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煤まみれの騎士  作者: 美浜ヨシヒコ
第六部
212/213

212_遭遇戦2

 兵たちは皆、素早く配置につき、整然と敵の接近を待っている。

 この圧倒的な兵力差に絶望して膝をつく者は居ない。

 逆に激発し、攻撃を早まる者も一人として居ない。

 こういう時、少数精鋭という構成が活きるのだ。


 しかし相手の場合は違った。向こうは大軍である。

 指示どおりに動かぬ者が百人に一人だけ居たとしても、二十人からのボーンヘッドが発生してしまう。

 そいつらが、我先にと突入路へ殺到してきた。


「迎え撃て!」


 俺の号令に合わせ、兵たちが防戦を開始する。

 突き出す槍が馬を、そして馬上の騎士たちを捉えた。

 独断で突出した敵たちは、次々に撃退されていく。


「見事。完璧なタイミングですな。兵たちの練度も良い」


 王国最強たる第一騎士団の副団長に、兵の練度を褒められるとは光栄な話だ。

 だが、戦場で喜んでもいられない。

 すぐに次の攻撃が来るだろう。

 ここからが本番だ。


「三箇所、時間差をつけてくるぞ! 迎撃しつつ障壁展開!」


 障壁は特にタイミングを誤れない。

 敵の遠距離攻撃に合わせてしっかりと張っていく。

 逆に言うと、タイミングさえ間違えなければ防げる状況だ。

 北側には山肌が隣接し、かつ幾つもの大きな岩が戦域を限定しているこの環境。

 魔法や矢を通すにも射線が限られている。

 その射線を見極め、確実に遮れば、こちらの被害は最小化出来る。


 果たして、予想どおりの場所へ矢と魔法が飛来する。

 それを物理障壁と魔法障壁で確実に防いでいく。


「大丈夫だ、防げている! 焦るなよ!」


 戦域の狭さが奏功し、敵は一度に大きな戦力を投入出来ずにいた。

 上手くいっている。

 十対百を乗り切る戦術はそう無いが、十対十を十度凌ぐ戦術は無くもない。


「次、来たぞ! 左からだ! 第一陣は弓を斉射後、すぐに下がれ! 第二陣前へ!」


 一陣、二陣、三陣を入れ替えながら継戦能力を維持し、隙を見せない。

 後方に予備兵力を配置し、三箇所へ流動的に供給する。

 兵たち全員に高い連携能力が必要になる、難しいやり方だ。

 だが氏族を、そして種族を跨った混成軍である俺たちは、連携の訓練を徹底してきた。

 それが実を結んでいる。


「ロルフさん! 三箇所とも第四陣まで撃退しました!」


「よし! 負傷者を下げろ! 予備兵力で埋め直せ!」


 ここまでは想定どおりであった。

 この兵力差でも勝機はある。いや、勝つと言うと少し違うが、敵を退けることは可能だ。


 今、向こうには事情があるのだ。

 つまり、これから大きな戦いに赴くという事情である。

 第五騎士団は、ダオハン族と戦う前に、ここでダメージを負ってはいられない。


 俺たちには、敵を殲滅する必要も無ければ、敵将を討つ必要も無い。

 敵を削れば良いのだ。

 当然ながら第五もプランがあって出兵している。意図せぬ遭遇戦で兵を失うことは出来ない。


 第五がどこまで兵の損耗を許容し、仕掛けてくるかだ。

 俺の感覚では二割が限度だが、上振れを考慮して三割といったところか。

 敵の総数を二千とした場合、六百を削れば良いことになる。

 それでも相当に厳しいが、上手く戦場を設定できたこの状況なら、不可能ではないだろう。


 むろん、ダオハン族の援護に向かっているリーゼたちの為に、敵戦力を大きく削ろうなどと考えてはならない。

 こちらにそんな余裕は無いのだ。

 後の戦いはリーゼを信じて任せるのみ。今は敵を削り、撃退することを考えるのみである。


 ◆


 戦闘開始から二時間が経過した。

 兵たちは士気を損なわず頑張っており、まだ三箇所の防御口すべてを守り切れている。


 いちばん嫌な展開は、北側の山に敵が上り、そちらから攻められるパターンだった。

 戦史には、崖を駆け下りて敵軍を突いたケースもある。

 ここの山肌は崖というほどの急斜面でもないし、下りるのは可能だったはずだ。

 攻める側も犠牲を織り込まねばならないやり方だが、損耗が二割を超えることは無かっただろう。


 しかし敵はそれを選ばなかった。

 こちらにとって幸運である。

 気づかなかったのか、エミリーが犠牲を嫌ったのか……。


 と言って、万事が上手くいくものではない。厳しい戦場であることに変わりは無いのだ。

 いま、別の部分に若干の不都合が見え始めていた。


