岡崎町 青髪の占い師
夏が始まった。優太は夏休みに入り、クーラーが効いた部屋で宿題をしている。
ここ数十年で夏は一気に暑くなった。私が小学生の頃は夜になると冷えていたが、今は熱帯夜と呼ばれる程暑い。
そういえば、この夏に取材旅行に行くが、優太は出掛けたいのだろうか。私は、優太に声を掛けた。
「優太、折角の休みだ。知らない町へ行ってみないか?」
優太はタブレット端末を取り出して、何かを見ていた。
「八月末に登校日があるけど、七月は予定ないよ」
「そっか、それなら行けそうだな」
私はパソコンの画面を見せた。そこには、次の行き先の地図があった。
H県A市岡崎町、そこには有名な占い師のお店がある。私と優太はそこへ向かった。
インターフォンを鳴らすと、中から、青い髪に青い目をした女性が顔を出した。
「こんにちは闇先生、お待ちしてましたわ」
「すみません、子供も連れて来てしまって」
「良いわよ。中に入ってくださる?」
私達は店の中に入った。幻想的な装飾が、店を彩っている。
女性の名は藍本叶さん、有名な占い師だ。
今日は、女性向けのファッション雑誌に収録する短編小説の打ち合わせだった。叶さんの隣には、編集者の方も居る。
「はじめまして、小池裕子と申します。闇先生、よろしくお願い致します」
小池さんは、早速パソコンを取り出している。
「闇先生、お子さんの名前は?」
「優太です」
「優太君、私達はしばらくお仕事だから、二階の奥の部屋で休んでもらえるかしら?」
叶さんは、鍵を開けて、優太を奥の部屋に連れて行った。しばらくすると戻って来る。
「それでは、始めましょうか」
私は、ノートと万年筆を持って、叶さんの話を書き留めた。
叶さんは、占いに関する不思議な体験をしたのだそうだ。
叶さんは中学生の頃、マダム・クリスタルという占い師と出会っていた。そして、大学生の頃に再会した。
マダム・クリスタルは叶さんに水晶玉を渡した。叶さんはそれを使って占いをすると、百発百中の占い師として、みるみるうちに人気者になった。
だが、叶さんはその水晶玉を使わなくなった。占いが当たり過ぎるのが怖くなったからだ。
叶さんは、水晶玉を物置に仕舞った。それから、タロットカードや占星術の勉強をした。それから、叶さんは努力の成果、本物の占い師になった。
私はそれを聞き取りながら、まとめていった。
「ありがとうございます、これで小説が書けそうです」
小池さんは、私の方を見た。
「それなら良かったです。それでは、後日原稿を取りに行きますね」
小池さんは、私と叶さんに期日のメモを渡し、足早に去っていった。
小池さんが居なくなってから、叶さんは腕を伸ばした。
「小池さんはいつもそうなの。雑誌を書くのに一生懸命で、いつも慌てているの」
「お付き合いが長いのですか?」
「ええ、星占いの連載の監修をしているのよ」
「そうですか…」
私は、叶さんと共に奥の部屋に入った。そこは叶さんの家になっていて、二階には書斎がある。
優太はそこで本を読んで待っていた。
「優太、遅くなったね」
「大丈夫だよ」
優太は本を元に戻した。占いの本なのだろうか。随分と分厚い。
「叶さん、本面白かったです」
「それなら良かったわ。この部屋、瑠維も好きって言ってたの」
「瑠維?」
「私の姪っ子よ」
私達は一階に降りた。そこはお店ではないが、広い部屋になっている。
すると、インターフォンが鳴った。叶さんが扉を開けると、中から叶さんによく似た男性と、双子の姉妹が居た。三人とも、青い髪に青い目をしている。
「姉さん、仕事終わったみたいだから遊びに来たよ」
「晶、いらっしゃい」
三人は手を洗い、広間の椅子に座った。
「駅前でケーキ買ってきたから、食べよう。お客様の分も用意したよ」
「ありがとう、気が利くのね」
男性はケーキの箱を開けた。そこには、ケーキが六個入っている。
「お茶を淹れてくるわね」
叶さんは、キッチンに向かった。
男性は、私に自己紹介をした。
「挨拶が遅れましたね。僕は藍本晶と申します。それから娘の瑠維と璃羽です。あなたは、闇深太郎先生とその息子さんですね、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
晶さんは私に深々とお辞儀をした。私よりも年上に見えるが、随分と物腰が柔らかい。
「晶は私の弟なの」
「そうなのですね」
双子の姉妹は、髪の長い方が姉の瑠維君、短い方が妹の璃羽君だそうだ。一卵性双生児だそうで、二人はよく似ている。
「息子さんは、何年生ですか?」
瑠維君の方がそう聞いた。すると、優太が答えた。
「僕は優太、小学五年生です」
「そうなんだ、私達は中学一年生だから、二学年下なんだね」
叶さんは、アイスティーとお皿とフォークを持ってきた。私達はケーキを一つ取る。
「せっかくだから、みんなで食べましょ」
「ごちそうになります」
私達はケーキを食べながら、話を始めた。瑠維君と璃羽君は私に興味があるらしく、目を輝かせている。
