211_遭遇戦1
俺たちは、ティセリウス領の中央付近にある炭鉱集落へ来ていた。
襲撃地点である第一騎士団の野営地を過ぎ、引き続きティセリウス団長の足取りを追っている。
より正確に言うと、ティセリウス団長のではなく、彼女を追う者を追っているのだ。
「鉱夫たちによると、追手は南東へ向かったようですぞ」
「そうですか。やはり」
手元に広げた地図を見ながら、俺とベルマンは相談を交わす。
俺はティセリウス団長を捜しまわる者たちについて、その目撃証言を集めさせていた。
ティセリウス団長本人を捜したくはあるが、ヘンセンを出て七日目の今日、野営地の襲撃から数えると十三日が経過している。
今から捜して敵に先行するのは難しい。
それよりも、敵に追いつくことを考えるべきだ。
単身で潜伏しているティセリウス団長を捜すのとは違って、その追手たちを捕捉するのは難しくない。
彼らはそれなりの規模で、かつ大っぴらに動いているのだから。
「うむ……こうして目撃情報を地図に落とし込むと、敵の動きがよく分かりますな」
ベルマンは感心してくれるが、普通ならこうもいかない。
部隊の人間たちも聞き込みを頑張っているが、やはりベルマンの協力は大きい。
彼のおかげで、現地の人々からスムーズに情報を得ることが出来ている。
「予想どおり、敵はローラー作戦で村々をすべて回っていますね。向こうが徹底しているお陰で追いつけそうだ」
「山間部に幾つか村がありますな。次に敵が向かうのはそこでしょう」
「よし、俺たちも」
だいぶ野営地から離れてきた。
そろそろティセリウス団長が近いかもしれない。
このまま上手く事が運べば良いが……。
◆
エミリー・ヴァレニウスは、ヴァレニウス男爵家の現当主である。
貴族家の当主でありながら同時に騎士団長を務めるケースは、王国の歴史上ほかに無い。
実際に領地を運営しているのは執政官だが、民衆にとってそれはどうでも良いことで、"戦う領主"は、国中から人気を集めていた。
何より、史上最大級の魔力を持つ強者なのだ。
その魔法剣で繰り出す轟雷は、無二の威力と美しさを持っていた。
戦場にあって、彼女が戦う姿に呆けてしまう兵も少なくない。
激しく、そして白々と光る雷はまさに神罰を思わせ、信仰の篤い者ほど目を奪われるのだった。
加えてその雷を操るエミリー自身の美しさ。
エミリー・ヴァレニウスは可憐で、ティセリウスとは違った美を備えている。
彼女は、英雄の要件を十分以上に満たしていたのだ。
もっとも当のエミリーに言わせれば、その要件は与えられたものに過ぎず、彼女は作られた英雄ということになる。
多かれ少なかれ英雄などという存在はプロパガンダを担うものであり、それはティセリウスも例外ではないのだが、エミリーの場合はそれがより顕著であった。
彼女自身それが分かっているうえに、また軍事的英雄という役どころを好んで享受する価値観も持っていない。
進軍中のエミリーが、いつも馬上で陰のある表情をしているのは、それ故であった。
大軍を引き連れて道を行くのは、彼女にとって幸福な時間ではないのだ。
そしてこの日のエミリーは、いつにも増して沈んだ顔をしていた。
あまりに急な出兵であったため、気が滅入るのも仕方が無い。
ダオハン族への攻撃を予定していた第一騎士団が、野営中に事件を起こし、機能不全に陥ったのだ。
団長ティセリウスが、部下を殺害して姿を消したという。副団長も消え、団は散り散りになったとのことであった。
