215_平穏を破る剣戟
俺は、スアビニ村の西側へ大きく回り込んだ。
村には数十人の敵が来ているのだ。彼らと同じ正面から乗り込むことも出来ない。
いずれ戦いは免れないだろうが、可能な限り各個撃破を図るため、別方向から行きたいところだ。
「ずいぶんしっかりと柵を設えているな」
普通の農村だが、大きな麦畑がある分、かなり広い部類に入る。
その広い村を、ぐるりと木柵が囲っていた。
最近では戦火の広がりを見て、防衛策をとる村が少なくないのだ。
戦いの当事者として、名状し難い思いを抱かされる。
もっとも、そういう気概ある民だからこそ、ティセリウス団長を匿っているのかもしれない。
もちろん地元ゆえの信望あってのことだろうが。
「ティセリウス団長か……」
戦いを生業とする者で、エステル・ティセリウスを意識せぬ者は居ない。
当然俺も、折に触れ彼女のことを考える。
だから何となく彼女を近くに感じもするが、実際はエルベルデ河以来、約四年半のあいだ会っていない。
あの時の俺は、まだ十七歳。
彼女から見れば、青さの取れぬ子供だったことだろう。
今なら違うだろうか?
「………………」
ティセリウス団長は、この戦争を象徴する存在の一人である。
そんな彼女を連合に引き込むことは、戦略上極めて重要だ。
同じ象徴たるクロンヘイムを倒した時も戦局が動いたが、今回はそれ以上と言える。
だが……。
そういった、軍を預かる者としての打算以外にも、俺には想いがある。
────讃うべき行動だ
────この戦場でのキミの行動のすべてに敬意を表する
彼女は優しかった。
俺は、彼女が裏切りに遭って死ぬことを許容出来ない。
「この辺りから入ろう」
とにかく行動だ。
村の正面から大きく離れた西側面で、俺は馬から下りた。
そして木柵へ向け、剣を振り下ろす。
ばきりと音がして、木柵は砕け散った。
剣で壊せてしまう柵もどうかと思うが、仕方が無いだろう。
煤の剣は硬度と重量が普通ではないのだから。
「さあ、行くぞ……」
かくして俺は、スアビニ村へ入り込んだ。
◆
周囲に目を配りながら、慎重に歩く。
人影は無い。
村人たちは屋内へ逃げ込んでいるようだ。賢明だろう。
あの追手たちは手段を選ばないから。
いや、そもそもここの村人たちにとって、まず何より敵は俺である。
この平穏な村は、敵勢力と味方の反動勢力の争いに巻き込まれているのだ。
「む……」
行く先に人影が見えた。
建物の陰に身を隠し、そちらを確認する。
敵だ。数は三人。
「セルベル司祭より、物置小屋が併設された木造りの家屋をあたるよう指示が出ています」
「ティセリウスはそこに居るんだな?」
一人は法衣を着ており、ほかの二人は鎧を身に着けていた。
やはり敵は、教会と騎士団の混成だ。
そして法衣の男が言った"セルベル司祭"が、彼らの頭目だろう。
そういえば、メルクロフ学術院で実動部隊を指揮していたヴィルマルも司祭だった。
聖職者たちが、ずいぶんと戦いたがるものだ。
彼らの会話を聞く限り、ティセリウス団長は、物置小屋が併設された木造りの家屋に居るらしい。
しかし、あまり有用な情報とは言えない。
この村では殆どの家屋が木造りだし、物置小屋も少なくないのだから。
もう少し情報を得たいところである。
だが、これ以上の盗み聞きは難しい。反対側からも敵が近づいてきたのだ。
こちらは騎士の二人組である。
俺は建物の陰に居るが、反対側の二人からは丸見えだ。
しかし彼らからの死角へ移動すれば、今度は前方の三人に見つかってしまう。
難しい状況であった。前後から、敵たちはすぐそこまで来ている。
もう数秒後には捕捉されるだろう。俺は全速で思考を巡らせる。
「貴様! 村の者ではないな!」
が、どうにもならなかった。
大抵の場合、危機を覆す至高の一手など存在しない。危機は危機としてそのまま到来するのだ。
その事実にどこか示唆を感じながら、俺は建物の陰から出た。
「何者だ? ここで何をしている!」
軍装を帯びた俺を前に、警戒感を露わにする敵たち。
敵は五人。騎士が四人に、あの法衣の男も戦闘用の杖を持っている。
