)()みましたが、情景(じょうけい)(えが)かれていて()かったです。

ところで、何故(なぜ)(ぼく)がこの手紙(てがみ)()いているのかと(もう)しますと、最近(さいきん)(おとうと)様子(ようす)がおかしいからです。お(そな)(もの)油揚(あぶらあ)げを()べてしまったり、女言葉(おんなことば)話出(はなしだ)したり、とにかく、普段(ふだん)(しゅう)ではあり()ない(こと)()こっています。

稲荷家(いなりけ)には“ある(はなし)”が(つた)わっていて、それと関係(かんけい)あるのではないかと(かんが)え、近所(きんじょ)神社(じんじゃ)神主(かんぬし)さんにも相談(そうだん)してみましたが、()かりませんでした。そこで、怪奇現象(かいきげんしょう)(くわ)しい(やみ)さんや、その()()いの『風見(かざみ)少年(しょうねん)』なら(おとうと)(たす)()せるのではないかと(おも)い、手紙(てがみ)()しました。(いそが)しい(なか)無理(むり)承知(しょうち)なのですが、よろしくお(ねが)いします。』

(わたし)はその手紙(てがみ)から(かお)()げて、一言(ひとこと)(つぶや)いた。

「やれやれ、(わたし)医者(いしゃ)じゃないんだがな」

闇先生(やみせんせい)、どうされましたか?」

(わたし)執筆途中(しっぴつとちゅう)原稿用紙(げんこうようし)片付(かたづ)けて、手紙(てがみ)()ちながら支度(したく)(はじ)めた。

稲荷豆富店(いなりとうふてん)出掛(でか)けてくるよ。崇君(しゅうくん)(こと)心配(しんぱい)だからね。」

「ええ、ですが(ぼく)編集室(へんしゅうしつ)での仕事(しごと)がありますので同行(どうこう)出来(でき)ませんが…。」

「お土産(みやげ)油揚(あぶらあ)げを()ってくるよ。」

(わたし)(かばん)()って(そと)()た。そして、駅前(えきまえ)のロータリーからバスに()()む。



 そのバスに()っている(あいだ)(わたし)尚君(なおくん)手紙(てがみ)()んでいた。それには稲荷豆富店(いなりとうふてん)のパンフレットが同封(どうふう)されている。そこには、稲荷家(いなりけ)代々(だいだい)(かた)()がれていた伝説(でんせつ)だ。



 江戸時代(えどじだい)()わり、(いま)日向丘(ひゅうがおか)()ばれているこの()貧乏(びんぼう)だが豆腐(とうふ)(つく)るのが上手(うま)職人(しょくにん)豆太郎(まめたろう)()た。(かれ)は、(ちい)さな(みせ)(ひら)き、豆腐(とうふ)油揚(あぶらあ)げを(つく)っていたが、(まった)繁盛(はんじょう)しなかった。

 そんなある()、そのお(みせ)(まえ)子狐(こぎつね)(あらわ)れた。その(きつね)(はら)()かしていて、元気(げんき)がなかった。そこで豆太郎(まめたろう)は、その子狐(こぎつね)()(のこ)った油揚(あぶらあ)げを(あた)えた。元気(げんき)がなかった子狐(こぎつね)は、(すこ)しずつ元気(げんき)()(もど)した。

 それから豆太郎(まめたろう)はその子狐(こぎつね)仲良(なかよ)くなり、貧乏(びんぼう)だが(しあわ)せな日々(ひび)()ごしていたが、ある()(さかい)にその子狐(こぎつね)姿(すがた)()してしまった。

 それと()()わるように(あらわ)れたのは、(わか)(むすめ)だった。彼女(かのじょ)紅葉(もみじ)名乗(なの)り、豆太郎(まめたろう)(みせ)(はたら)きたいと(もう)()た。

 紅葉(もみじ)(みせ)懸命(けんめい)(はたら)き、それを()人々(ひとびと)豆太郎(まめたろう)(みせ)豆腐(とうふ)()っていった。紅葉(もみじ)頑張(がんば)りのお(かげ)もあり、豆太郎(まめたろう)(みせ)繁盛(はんじょう)し、町一番(まちいちばん)豆腐屋(とうふや)になった。