それを受け、代わって第五騎士団に出撃命令が下ったのである。
結果、準備不足の出兵となってしまった。
団を預かるエミリーが渋い顔をするのも当然である。
騎士たちはそう思い、押し黙る団長へ同情を寄せていた。
だが何人かは、エミリーが沈んでいる本当の理由を知っている。
そのうちの一人、イェルド・クランツが彼女に馬を寄せ、話しかけた。
「エミリー。バックマン総隊長のことは、今は忘れろ」
フェリシアが姿を消したのは、出兵前日のことであった。
彼女が居なくなったことは、一部の直属の部下と、そして一部の幹部にしか知らされていない。
そして居なくなった理由を知るのは、フェリシア本人を除けば団長エミリーと参謀長エドガーのみである。
よって、このイェルドも理由は知らない。
だが、エミリーとフェリシアが幼少期から親しいことは知っている。
「幼馴染を案じる気持ちは分かるが、目の前の戦いが優先だ」
「そうね……」
頷くエミリー。
だが、同じ幼馴染であるロルフの時とは随分態度が違うわね、という言葉が出かかる。
それから、そのロルフを追い出したのは自分であることを思い出し、また沈む。
どうして全てがこうも拗れるのか。
大勢の部下たちから命を預けられているエミリーである。目の前の戦いが優先であることは理解している。
だが、理解が心情を解きほぐすことは無い。
終わらぬ心の迷宮は、彼女を逃がしてくれなかった。
「お二人とも。進軍中に油断は禁物ですよ」
優しい声で窘めながら近づいてきたのは、エドガーであった。
表情も同じく優しげである。
「ましてここは、事が起きたティセリウス領です」
「ああ、そうだな」
第五騎士団は、既にティセリウス領へ入っていた。
出撃命令が下って六日で進発、そこから更に六日でここまで来たのだ。
軍事行動として迅速極まるものであった。
イェルドが周囲を見まわす。
少し南の低地に長閑な農村の姿があった。
辺りも静かで、見る限り平和な地に思えるが、しかしこの地はティセリウス団長の出奔という事件が起きた場所だ。
今も彼女に追手が向けられており、また何事かが起きても不思議ではない。
「…………」
イェルドは、視線をエドガーに向ける。
物腰の低さに似合わず、いつも妙に風格のある男だが、馬上ではそれが際立っていた。
あの風格は、優秀さ故であろうか。
こんなに早く進軍出来ているのは、エドガーが定めた行軍プランによる点が大きい。
編制もそうだ。
今回は緊急の出兵であったため、すぐに出られる者を中心に軍を編制しており、総隊長たるフェリシアが出兵出来なくとも問題の無い構成になっている。
しかしこれも、問題の無いようにエドガーが調整したのだ。
誰にも言ったことが無いが、イェルドはこの万事に有能極まる男に、僅かながら恐怖のようなものを感じていた。
「前方に敵影!」
部下の報告に思考を遮られるイェルド。
しかし直後、それがおかしな報告であることに気づく。
王国領であるこの地で、敵影とはどういうことか。
そう思って前方遠くへ目を向け、理解した。
まだかなり距離があるが、そこに居るのは軍装の一団で、魔族の姿が見えた。
フードを被っているが、正面から見る限り、その褐色の肌は隠せない。
そして人間の姿もある。彼らは人間と魔族の混成であった。
連合軍。紛うことなき敵である。
何故ここに? ティセリウス団長の件と何か関係があるのか?