その男が俺を問い質した。
「何故ここに居るのかは知りませんが、貴方は大逆の愚者、ロルフ・バックマンではありませんか?」
多くは単に大逆犯と言うところだが、彼は表現を工夫してきた。
台詞の修辞に拘るタイプであるようだ。別に褒める気にはならないが。
それにしても、毎度、名乗らなくて済むのも便利なものである。
デカくて特徴的な風貌にも利点はあるらしい。
「ここに居る理由は見当がつく。貴様、エステル・ティセリウスの援護に来たのだろう!」
「あの裏切り者、連合と通じてすらいたとはな」
額に青筋を浮かべる騎士たち。俺にはよく向けられる、神敵への怒りだ。
これがティセリウス団長にも向けられることになるとは。
しかし俺としては、抗弁せずにいられない。
「それは違う。彼女が不当に排斥されたことを聞き、こちらから介入に来たんだ。彼女は連合と通じてなどいない」
「戯言を!」
この連中にどう思われようと、ティセリウス団長は意に介さないだろう。
そして事実、一部の者たちから見て、彼女の振る舞いは裏切り者のそれだったのかもしれない。
だが、責ある身で敵と内通するような彼女ではないのだ。
この連中には、そんなことも分からないらしい。
「むしろ、第一騎士団に居ながら反動勢力と内通していたのはお前らだろう」
ティセリウス団長に信を置けないと判断した、一部の高官や教会の者たち。
そいつらの意を受け、この連中は第一騎士団へ入り込んでいたのだ。
前後の状況を鑑みる限りそれは明らかで、こいつらこそ内通者と言える。
騙し騙されは乱世の常なのだろうが、同じ旗を仰ぐ人の寝首を掻くために、ずいぶんと周到なことである。
こちらとしては、嫌悪感を抱いてしまうのも無理からぬもの。こんな連中が、何を偉そうに彼女へ舌鋒を向けるのか。
「言ってくれる! ならば剣に正邪を問うのみ!」
騎士たちが剣を抜く。
俺も抜剣し、即座に踏み込んだ。
狙うは法衣の男だ。
「させん!」
彼の横に居た騎士が、素早く法衣の男を背に隠す。
そして中段突きを放ってきた。
「っ!」
俺が踏み込む軌道へ切っ先を設置するそれは、速くて巧みな突きであった。
俺は横へ跳んで回避しようとするが、そちらからは別の騎士が斬り込んできている。
横へも躱せないと悟った俺は、身を低くして後転する。
そして素早く立ち上がり、剣を構えた。
だが、ここで一息つくことは出来ない。
反対側の騎士たちが既に距離を詰めていたのだ。
そのうちの一人が、鋭い剣閃を下段へ入れてきた。
これも躱せない。
俺は煤の剣を下段へ振り抜き、騎士の剣を払いのける。
次の瞬間、別の騎士が、背後から襲いかかってきた。
踏み込みも、そして剣速も一級品である。
だが、ギリギリ予測出来ていた。
俺は横へ大きく跳び、騎士たちから距離を取る。
しかし、この時すでに、法衣の男が魔力を練り上げていた。
「『火球』!!」
魔法の火球が、俺を目がけて飛来する。
俺はすかさず煤の剣を真一文字に振り抜いた。
火球は斬り裂かれ、どしゅ、という蒸発音と共に消え去る。
「…………」
ここでようやく間合いを取り直し、俺は呼吸を整える。
敵たちも、じりじりと距離を測っていた。
強い。当然だ。
第一騎士団に所属したのは事実なのだから。
ティセリウス団長の排除を主導した者たちも、実力無き者たちを第一へ送り込むはずが無い。
また、あの法衣の男も戦闘に慣れている。
済生軍の中級指揮官クラスと同等か、それ以上だろう。
戦いが進むにつれ、現れる敵たちはどんどん強力になっていく。
この先、王都に近づくほど、より強い敵たちが出てくるだろう。
先般ヘンセンの市場で出会ったあの恐るべき男とも、きっと戦うことになる。
後れをとる訳にはいかない。
俺は覚悟を新たに、大きなスタンスで上段の構えを取った。
振り上げた剣を握りしめる。
握る力は強くも弱くもない。剣を振り抜くのに最適の強さで柄を握る。
そして、騎士の一人を正面に捉えた。
ふ、と息を吐き、その一息で肺を空にする。
次の瞬間、踏み込みながら剣を振り下ろした。