 豆太郎(まめたろう)はそんな紅葉(もみじ)大切(たいせつ)(おも)っていた。そんな豆太郎(まめたろう)紅葉(もみじ)(ため)御守(おまも)りの(すず)()けた。

 その()二人(ふたり)夫婦(めおと)となった。そして、子宝(こだから)にも(めぐ)まれて(しあわ)せに()らしていた。ところが、ある()紅葉(もみじ)姿(すがた)()してしまう。豆太郎(まめたろう)豆腐(とうふ)(つく)るのも(わす)れて紅葉(もみじ)(さが)した。

 町中(まちなか)(はし)(まわ)った豆太郎(まめたろう)は、山道(やまみち)(あし)()めた。そこには、成獣(せいじゅう)(きつね)(たお)れている。その(きつね)は、(むかし)(たす)けた子狐(こぎつね)によく()ていた。

 その(きつね)(かか)えた豆太郎(まめたろう)(しん)じられないものを()た。(きつね)(くび)には豆太郎(まめたろう)紅葉(もみじ)()ったはずの(すず)()いていたのだ。まさかとは(おも)うが、紅葉(もみじ)正体(しょうたい)は、あの子狐(こぎつね)だったのだろうか。豆太郎(まめたろう)は、その(きつね)(かか)えて(ちか)くの神社(じんじゃ)()()んだ。

 そこの神主(かんぬし)は、(きつね)姿(すがた)()(おどろ)いていた。紅葉(もみじ)はただの(きつね)ではなく(あやかし)だったのだ。どうやら、(なが)いこと人間(にんげん)()けていた(ため)(ちから)(うしな)っていたようだ。そういえば、紅葉(もみじ)はずっと豆腐屋(とうふや)(はたら)()めていた。それを(おも)()した豆太郎(まめたろう)は、紅葉(もみじ)(ため)(ちい)さな(やしろ)豆腐屋(とうふや)(となり)()て、毎日(まいにち)紅葉(もみじ)油揚(あぶらあ)げをお(そな)えするようにしたのだ。

 そして、商売繁盛(しょうばいはんじょう)(かみ)である稲荷神(いなりしん)にあやかって、豆太郎(まめたろう)一族(いちぞく)稲荷(いなり)名乗(なの)るようになった。

 豆太郎まめたろう()(あと)も、その子孫達(しそんたち)(やしろ)稲荷豆富店(いなりとうふてん)名前(なまえ)()えた豆腐屋(とうふや)大切(たいせつ)にしている。いつか紅葉(もみじ)復活(ふっかつ)してくれる(こと)(ねが)いながら、今日(きょう)豆腐(とうふ)(つく)っているそうだ。



 (わたし)は、その(はなし)()()わり、(あらた)めて尚君(なおくん)手紙(てがみ)()んだ。(おそ)らくだが、尚君(なおくん)(おとうと)異変(いへん)には紅葉(もみじ)(かか)わっているのではないかと(かんが)えているそうだ。

 にわかに(しん)(がた)(はなし)ではあるが、私自身(わたしじしん)(あやかし)憑依(ひょうい)された経験(けいけん)がある。現代(げんだい)では認知(にんち)する(もの)(すく)なくなったが、(あやかし)がこの世界(せかい)存在(そんざい)しているのを(わたし)()っている。紅葉(もみじ)(はなし)本当(ほんとう)だろう。

 


 (いく)つものバスを()()いだ(さき)日向丘(ひゅうがおか)があった。そこの日向川(ひゅうががわ)沿()いに稲荷豆富店(いなりとうふてん)はある。そこに(はい)ろうとした(とき)(となり)にある稲荷舎(いなりしゃ)(しろ)子狐(こぎつね)()るのに気付(きづ)いた。よく()ると、その()には(おぼ)えがある。

「あれ、晦君(つごもりくん)