「ロルフ殿。東側に負荷が偏り過ぎていますな」


「ええ、確かに」


 防御口は、東側二箇所に、南側一箇所。

 うち東側の負担が大きい。

 敵の戦力が東側に寄っているのだ。

 こちらの隊列を組み直す時間が無くなってきている。

 このまま東の防御口を穿たれる展開は、絶対に避けたい。


「南側に吸い上げる手ですかな?」


 そう。

 採り得る選択肢のうち最も妥当なのが、南側に敵を持ってくることだろう。

 しかし気になることに、ベルマンは馬へ飛び乗りながらそれを言った。


「ベルマン副団長」


「副団長ではありませんぞ」


 自分はもう騎士団の者ではない、と彼は言っている。

 そしてこれから、王国騎士団を相手に剣を振り上げようとしているのだ。


「その判断に感謝します。かつての同胞との戦いを願うのは、申し訳ないのですが」


 連合軍の宿命だが、王国から離反した者には、自らの祖国と戦ってもらわねばならない。

 このベルマンに至っては、つい先ごろまで騎士団にあって剣を取っていたのだ。


「ロルフ殿」


「はい」


「自ら為したことを人に求め得ぬのは、傲慢な自己完結というもの。違いますかな?」


「む……」


 そのとおりである。

 かつて俺も、同じ選択をしたのだ。

 なのに、それを人に選ばせようとする時、引け目を感じてしまう。

 誰もが自分の意志で選択したにもかかわらず、である。

 自分以外を見下すに等しい考え方だ。


「まだまだ修めねばなりませんな」


 形の良い口髭の下に歯を見せ、老紳士はにやりと笑った。

 そして馬を走らせる。


「失礼! 通して頂こう!」


 南側の防御口から、彼は踊り出た。

 そして蹄の音も軽やかに、敵の一団へ突っ込んでいく。

 俺も南側へ近づき、彼の姿を目で追った。


「向こうから出てきたぞ!」


 敵たちが叫び、矢を(つが)えて放つ。

 だが、突然の逆撃を想定出来ていなかったらしく、射ることが出来たのは五名ほどだ。

 そして五本ばかりの矢では、ベルマンを捉えることは出来なかった。


 巧みな手綱捌きで矢を回避すると、この高台の上に伸びた狭い道を駆ける。

 馬上で剣を振りながら、敵たちの間を縫うように走り抜けた。

 彼が過ぎた後、斬られた敵たちが次々に倒れ伏す。


 だが敵たちの練度も悪くない。

 この状況でも散り散りにはならず、後ろに下がってから隊列を組み直した。

 そして弓を構える。


「もう一度弓だ! 斉射するぞ!」


 対して、ベルマンは馬の速度を緩めた。

 遅めの駈歩(かけあし)で、矢の有効射程ギリギリのところを流すように走る。

 なんとも泰然とした構えで、馬上の紳士に隙は見当たらない。

 周囲の敵たちは、剣を手にしたまま斬りかかれなかった。

 かと思えば、一瞬で馬を旋回させ、全速の襲歩(ギャロップ)で突っ込む。


「くっ!? 放て!!」


 慌てて号令するも、敵たちは同時に矢を放てなかった。

 矢は面の攻撃力を発揮出来ず、隙間を作って飛んでいく。

 ベルマンはその隙間を瞬時に看破し、流麗な手綱捌きで矢を躱していった。

 そして、かかりかかりと蹄の音を響かせながら、ものの数秒で敵の隊列へ肉迫する。


「くそ! 前衛、構えて……ぐぁ!?」


 弓兵の前衛を務めていた者たちが剣を振り上げるが、遥かに優れた剣技を持つ相手が、巧緻極まる馬術で向かってきたのだ。

 駆け抜ける駿馬を捉える剣は一振りとして無く、逆にベルマンの剣は敵という敵を斬り倒していった。


「駄目だ! いったん退け!」


「援護を要請しろ! こちらへ兵を回すんだ!」


 叫びながら、引き潮のように下がっていく敵たち。

 これで南側に敵戦力を吸い上げることが出来るだろう。その隙に東側で、味方の隊列を組み直すのだ。

 勝ち筋が見えてきた。


 帰還したベルマンは、馬上で片側の口角だけを上げ、ややニヒルな笑みを見せていた。


 ◆


「かなり粘られている。状況は良くないな」


 硬い表情で述べるイェルド。

 兵数では、なお圧倒的に第五騎士団が優勢だが、長引かせたくない。


「……こうなれば、私の雷で」


 どこか面倒くさそうに言うエミリー。

 これ以上、雑事に煩わされたくない、とでも言いたげである。


 だが、彼女の魔法剣から繰り出される雷が、多くの戦場で第五騎士団を勝利へ導いてきたことは事実。

 この戦場でも同様のはずで、全力の雷なら、連合軍が籠る岩場の大部分を攻撃範囲に収めることすら可能なのだ。

 エミリーはそれで事を終わらせようとしている。

