表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
煤まみれの騎士  作者: 美浜ヨシヒコ
第六部
213/215

213_遭遇戦3

「ふぅ……」


 兵たちが目を丸くしている。

 何とかなってくれて良かった。

 あれが着弾していれば、周囲の兵が尽く焼かれていただろう。


「当たり前のように雷を斬りますな」


「いや、ギリギリでしたよ」


 瞬時に閃くそれは、かの『赫雷』(イグニートスタブ)を思わせる代物であった。

 指向性を伴うという点でも似通っている。

 雷撃が発生する直前、一瞬輝く魔力光が無ければ、俺も反応出来なかったかもしれない。


「…………」


 飛来したのはエミリーの魔法剣と見て、まず間違いない。

 彼女も研鑽を重ねているということだ。

 それも、並みの研鑽ではないことがよく分かる。


 もっとも、それを賞賛されたところで、彼女は喜ばないだろう。

 戦う力を求めてなどいないのだから。


「ロルフ殿。敵たちは困惑しているはず。ここで攻勢に転じる手もありますが」


 ベルマンが言った。

 確かに、今なら敵を大きく叩けるかもしれない。

 削れる時に削るのが定石というものである。


 ただ、こちらのリソースは圧倒的に少ない。

 仮に敵を削れても、こちらも兵を損なえば、防衛ラインを維持出来なくなる。

 むしろ敵の出足が鈍るこのタイミングで、回復を図りたいところだ。


「こちらは負傷者を下げ、陣形を整頓しましょう」


「巣籠り続行ですな。では防衛線堅持のうえ時間をかけていく方針で」


 にやりと笑うベルマン。

 その台詞から、俺の考えを正しく理解してくれていると分かる。

 知恵ある人との会話は、何とも心地の良いものだ。


 しかし、まだ外に数倍の敵が居るという状況は、もちろん心地良くなどない。

 とにかく、意地悪く立て籠って敵戦力を削るのだ。

 向こうの損害が許容範囲外へ差しかかる時も、決して遠くはないはず。


 気合を入れ直し、俺は次の指示を出そうとする。

 だが、ここでまたも事態が動いた。


「ロルフさん!」


 頭上から声がかかる。

 高い岩場へ上り、偵察を行っていた兵からであった。

 彼は南を指さしている。

 南の防御口で何か……いや。


 俺はベルマンと顔を見合わせる。

 彼も何かに思い至ったらしく、口を引き結んでいた。

 俺は振り向き、岩場へ上っていく。

 そして上に居た兵と並び、南へ目を向けた。


「……来たか」


 南の低地を大きく見渡した先、(くだん)のスアビニ村がある。

 その入口に数十騎。

 騎士のほか、遠いが恐らく教会所属と思われる兵たちも居る。


 追手だ。

 ティセリウス団長を捜す者たちが、ここまで来たのである。

 しかし、どうやら追手たちはスアビニ村に入れていない。

 村の入口で何やら揉めているようだ。

 村人たちが、彼らを拒んでいるように見える。


「………………」


 それはつまり、あまり良い状況ではない。

 騎士や教会関係者に対し、村の民が門扉を閉ざすようなことは、通常考えられないのだ。

 つまり村人たちは、あの追手を村に入れたくないということである。


 どうやら、村人は必死に何かを言い募っているように見える。

 出直すよう懇願しているのか、ここに尋ね人など居ないと言っているのか。

 いずれにせよ、追手が引き下がるはずも無い。


 騎士の一人が、ついに村人を殴りつけた。

 遠くてよく見えないが、腕には手甲を纏っていることだろう。

 そんなもので殴られれば、ひとたまりも無い。

 村人は血を噴きながら倒れ、そして慄くほかの村人らに構うことなく、追手たちは村へ入っていく。


「……あっちの件は分かった。引き続き、この戦域を偵察してくれ」


「はっ!」


 兵に伝え、俺は岩場から下りる。

 そしてベルマンに駆け寄った。


「追手が来ました。そして、ティセリウス団長はあの村に居ます」


「やはり……」


 苦虫を噛み潰したような顔を見せるベルマン。

 ここから採れる策は、そう多くない。

 いや、策は一つだ。

 俺はそれを口にした。


「ベルマン殿。ここの指揮をお任せしたい」


「ロルフ殿」


「はい」


 俺は背筋を伸ばし、正対する。

 彼も同様にそうしていた。

 年輪と深みを感じさせる瞳が、俺をまっすぐ捉えている。


「お嬢様をお頼み申す」


 ◆


 南側の防御口。

 騎乗した俺は一気に飛び出した。

 だが敵たちに大きな驚きは無く、剣を俺へ向けてくる。


「また出て来たぞ!」


「何度もやらせるか!」


 先ほどベルマンにやられ、警戒を新たにしていたらしい。

 敵たちは素早く展開し、俺の行く手を塞ごうとする。

 そのうちの何人かが、俺の姿を見定めて叫んだ。


「お、おい! 黒衣の大男だ! 黒髪に黒目だぞ!」