(しげる)さん、どうされました?」

晦君(つごもりくん)は、『夢幻(むげん)(はな)』の宮原町(みやのはらちょう)出会(であ)った(きつね)(あやかし)だ。普段(ふだん)宮原山(みやのはらやま)()るはずだが、何故(なぜ)ここに()るのだろうか。

久々(ひさびさ)従兄弟(いとこ)()いに()ましたが、ここには()ないようですね。」

(わたし)は、晦君(つごもりくん)(かか)えた。

一緒(いっしょ)(さが)そうか?丁度(ちょうど)(わたし)にも(たず)(びと)()るんだ。」

(わたし)()(りん)()らして尚君(なおくん)()んだ。

「はい、こちらは稲荷豆富店(いなりとうふてん)ですが」

(きみ)手紙(てがみ)をくれた稲荷尚君(いなりなおくん)だね?」

「はい、そうですが…」

尚君(なおくん)は、崇君(しゅうくん)とは三歳(さんさい)(はな)れた(あに)で、兄弟(きょうだい)はよく()ていた。(わたし)は、(いえ)(なか)にお邪魔(じゃま)して、崇君(しゅうくん)()いに()った。

神主(かんぬし)さんに相談(そうだん)した(とき)崇君(しゅうくん)()れて()ったのかね?」

「いえ、どうしても()きたくないって()かなくて…」

(あやかし)憑依(ひょうい)されているなら、神社(じんじゃ)神主(かんぬし)さんを警戒(けいかい)してもおかしくはないからな…。」

(あやかし)憑依(ひょうい)?そんな(こと)本当(ほんとう)にあるのでしょうか?」

伝説(でんせつ)(はなし)(わたし)(はな)した尚君(なおくん)だったが、(あやかし)実際(じっさい)存在(そんざい)しているのかどうか実感(じっかん)はないそうだ。伝説(でんせつ)本当(ほんとう)ならば稲荷家(いなりけ)(あやかし)()()いているはずなのだが、それが(しん)じられないというのか。

僕自身(ぼくじしん)(なに)(かん)じません。ですが(おとうと)は、(しゅう)(ぼく)には(かん)じない(なに)かを(かん)じているようです。(おさな)(ころ)、それでかなり(こわ)(おも)いをしたうで、それ以降(いこう)()ないものと(おも)()んでいるようです。」

(こわ)(おも)いって、(なに)があったんだい?」

(ちか)くの(やま)迷子(まいご)になって、その(とき)(なに)かの(こえ)(とも)得体(えたい)()れないものを()たとその(とき)()ってました。その一回(いっかい)だけで、それ以降(いこう)(なに)もなかったそうです。(しゅう)はそれ以来(いらい)伝説(でんせつ)(ふく)めてそういった(たぐい)(はなし)(しん)じていません。

それでも、未知(みち)のものに興味(きょうみ)()っているのでしょうか。無意識(むいしき)ですが、怪異(かいい)(たい)する興味(きょうみ)(いま)もあるようでして、闇先生(やみせんせい)(はなし)をずっと()んでいるそうです。」

尚君(なおくん)(おとうと)崇君(しゅうくん)をずっと心配(しんぱい)しているようだった。それも(わたし)()ぶくらいには。崇君(しゅうくん)(わたし)(だい)ファンだというのは()っていたが、まさかそういった背景(はいけい)があるとは(おも)わなかった。



 そして、尚君(なおくん)は、ポケットの(なか)からある(もの)()した。

(ぼく)神主(かんぬし)さんから(いただ)いたこの御札(おふだ)(おとうと)()ったのですが、全然(ぜんぜん)効果(こうか)がなくて…。」

(わたし)はその御札(おふだ)()()った(あと)崇君(しゅうくん)部屋(へや)(はい)った。

(ひさ)()りだね、崇君(しゅうくん)

(だれ)…?」

崇君(しゅうくん)(わたし)(こと)(わす)れていた。いや、そんなはずはない。崇君(しゅうくん)(わたし)(だい)ファンだ。(わす)れるはずがない。それに、崇君(しゅうくん)(こえ)ではなく、女性(じょせい)(こえ)だったような()もする。崇君(しゅうくん)(わたし)ではなく晦君(つごもりくん)(ほう)()いていた。

