218_歳月を隔て
「ロルフ、だって?」
「こいつ、ロルフ・バックマンじゃないっすか?」
俺が剣を抜いて構えると同時に、近くに居た二人も俺へ剣を向ける。
それから奥にもう一人。
彼も、投げ出していた剣を手に取って構え、こちらへ近づいてきた。
「本人らしいな。名を呼ばれていたが、ティセリウスと知り合いか?」
「俺は以前、第五騎士団に居た。第一と戦線を共にしたことがある」
「ふん。それだけで名を覚えるかね」
言いながら、俺たちは距離を測り合う。
ここは狭い屋内であるため、剣を振れる空間に限りがあった。それを見越し、有利な位置取りをしなければならない。
見たところ、敵たちにもそれは分かっている。こいつらも第一騎士団所属。やはり腕は立つようだ。
「それにしても、さすが大逆犯。気が利かねえな。今、楽しんでたんだぜ?」
言って、奥の男がにたりと笑う。醜悪な男だ。
下半身を剥き出しにしている点からも、それが言える。
そしてティセリウス団長の、あの姿。
状況は概ね理解出来てしまう。
頭に血が上るのを感じる。
「…………」
いけない。ここは戦場だ。
冷静さを失えば負ける。
「何ならお前も楽しんでくか? ん?」
「……そうさせてもらおう。俺はズボンを履いてない男を斬るのが最高に楽しいんだ」
「言うねえ。だが、経験してみりゃあ気が変わるかもしれんぜ?」
戦場には、殺し合いをする場には、こういう者も現れる。
血を浴びるうちに人でなくなってしまったのなら、哀れとも言えるだろう。
だが、自己を保ち、人として戦い続ける者も居るのだ。
それを思えば、許す気にはなれない。
こいつらがどんな道を歩んできたか知らないが、あそこに居るティセリウス団長の方が、よほど厳しい戦いを越えてきたはず。
所詮この手合いは、人であり続けた者を貶めようとすることで、敗れた自分を慰めているに過ぎない。
「ちっ。やべえ相手っすね」
敵の一人が、額に汗を浮かべて言った。
対峙する者の強さを推し量れるあたり、こいつも強い。
だが今回は魔導士も居らず、先ほどに比べればやり易くはある。
恐らく一対三でも俺が勝つだろう。
敵も、勝ち目の薄さには気づいている。
そこに意志を疎通させ、彼らは叫んだ。
「ブロル!」
「おう!」
仲間の声に応じ、ブロルと呼ばれた男が、くるりと振り返った。
そして部屋の奥へ向け、駆け出す。
と同時に、俺はブロルの背後へ肉迫していた。
仲間が彼の名を呼んだ瞬間、すでにそこへ踏み込んでいたのだ。
「えっ!?」
ブロルはそれに気づき、間の抜けた声をあげる。
分かっていた。
彼らのような者たちがこの状況で採る策といえば、人質だ。
丸腰のティセリウス団長に刃を向け、この場を切り抜けようとするだろう。
だから俺は先んじて動いていたのだ。
仲間の二人が焦って一歩を踏み出した時、俺はすでにブロルを斬っていた。
「がっ……?」
くぐもった声をあげ白目を剥くと、ブロルは倒れ伏す。
下半身を晒したまま、見るも惨めな死体となった。
「ぐっ! こいつ!」
いちばん若い男が叫び、剣を振り下ろしてきたが、そこには逡巡があった。
ブロルの死を目の当たりにし、一瞬、距離を取っての仕切り直しを考えたのだろう。
そのうえで攻撃を選んだ結果、やや出足が遅れた。
俺の方が早い。
下から斬り上げる煤の剣で、男の剣をかち上げ、逆に振り下ろしを見舞う。
若い男は肩口をまっすぐ斬られ、うつぶせに倒れた。
ばさ、と音が響く。
若い男が倒れると同時に、もう一人が斬り込んできたのだ。
そして振り向きざまに放つ黒い刃が、彼の喉を掻き斬っていた。
声にならぬ声をあげ、男は倒れる。
これで三人とも掃討された。
一瞬、俺は心にさしたる痛みが無いことに気づく。
命を奪ってこれでは、いずれ俺も愚か者になりかねない。
大きく息を吐き、床の血だまりを目に焼き付けるのであった。
◆
「ロルフ、ありがとう」
「いえ」
「フランシスがキミを頼ったのか?」
「ええ、無事ですよ。今は別の戦闘を指揮しています」
「そうか……」
安堵するティセリウス団長へ、俺は納刀しつつ近づく。
彼女は床へ座り込み、こちらを見上げていた。
両腕で胸を隠している。
その身体には、凄絶な凌侮の跡が見て取れた。
俺は周囲を見まわし、奥にベッドを見つける。
そこへ近づき、薄い毛布を手に取った。
「これで体を拭けますか?」
「拭いてくれるか?」
「拭いて……え?」
「ご所望とあらば、ぐらい言えないのかな?」
優しげな笑みで、そんなことを言うティセリウス団長。
今この状況で、このような表情が出来る。
強さゆえだが、俺としては言葉を継げない。
「あの男たちに対しては揺るがぬ自信を見せていたではないか。私に対しては何故そうしない?」
「あの……」
「ふ、冗談だよ」
言って、毛布を受け取るティセリウス団長。
背を向ける俺へ、彼女は体を拭きながら話しかけた。
「久しぶりだな」
「はい。四年半のご無沙汰でした」
「四年と八か月だ」
長い年月である。
そんな年月を生き延び、そして再会出来た。
このようなかたちだったが、幸運と言うべきだろうか?