「こいつ、まさか!」


 俺を初めて見た反応である。

 彼らは、俺の在籍時には騎士団に居なかった団員なのだろう。


 そしてたまたま遭遇した敵軍の中に、俺が居るとは思っていなかったようだ。

 一応、彼らにとっては倒せば大功となる俺である。

 しかし敵たちの瞳には、功への色気より怒りこそが満ちていた。

 背信の徒に対する"義憤"は、衰えることなく健在である。


「貴様! ロルフ・バックマンか!? 答えろ!」


 怒りに叫びながらも、戦場にあって行儀良く誰何(すいか)する。

 俺は返答せず、代わりに馬を全速で走らせて突っ込んだ。


「くそ! 止まれ!」


「我が団の面汚しめ!」


 そう言って斬りかかってくる騎士たち。

 俺が第五に居たことは知っているらしい。


 第五騎士団は、貴族の子女が多く在籍する騎士団。

 少し前までは、戦場から遠ざかっていた組織である。

 この連中も、戦火の拡大が無ければ、騎士団でただ箔を付け、戦地へは行かずに済んだかもしれない。

 だがこういう世界、こういう時代である。


「ぎゃあっ!?」


 馬を走らせながら剣を振り立て、敵たちを斬り伏せる。

 実のところ、地に足をつけるのが好きな俺は、馬上での戦闘がやや不得意であった。

 先ほどのベルマンのように、華麗にはいかない。

 だからここは、暴威をぶつけて押し通る。敵の隊列へ飛び込み、蹴散らして道を開けさせるのだ。


「おのれ加護なし!」


 そんな俺の戦いに不遜を感じ取ったのかもしれない。

 叫ぶ声は苛立ちに震えていた。

 叫んだのは、味方を指揮していた騎士だ。中隊長だろう。

 彼の顔には見覚えがある。確か、そう。俺を追放する審問会に居たはずだ。


「何も為せなかった貴様が!」


 再会を喜ぶ雰囲気ではない。互いに剣を持っているのだから当然だ。

 俺はすれ違いざま、その剣を振り抜いた。


「がっ!?」


 裂かれた喉から血を零しながら、彼は膝をつく。

 中隊長がやられ、騎士たちは色を失った。

 その隙を突き、俺は馬を加速させる。


「ば、馬鹿が! ここを抜けてどうにかなると思っているのか!」


 敵の一人が叫ぶ。

 俺がここを通り、東に展開する彼らの本隊を突くと思っているのだ。

 だが俺は、馬を右へ向けた。

 そして通れる箇所を見定め、南側への斜面に飛び込む。


「えっ!?」


「ま、待て!」


 敵たちの驚く声を背に、高台から駆け下りていく。

 視線の先に俺は、しっかりとスアビニ村を捉えていた。


 ◆


 誰しも、古い記憶はあやふやなもの。

 現実には無かったことを、本当の記憶だと思い込むこともしばしばである。


 エステル・ティセリウスにとっても、それは同様であった。

 いや、同様であって欲しいと、本人はそう願っていた。

 この記憶が、夢か空想であって欲しいと。


 それは何度も思い返した記憶。

 幾たび思い出しても、寸分(たが)わぬ記憶。

 空想などではないことを、痛いほどの現実感と共に伝えてくる、記憶の中のその光景。


 暗い地の底。

 目の前のそれを、彼女は最初、ただの壁だと思った。

 次に、山だと思った。

 そして地の底になぜ山が、と思った。


 人としての本能が、目の前のそれを認識しようとしない。

 その存在を知ることに、恐れを抱いている。

 そこに在るそれは、きっと(ことわり)の外にあるものだから。


 エステルは凍ったように立ち尽くす。

 震えるでも呆けるでもなかった。それらをすら選択出来ないのだ。


 目の前の巨塊。

 巨塊という言葉で括るにも大きすぎるそれは…………脈動していた。

 生きていた。


「………………」


 永劫にも思える沈黙のすえ、エステルは唇を動かした。

 その隙間から声が零れる。


「竜…………?」


書籍版『煤まみれの騎士』第8巻が、2026年5月17日に発売になります。

今回も大幅加筆でお送りします。

どうぞよろしく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

書籍版『煤まみれの騎士』 最新第7巻 発売中!!
今回も大幅加筆修正でお届けしています!
どうぞよろしく!

7巻カバー


― 新着の感想 ―
これはティセリウス団長生存ルートか…? ロルフを差別しなかった最初の人だし嬉しいけど、そうなると姫様死亡確定するし、最悪両方死ぬとかもあり得るからそれよりはマシだけど、この章どんな気持ちで読み進めれば…
第5騎士団のモブを一蹴してくれて正直スカッとしたw 未だに従卒時代のロルフのイメージからアップデート出来てないし救いようがない奴等
ロルフの不在が第五にバレて、エメリーの雷撃をどう防ぐのかな。 竜の登場、威力の発揮に期待したい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