「お(ひさ)()りね、晦君(つごもりくん)

「この(こえ)は、紅葉(もみじ)さん?」

(わたし)は、その崇君(しゅうくん)様子(ようす)()確信(かくしん)した。やはり、崇君(しゅうくん)(あやかし)憑依(ひょうい)されているのだろうか。

(あやかし)憑依(ひょうい)されているんだな」

(わたし)崇君(しゅうくん)背中(せなか)御札(おふだ)()った。すると、崇君(しゅうくん)身体(からだ)から(きつね)()()してくる。

(ぼく)(ちから)では出来(でき)なかったのに、どうして…」

(わたし)(あやかし)憑依(ひょうい)されていた(とき)があるからね。それがきっかけで(わず)かだが霊力(れいりょく)宿(やど)しているんだ。」

崇君(しゅうくん)意識(いしき)()(もど)して、(わたし)(まえ)()った。

「あれ、闇先生(やみせんせい)どうしてここに…?」

無事(ぶじ)()かったよ、崇君(しゅうくん)。」

崇君(しゅうくん)突然(とつぜん)(あらわ)れた(わたし)姿(すがた)()()(まる)くしていた。

「あの(きつね)は…?」

崇君(しゅうくん)から(あらわ)れた成獣(せいじゅう)(きつね)は、ただの(きつね)ではない。尻尾(しっぽ)四本(よんほん)()えていたのだ。長生(ながい)きした(きつね)変化(へんげ)した天狐(てんこ)という(あやかし)()るがそれなのだろうか。その(きつね)巫女服(みこふく)姿(すがた)をした女性(じょせい)姿(すがた)になった。

(はじ)めまして、(わたし)子供達(こどもたち)

崇君(しゅうくん)尚君(なおくん)にも姿(すがた)()えているのか、その方角(ほうがく)()(おどろ)いている。

 すると、晦君(つごもりくん)がその女性(じょせい)(ひざ)()()った。

紅葉(もみじ)さん、お(ひさ)()りです。」

紅葉(もみじ)っていう(こと)は、あなたはまさか御先祖様(ごせんぞさま)?」

「ええ、そうよ。子供達(こどもたち)(やしろ)とお(みせ)大切(たいせつ)にして、(わたし)(わす)れずに(つた)えてくれた。そしたら、(わたし)(ちから)()(もど)し、(さら)なる(ちから)()神妖(しんよう)(かみ)()れたの。」

稲荷家(いなりけ)伝説(でんせつ)にあった紅葉(もみじ)復活(ふっかつ)というのはこの(こと)だったのか。そうではないにしろ、紅葉(もみじ)(はなし)はどうやら本当(ほんとう)だったようだ。紅葉(もみじ)さんは、(わたし)(ほう)()た。

「あなたは?ここでは()ない(かお)ね?」

(わたし)渡辺茂(わたなべしげる)怪奇小説家(かいきしょうせつか)だ。晦君(つごもりくん)とは宮原町(みやのはらちょう)()()ったんだ。」

先程(さきほど)まで(あやかし)怪異(かいい)(しん)じていなかった二人(ふたり)は、紅葉(もみじ)さんと晦君(つごもりくん)()(こえ)()なくなっていた。

崇君(しゅうくん)、それに尚君(なおくん)にも紅葉(もみじ)さんや晦君(つごもりくん)姿(すがた)()えるんだね?」

「はい、(しゃべ)(きつね)二人(ふたり)()るのが()かります。」

二人(ふたり)二匹(にひき)(きつね)()()(まる)くしていた。

「それにしても、どうして紅葉(もみじ)さんは(しゅう)憑依(ひょうい)してたんですか?」

(たい)した理由(りゆう)()いの。ようやく復活(ふっかつ)したから調子(ちょうし)()ってとしまって、浮世(うきよ)()りたくて()(うつ)ってしまって。身体(からだ)()りてしまってごめんなさいね。」