「作家の方がこちらに来るなんて珍しいですね!」
「ええ、そうだね…」
「闇深太郎先生ですよね!本読んだ事ありますよ!」
「ああ、ありがとう」
璃羽君は色紙とペンを私に差し出した。それにサインを書いて手渡すと、二人は喜んだ。
「ありがとうございます!あの、闇先生の名前って本名なんですか?」
「いや、筆名だよ。本名は渡辺茂っていうんだ。これでも、筆名で呼ばれるのは未だに慣れなくてね…」
私がそう言うと、二人は顔を合わせた。
私はアイスティーを一口飲んだ。急冷式で淹れたアイスティーは冷たく、すっきりとしている。茶葉はアールグレイだろうか、ベルガモットの香りがした。
「紅茶淹れるのお上手なんですね、どなたから教えてもらったのですか?」
「スコットランドに留学していた時にホームステイ先のご夫妻に教えられました。今もこうして時々お茶会をしていますの」
「そうですか、それで叶さん自身のご両親は、ご存命ですか?」
「それが、私達の両親は早くに亡くなってしまって、父の知人の夫婦に育てられたの」
「そうだったのですか…」
叶さんは、フォークを置いた。
「私の両親も病気で亡くなりました」
「そうなの。私達の両親は、病気じゃなくて殺されたの」
叶さんはゆっくりと話始めた。
叶さんによると、姉弟の両親は二人が子供だった頃に亡くなった。当時、二歳だった晶さんはよく覚えていないそうだが、七歳の叶さんはあの日あった事を覚えている。
あの日、藤宮町という町に金の目の男という者が現れた。彼は九百年生きた不死者で、藍本家とは因縁があった。
子供だった二人は、その日、事情を知らされる事なく魔封神社に預けられた。そこで、当時の神主の妻子と共に、両親と神主を待っていた。寝室には御札が大量に貼られ、物々しい雰囲気だったそうだ。
叶さんは、外の様子を見れない状態で一夜を過ごした。幼い弟は眠ってたが、自分は一睡も出来なかった。
その翌日、叶さんは朝早くに外へ出た。そこで、叶さんは変わり果てた両親を見た。二人の身体には金色の羽が突き刺さっていて、既に息絶えていた。
叶さんはその場に立ち尽くした。神主さんの奥さんが呼びに来た時も、しばらく返事が出来なかった。
叶さんは奥さんに連れられ、病院に向かった。そこには、重傷を負った神主さんと、下山陽介さんが居た。下山さんは『金の鎖』という宝具を託された。
その後、神主さんも亡くなり、神主さんの妻と子供、それから叶さんと晶さんは下山さん一家にお世話になる事になった。下山さんの家で、二人は大人になるまで育った。
何故、藍本夫妻は金の目の男に狙われたのだろう。叶さんはある話を始めた。
藍本家は、人間になった青い毛をした猫又の蒼と人間のお玉との間の子の子孫で、『青い毛の血族』と呼ばれている。
蒼は、金の目の男こと白と大陸を渡っていた。日本に辿り着いてからは各地を旅をし、ある村に寄った。
そこで、蒼は人間のお玉に恋をした。永遠の命を捨ててまでも結ばれたいと願った。
それを知った白は怒った。白は蒼と永遠を共に生きようとしていたからだ。白と蒼は決別した。
それから、白は死者の軍勢を率いて、村を襲った。それを未来予知で知った蒼は、庄之助という封魔の力を持つ男に白を封印するように頼んだ。庄之助は、白とはぐれた蒼を大切にしていた。
庄之助は、『封魔の鍵』という呪具を造り、白を退けた。不死者は宝具に封印され、『魔封神社』に鍵と共に奉納された。
ところが、その時の戦いの傷によって庄之助は亡くなった。
その後、再び白は、村を襲った。
白によって、『封魔の鍵』とそれに対応する宝具によって封印されていた不死者が復活してしまった。不死者は、村人を襲っていた。
蒼は、白に立ち向かい、村を守った。だが、共に戦っていた封魔の一族は白に殺され、一族ごと滅んでしまった。
蒼は、『封魔の鍵』で自らを封印し、人間になった。そして、お玉と結ばれ、子供が産まれた。彼らによって村は再興された。
蒼は、人間として年老い、亡くなった。彼の遺体は村人達によってお墓に埋葬され、いつしか猫塚と呼ばれるようになった。
村人達は蒼に感謝していた。ところが、白によって記録が歪められ、猫塚はいつしか祟りがあるとして恐れられるようになった。
だが、『魔封神社』はその影響を受けなかった。封魔の一族に代わり、同じ力を持つ遠縁の一族が、神社と蒼の子孫を守るようになった。
叶さんによると、藍本家は、白や仲間の死者に殺害される影響で、短命だそうだ。白を封印するまでその血を絶やしてはならないと、神社に守られていたらしい。
マダム・クリスタルも白の仲間の不死者で、叶さんも危うく殺されるところだったそうだ。
「それにしても、『封魔の鍵』と神社の話、興味深いですね」
「故郷の藤宮町で本当にあったのよ、気になるなら行ってみたら?」
すると、瑠維君が私の右腕を、璃羽君が私の左腕をそれぞれ掴んだ。
「先生、行きましょう!」
私は二人に連れられ、店を後にした。