「…………」
言うべき、なのだろうな。生きている以上は。
何せ賽の目が少し違っていたら、俺たちは霊峰で戦っていたかもしれない。
ほかにも、様々な可能性があったことだろう。
それを思えば、生きて再会出来たのは幸運であるはず。
「あの時より、さらに体が大きくなったじゃないか」
「お会いした時はまだ十七でしたから。流石にもう、身長は止まりましたが」
「それ以上大きくなられてもな。背伸びしても唇が届かぬでは、女の方が不便するというもの」
「はあ」
背後でくすくすと笑うティセリウス団長。
そう。結構よく笑う人だった。
「拭き終わった。良いぞ」
「何か着るものを」
とは言ってみたが、服など見当たらない。
気絶しているあの女から剥ぎ取っていては同類になってしまうしな。
「ひとまず俺の外套を」
「大きすぎるだろう。裾を引き摺っては歩くのも儘ならん。そこのシーツを取ってくれ」
そう言われ、俺はさっきのベッドから白いシーツを剥ぎ、ティセリウス団長に渡した。
彼女は立ち上がると、それを体に巻き付け始める。
また背を向けようとする俺だが、彼女から要求があった。
「手伝ってくれ」
「手伝う、と言われましても……」
「こっちを持ってくれないか」
「あ、はい」
俺にシーツの端を持たせ、回りながらそれをくるくると身体に巻き付けていくティセリウス団長。
妙に楽しげであった。
一方で、身体中にある傷がどうしても目に入る。
まだ癒えていない傷は見るからに深手で、かつ生々しい。
神器による先の襲撃が、どれほど苛烈なものであったかが分かる。
そして古傷の数々。
胸を一文字に走る傷は、特に目立っていた。
やはりこの人は、真に厳しい戦いを乗り越えてきたのだ。
「うむ、良い按配だ」
俺の感嘆をよそに巻き終わり、満足そうに頷くティセリウス団長。
両肩と腕を出し、胸元から下をシーツで覆っていた。長い手足が白いシーツに映える。
「すまないな。傷だらけの身体を見せてしまって」
「そんなことは……あ、そうだ」
俺は、外套とシャツの前を開き、胸をはだけた。
そこには、胸を一文字に走る傷がある。
「胸の傷、俺のこれと一緒です。実は気に入ってまして……ティセリウス団長のも洒脱ですよ」
「ロルフよ」
「はい」
「女についてもう少し学んだ方が良い。傷を褒められて喜ぶ女など居ないぞ」
「す、すみません」
それはそうである。
俺は恥じ入り、シャツを閉じようとした。
「待て」
「え?」
彼女は俺を制止する。
そして間近まで歩み寄ると、胸元へ顔を寄せた。
真剣な表情を浮かべている。
「あの……?」
俺の傷へ指を這わせるティセリウス団長。
傷痕を、ゆっくりと指先がなぞっていく。
何かを確かめるように、彼女は無言で俺の傷に触れていた。
「ティセリウス団長?」
「………………」
ほう、と吐息が俺の胸へかかる。
それはやけに熱かった。
「………………」
「………………」
ややあって、彼女は俺の胸元から指を離す。
そして再び笑顔を見せて言った。
「……そうだな。傷はカッコいいかもしれん。お揃いだな」
「は、はい」
「それ、エルベルデ河の戦いで負った傷だろう?」
「ええ、そうです」
リーゼと戦って斬られたのだ。
そういえば、この傷をリーゼに見せて怒られたことがあったな。
俺はやはり、もっと学びを得ないと駄目だ。
「ふふ……。よし、行こう」
ティセリウス団長は、ブロルの傍らに転がる剣を拾い上げた。
戦うつもりなのだ。
「動けますか?」
こうして普通に話せてはいるが、剣を振れる身体でないことは察せられた。
その手に剣さえあれば戦えると思いたいが、やはり彼女の負傷は見るからに深い。
「動けるとも。ああ、そうだ。言っておくけど犯されてないよ。そこは重要じゃないけど、キミが気にするといけないから」
「え、は、はい」
腕をぐるりと回し、彼女は快調をアピールする。
声は明るい。
しかし戦うのは厳しいはずだ。
「ティセリウス団長。まず脱出を」
「駄目だ。キミにも分かるだろう?」
ティセリウス団長がこの村にいることは、敵にも知れている。
敵に気づかれぬまま彼女が逃げれば、今度は村人が危険に晒されるだろう。
ティセリウス団長を捜し出すため、敵は民たちに害を為しかねない。