紅葉(もみじ)さんが(あやま)るのを()て、崇君(しゅうくん)(うなず)いていた。

「いえ、正体(しょうたい)御先祖様(ごせんぞさま)で、なんか安心(あんしん)しました。」

正体(しょうたい)()からない、全容(ぜんよう)(つか)めないものを(ひと)(こわ)がる傾向(けいこう)がある。崇君(しゅうくん)もきっとそうだったんだね。」

崇君(しゅうくん)(わたし)(ほう)()いた。そういえば、今日(きょう)(いそ)いで()かったからか、着物姿(きものすがた)のままだった。

「まさか闇先生(やみせんせい)も、怪異(かいい)(ひと)つではないですよね?」

「“幽霊(ゆうれい)正体(しょうたい)()たり()尾花(おばな)”、私自身(わたしじしん)怪異(かいい)でも(なん)でもないただの人間(にんげん)なんだがね、時折(ときおり)怪異(かいい)なのではないかと(うたが)われる(とき)があるよ。」

闇先生(やみせんせい)(あやかし)()()いも()るんですね!」

(わたし)は、晦君(つごもりくん)(かか)えながら(うなず)いた。

「そういえば今日(きょう)(はじ)めて闇先生(やみせんせい)本名(ほんみょう)()りました。以外(いがい)普通(ふつう)なんですね?」

(わたし)からして()れば(めずら)しい名字(みょうじ)崇君(しゅうくん)尚君(なおくん)(うらや)ましいけどね。」

「でも、そちらの名前(なまえ)(ほう)先生(せんせい)らしいですね。」

紅葉(もみじ)巫女服(みこふく)から割烹着(かっぽうぎ)姿(すがた)()わった。

「さて、一階(いっかい)にも挨拶(あいさつ)しなきゃね。また豆腐屋(とうふや)仕事(しごと)(はじ)めたいし。」

紅葉(もみじ)はそう()って(みせ)がある一階(いっかい)()かった。



 そして、紅葉(もみじ)さんは豆富店(とうふてん)(はたら)崇君達(しゅうくんたち)のご両親(りょうしん)祖父母(そふぼ)()いに()った。紅葉(もみじ)さんにとっては(いま)まで自分(じぶん)大切(たいせつ)にしてきた子孫達(しそんたち)だ。四人(よにん)も、紅葉(もみじ)さんが実在(じつざい)するとは(おも)わなかったからか、その姿(すがた)(おどろ)いている。

(おどろ)いた。まさか紅葉(もみじ)さんが本当(ほんとう)()たなんて。」

「またここで(はたら)かせて(もら)えないかしら?」

御先祖様(ごせんぞさま)さえ()ければ大歓迎(だいかんげい)だよ。」

「ええ、ありがとうございます」

紅葉(もみじ)さんは(わたし)豆腐(とうふ)油揚(あぶらあ)げが(はい)ったビニール(ぶくろ)手渡(てわた)した。

「あなたみたいな存在(そんざい)貴重(きちょう)よ。現代(げんだい)でここまで(あやかし)存在(そんざい)認知(にんち)して理解(りかい)してくれる人間(にんげん)(めずら)しい。晦君(つごもりくん)()友達(ともだち)()ったわね。」