一瞬、惑うイェルド。
だが、やるべきことは決まっている。
エミリーに目を向けると、彼女は表情を変えぬまま頷いた。
「総員、戦闘態勢!」
エミリーの号令が響く。
想定外の会敵であったが、敵はどうやら百騎程度。
まったく問題にならない。
踏み散らしたうえで頭を捕らえ、この地に居る理由を質せば良い話である。
◆
「向こうもこちらに気づきましたな……」
東方向の騎士団に動きが見えた。
それを伝えるベルマンの声には、緊張感が含まれている。
当然だ。兵力が違い過ぎる。
俺は自身を落ち着かせるように、周囲を見渡した。
右を向いて南の方、眼下に低地を見下ろすと、そこに一つの村が見える。
スアビニ村という農村だ。
俺たちはあそこを目指し、敵に先行してここへ来ていた。
あの村を目的地に定めたのは、追手たちの動きに変化があった為である。
彼らは、端から村々を回るローラー作戦を中断した。
進行先にある他の村を無視し、あのスアビニ村へ進路を取ったのだ。
何か情報を得たのだろう。
それを察知し、俺たちは全速でここまで来た。
地図上は山を迂回する必要があるように見えたが、それは非常になだらかな低山で、山と言うより高台であった。
この高台を突っ切れば、敵より先んじることが出来るはずなのだ。
しかし、別の敵に遭うことは想定外だった。
東に現れたあの軍勢は、第一に代わってダオハン族への攻撃に向かう騎士団だろう。
もうここまで来ているとは。想定外のスピードである。
新たな出撃命令は、最も近くに本部を構える騎士団に下ったはずだ。
そうなると、前方にいるあの一団は、第五騎士団ということになる。
数は二千ぐらいだろうか。
この狭い地形では全貌が見えないが、急な出兵ゆえか、全軍で来ているわけではなさそうだ。
だが、それでもこちらより遥かに多い。
そして考えるまでも無く当然のことだが、あの軍勢の中には、それを指揮する者が居る。
つまり……エミリーが。
「……手筈どおり、引きつけましょう」
言って、思考を戦いに切り替える。
この高台では道が狭い。
見つからずにやり過ごすことは出来なかったのだ。
かといって逃げても、平野に出ればすぐに捕捉されるだろう。
戦端を開いてはならぬ兵力差だが、この状況では戦うしか無い。
「総員、指示したとおりだ! 左方向へ!」
号令をかけ、俺は左手方面へ兵たちを移動させた。
この高台の一方には、ここよりかなり高い山が切り立っている。
今、兵たちを移動させた左手側の箇所は、さらにほかの三方を岩に囲まれた閉所だ。
戦闘には向かないが、それで良い。正面からぶつかれば、勝ち目は無いのだから。
俺もベルマンと共にその岩場へ入っていき、皆へ指示を出す。
「東の左右、および南の三点で待機! 指示があるまでこちらからは決して出るな!」
山と岩々で囲まれたこの場所に、外と通じるポイントは三箇所。
敵から見て突入路はそこになる。
その三箇所を防御口とし、こちらは待ち構えて敵を撃退する算段である。
いずれの箇所も狭く、一度に三騎か四騎程度しか通れない。
これなら兵力差を多少なりとも緩和出来る。
「敵の動きに……!」
………………。
敵。
敵か……。
「ロルフ殿」
「……大丈夫です。敵の動きに気を配るんだ! あの岩の上で一人偵察につけ!」
「はっ!」
一つ頭を振って、指示を出し直す。
高い岩に兵を上らせ、敵軍の動きを見張らせるのだ。
同時に他の兵たちは下馬し、三箇所の防御口で展開した。
「後衛! 矢番え! 来るぞ!」
そう叫んだ俺の声は、僅かに上ずっていた。
兵たちに気づかれなかっただろうか。余計な不安を与えていなければ良いが。
……第五騎士団。
それを相手取った戦いが、こうも予期せぬかたちで始まるとは。
いや、戦争なのだ。予期せぬことが起きるのは当然。
覚悟や心構えの時間を与えられると思うのが馬鹿げている。
大丈夫。元より肚は決まっている。
いつか第五とも戦うことになると、とうに確信していたのだ。
俺は腰の剣に手をやり、瞼を閉じて息を吐いた。
そして数秒ののち、目に力を込めて前を向く。
ロンドシウス王国 第五騎士団との戦いが始まった。
書籍版『煤まみれの騎士』第8巻が、2026年5月17日に発売になります。
今回も大幅加筆でお送りします。
どうぞよろしく!