 敵将がどんな者なのか知らないが、捕らえることが出来なくとも、この際構わないと。

 だが、エドガーは首を横に振った。


「敵は岩場に籠り、かつ強固に障壁を張り続けています。完全な籠城戦術ですね。団長の雷でも、少々厳しいでしょう」


 エミリーの放つ白い雷を神聖視する者も多いが、参謀長がそれでは仕事にならない。

 エドガーの指摘は冷静なものであった。

 いかに強力な雷でも、(そび)える岩々や障壁で防御を固めた相手を討つことは難しい。


 そもそも岩は、一般的に絶縁体である。

 よほど水分や鉱物を含有していれば電気抵抗も変わってくるが、この状況では充分に防壁として機能する。

 ゆえに雷は届かない。

 王国領にありながら、連合軍が地の利を得ている状況であった。


「……いえ、岩の隙間に雷が通れば、障壁越しでもダメージを与えられるはず」


「エミリー。それ以前に、君を前線へ出す訳にはいかない。それこそ敵の狙いかもしれないんだぞ」


 南側では、かなり強力な敵兵の存在も確認されている。

 なんら情報の無い遭遇戦で、大将を最前線へ出したくなどない。


「…………」


「エミリー」


「……じゃあ、中衛から攻撃するわ」


 大きく溜息をついて、そう告げたエミリー。

 表情は濃い陰に覆われている。

 厭世(えんせい)の念すら感じさせるその表情のまま、エミリーは馬を走り出させた。


「ま、待つんだエミリー!」


 叫ぶイェルドに構わず、自陣の中を疾走するエミリー。

 部下の騎士たちが驚いて道を開ける。

 エミリーは馬上で剣を掲げ、魔法剣を発動させた。


『雷迅剣』(フィアースヴォルト)!」


 エミリーの剣に、雷が集まる。

 雷は、激しい光を放ちながら、一巻き二巻きと剣に絡みついていった。

 すぐに刀身全体が雷に覆われ、眩いばかりの光剣が現出する。

 雷は、ばしばしと爆ぜながら剣に滞留し、凄まじいエネルギーを凝縮していた。


「団長が通る! 道を開けろ!」


 騎士たちが叫び、エミリーに道を作る。

 自陣を切り裂くように、エミリーの馬は駆け抜けていった。

 通った跡には光の帯が出来ていく。

 幻想的ですらある光景に、騎士たちは目を奪われていた。


「はあぁぁぁーーー!!」


 叫び声が怒気を孕んでいることに、騎士たちは気づかない。

 その叫びと共に、疾走する馬上でエミリーは剣を振り下ろした。

 ばしん、と一際大きい破裂音が響き、剣から光球が放たれる。

 それはエミリーの前方斜め上に、凄まじい速さで飛んでゆく。


 約四十五度の角度で空中を裂き、光球は十メートルほどの上空へ到達する。

 そして眩い魔力光を放つと、次の瞬間、連合軍の立て籠る岩場へ向け、一筋の雷撃となって襲いかかった。

 人々の視界が一瞬だけ雷光で満たされ、その一瞬で、雷は岩場へ突き刺さる。

 岩と岩の間へ、的確に。

 岩場全体を呑み込むほどの轟雷を一筋に束ね、かつ指向性を持たせた攻撃であった。

 到底、障壁で防ぐことは出来ない。


 エミリーは馬を止め、前方遠くの岩場を注視する。

 騎士たちも、驚愕と歓喜をない交ぜにした顔で、岩場を見ていた。


「………………」


 沈黙が支配した戦場。

 数秒を経るが、おかしなことに何も起こらない。

 雷撃が着弾すれば、激しい音とともに爆ぜるはず。そして敵たちは、大きく崩れるに違いなかった。

 しかし、そんな光景は現れない。


「え……?」


 エミリーの視線の先、敵陣は、何事も無かったかのようであった。


書籍版『煤まみれの騎士』第8巻が、2026年5月17日に発売になります。

今回も大幅加筆でお送りします。

どうぞよろしく!

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書籍版『煤まみれの騎士』 最新第7巻 発売中!!
今回も大幅加筆修正でお届けしています!
どうぞよろしく!

7巻カバー


― 新着の感想 ―
ベルマンとのやりとりは流石に人生経験の差を感じますね 相手が誰かを支えるプロというのも大きい
ベルマンとのやり取りを見ていると ビョルンごロルフに付いた世界線を読んでみたいと思ってしまう。
ロルフがいるとは知らずに怒りに任せて雷を放ってる 手加減無しの雷を無効化されたのはショックが大きそうだ あれだけ戦場でロルフと会いたくないと思ってたエミリーが戦えるのだろうか…
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