それこそ、火をかけて彼女を炙り出そうとする可能性もある。
このスアビニ村を放ってはおけない。
対処するには、ティセリウス団長を逃がした後、俺が外で戦っている連合軍と合流し、改めて村から敵を排除するという方策が考えられる。
だがその場合、時間がかかり過ぎるのだ。
ティセリウス団長としては、許容出来ないところだろう。
俺が彼女の立場だったとしても、同じように考えるはず。
しかし、そうとは言っても現実的に、彼女は戦える状態にない。
出口に向かって歩き出そうとしたティセリウス団長は、ぐらりとよろめき、膝をついてしまった。
「大丈夫ですか?」
俺が助け起こすまでもなく、彼女はすぐに立ち上がる。
だが、明らかに顔色が悪い。
「やれやれ。我ながら情けないことだ」
「そんなことはありません。せめて俺がもう少し早く来ていれば……」
野営地での襲撃はともかく、今日ここで彼女に起きたことは、俺が早く来ていれば防げたはずだ。
そこばかりは心底悔しく、臍を噛む思いである。
「いや違う。ロルフは遅れずに来てくれたよ」
「…………」
優しく穏やかな笑顔で、彼女はそう言った。
俺の目をまっすぐ捕らえているその視線は、柔らかいのに、しかし強い。
「キミは来てくれた。ちゃんと来てくれたんだ。時間どおりにな」
「…………」
「さあ、行こう」
不思議なことに、完調には遠くとも、彼女は幾ばくか回復していた。
俺がここへ踏み込んだ瞬間に比べ、体力が戻っているように見える。
歩き出す彼女に、俺は黙って続くしか無かった。
◆
先ほどの家を出て、周囲を気にかけながら歩く俺たち。
任務の達成条件は更新された。
敵軍の撃退。つまり敵将の打倒である。
「む……」
その思いが通じたという訳でもないだろうが、程なくして敵の一団と遭遇した。
村の広場に差しかかったところで、前方から数名の敵がやってきたのだ。
彼らは、ティセリウス団長の姿を見て色めきたった。
「ティセリウス! 居たな!」
「そっちのは何者だ?」
「貴方、ロルフ・バックマンでしょう」
俺を言い当てた台詞は、先頭に居る若い男のものである。
襟元に金の縁をあしらった立派な法衣と、同じく金の鎖で首から提げられた護符。
いずれも、メルクロフ学術院で戦った司祭ヴィルマルと同じものであった。
「そうだ。あんたは司祭セルベルだな」
「ええ、そうですよ」
敵の頭目である。
周りには彼の部下たち。
頭目を守る任に就けられた連中である。いずれも強者に違いない。
「ブロル殿らが戻ってこないので確認に来たのですが」
司祭が気にかけるあたり、ブロルは末端の兵ではなかったようだ。
強さには信を置かれているのだろう。
いや、置かれていた、か。
ティセリウス団長が、それを司祭セルベルに伝える。
「奴らは死んだぞ」
「そのようですね」
怒りも悲しみも見せないセルベル。
強さにのみ信を置いたところで、利用の対象でしかないのだ。
「司祭セルベル。あんたたちのボスは聖者か?」
「……? 何の話ですか?」
彼の顔に嘘は見えない。
そうとは思っていたが、やはり聖者ではないようだ。
だが、では誰がティセリウス団長の暗殺を企んだのか。
教会にせよ騎士団にせよ、彼女を排除しても得はしないのだ。
一部の反動勢力が軽挙に及んだとしても、ではなぜ、神器など持ち出せている?
首謀者の正体がまったく見えない。
「誰が居るんだ。あんたたちの背後に」
「さる御方ですよ」
話は終わりだとばかりに、セルベルが杖を掲げる。
こちらも剣を抜いているが、まだ遠いうえ、奴の周囲を守る敵らに隙が無く、斬り込めない。
「『火球』!」
高位の魔導士であろう司祭セルベルが放ったのは、基本魔法であった。
しかし、火球の大きさも、輝きも、普通のレベルではない。
そしてもう一点普通ではないことに、その火球は直上へ向けて放たれたのだ。
大きく空へ上っていき、火球はやがて消えた。
「ロルフ。今のは狼煙だ」
「そうでしょうね」
すぐに、周囲から蹄の音が聞こえてきた。
音はどんどん重なり、増えていく。
その数は数十である。
「終わりにしましょう」
勝ち誇った笑顔を向けるでもなく、セルベルは淡々と言った。
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