紅葉(もみじ)さん、ありがとうございます。」

(わたし)豆腐(とうふ)油揚(あぶらあ)げのお(だい)(はら)うと、晦君(つごもりくん)(かか)えて(おもて)()た。

「また()るよ、崇君(しゅうくん)尚君(なおくん)、それから紅葉(もみじ)さん。」

闇先生(やみせんせい)、いや、(しげる)さん!今日(きょう)色々(いろいろ)ありがとうございました!またお手紙(てがみ)()しますね!」

崇君(しゅうくん)はそう()って(わたし)()()っていた。



 (わたし)崇君達(しゅうくんたち)()()(かえ)すと、晦君(つごもりくん)一緒(いっしょ)にバス(てい)まで(ある)いた。

(しげる)さん、今日(きょう)はありがとうございました。また宮原町(みやのはらちょう)にも(あそ)びに()てくださいね。」

「ああ、遥君達(はるかくんたち)にもよろしく。」

晦君(つごもりくん)は、(わたし)(うで)から()()りると、(ある)いて宮原町(みやのはらちょう)まで(かえ)ってしまった。



 それから、(わたし)(いえ)(かえ)ると、原稿用紙(げんこうようし)小説(しょうせつ)ではなく、今日(きょう)(こと)日記(にっき)のように()いていた。毎日(まいにち)ではないが、時々(ときどき)(わす)れられないような出来事(できごと)があった(とき)にこうしている。(わたし)は、志保(しほ)(つく)ってくれた湯豆腐(ゆどうふ)()べながらそれを(すす)めていた。



 それから()もないある()()()りではないのに鬼門(おにかど)さんが(たず)ねてきた。(おそ)らく、お土産(みやげ)()()りに()たのだろう。(わたし)はビニール(ぶくろ)鬼門(おにかど)さんに(わた)した。

油揚(あぶらあ)げありがとうございます!そういえば、また稲荷豆富店(いなりとうふてん)からお手紙(てがみ)(とど)いてましたよ。」

鬼門(おにかど)さんは(わたし)封筒(ふうとう)手渡(てわた)した。(あて)(さき)は『稲荷崇(いなりしゅう)』と()かれてあった。

闇深太郎(やみしんたろう)先生(せんせい)、いや、渡辺茂(わたなべしげる)さんでしたっけ。先生(せんせい)はどちらで()ばれる(ほう)()いですか?

あれから、(ぼく)家族(かぞく)になった紅葉(もみじ)さんと一緒(いっしょ)()ごしています。紅葉(もみじ)さんが目覚(めざ)めても、稲荷舎(いなりしゃ)掃除(そうじ)やお(そな)(もの)()かしてません。

自分(じぶん)霊感(れいかん)がある。それと、(あやかし)幽霊(ゆうれい)()ると()ってからは、先生(せんせい)の『死出山怪奇譚(しでやまかいきたん)』の見方(みかた)()わりました。怪異(かいい)というのは(むかし)から存在(そんざい)し、()意味(いみ)でも(わる)意味(いみ)でも人間社会(にんげんしゃかい)(かか)わっています。伝説(でんせつ)にあるそれをどう(とら)えるかによってその(かたち)(おお)きく()わってしまいます。紅葉(もみじ)さんも(あやかし)怪異(かいい)一種(いっしゅ)です。紅葉(もみじ)さんがここに宿(やど)り、僕達(ぼくたち)にとって()存在(そんざい)()られるのは、御先祖様達(ごせんぞさまたち)がそのように(つた)え、僕達(ぼくたち)がそれを(まも)っていったからだと(いま)(おも)うのです。

(ぼく)将来(しょうらい)大学(だいがく)(はい)って郷土文化(きょうどぶんか)研究(けんきゅう)するのが(ゆめ)です。僕達(ぼくたち)(いえ)にあった伝説(でんせつ)のようなものを(あつ)めて、それを後世(こうせい)(のこ)したいのです。

(ぼく)(にい)さんと(ちが)って(いえ)跡継(あとつ)ぎにはなりませんが、それでも稲荷豆富店(いなりとうふてん)(たい)する(おも)いは本当(ほんとう)です。(ぼく)(ぼく)のやり(かた)(いえ)(まも)っていこうと(おも)います。先生(せんせい)(ぼく)(あこが)れです。これからも頑張(がんば)ってください。』

手紙(てがみ)最後(さいご)には稲荷豆富店(いなりとうふてん)のサイトのURLが()っていた。通信販売(つうしんはんばい)(はじ)めたのだろうか。それにしても、崇君(しゅうくん)元気(げんき)そうで安心(あんしん)した。今度(こんど)志保(しほ)鬼門(おにかど)さんと一緒(いっしょ)にあの豆富店(とうふてん)()こうか。

元気(げんき)そうで()かったよ、崇君(しゅうくん)。」

(わたし)手紙(てがみ)大事(だいじ)仕舞(しま)うと、(ふたた)執筆(しっぴつ)(もど)った。




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