数メートルの距離は一瞬でゼロになり、煤の剣は目の前に居る騎士の肩口を捉える。
鎖骨と心臓を両断され、騎士は倒れた。
近くに居た別の騎士は、おのれ大逆犯と叫んで剣を振り上げたりはせず、すぐさま中段の剣で薙ぎにくる。
俺は黒い切っ先を真っすぐ下へ向け、剣を縦に構えた。
そして横薙ぎの剣を十字に受け止め、体を反転させながら反対方向へ振り抜く。
俺の背後で剣を振り下ろそうとしていた騎士は、腹を斬り裂かれ、吐血しながら崩れ落ちた。
「く……!」
二人倒れ、残った騎士たちの顔にいよいよ焦りが浮かぶ。
だが、法衣の男はなお冷静であった。
「『水蛇』 !!」
彼は、味方の動きに合わせて適切に魔法を行使してくる。
充填と投入のタイミングに粗が無かった。
果たして、俺の最も嫌なタイミングで、巨木をも両断する水の鞭が襲いかかる。
鞭は同時に二本が発現していた。
煤の剣で斬れば消し去れるが、剣の振り終わりを狙って、騎士が突きのモーションに入っている。
よって俺は、回避を選択した。
足元へ来た鞭を跳んで避け、空中で体を捻り、もう一本の鞭を避ける。
そのまま体を一回転させ片膝立ちの体勢で着地し、下段に構えた剣を上へ振り抜いた。
その剣が、突きに来ていた騎士を捉える。
騎士は正中を腹から胸へ斬られ、仰向けに倒れて絶命した。
残り一人の騎士は、法衣の男から離れた場所に居る。
ここだ。
ここで魔導士を潰す。
俺は膝に溜めを作り、踏み込んだ。
次の瞬間、法衣の男へ一気に接近する。
だが、この男はやはり強者であった。
すでに魔力を整え、杖を掲げている。
「『灼槍』!!」
すぐ目の前、二メートルの距離で炎の槍が現出し、俺へ発射された。
躱しようの無い距離。
だが、魔法の槍が二メートルを貫くより早く、俺は剣を振る。
炎の槍は目の前で蒸発した。
すかさず、もう一歩を踏み込みながら法衣の男を斬る。
彼は目を見開き、両膝をつき、そして倒れた。
「なんという……!」
最後に一人残った騎士が、噛みしめた歯を軋ませながら言った。
だが退こうとはせず、正眼に剣を構える。
呼応するように俺も正眼を取った。
「…………」
「…………」
向かい合う俺たち。沈黙が場を支配した。
相手の構えには隙が無く、こういう時、不思議と俺は会話がしたくなる。
「……さっきセルベル司祭と言っていたが、そいつが頭目か?」
「ああ。この村に来ている」
騎士は、あっさりと答えた。
その司祭への忠誠が無いのか、ここで俺を殺すと決めているからか。
答えてくれるというなら、もう一つ訊いておきたい。
「神器を持ち出したそうだな。それを使うのも、その司祭か」
「そうだ。瑞弓カレドホルム。あれは神威だよ、まさにな」
その神器は、光の雨を降らせるという。
彼らにしてみれば、そこに神の威光を感じるのかもしれない。
「…………」
「…………」
また沈黙。
互いに情や興味は無く、話題が続く道理も無かった。
代わりに俺たちは少しずつ前進し、ベストの距離を作ろうとする。
それから十数秒を経て、どちらともなく斬りかかった。
剣閃が交錯する。
そしてすれ違ったあと、騎士は崩れ落ちた。
ざくりと割れた胸から血が溢れ、地面を赤く染める。
「つ……」
勝ったのは俺だが、こちらも血を零していた。
上腕を僅かに斬られている。
騎士の剣は俺に届かなかったが、刃に纏われた魔力が腕を掠めていったのだ。
やはり簡単な相手ではなかった。
首を一つ振って納刀し、あたりを見まわす。
ほかに敵の姿は見えないが、村人たちも居ない。
だが、家々の中から、その扉の隙間から、こちらを窺ってはいるだろう。
俺の姿も、危険な侵略者のそれに見えているはずだ。
早く事を終わらせ、平穏を取り戻さなければ。
物置小屋が併設された木造りの家屋。法衣の男はそう言っていた。
該当する家はかなり多いが、とにかく捜すしかない。
もう潜みながら移動する時間も惜しい。
そう考え、俺は駆け出していった。
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