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5月のピエロ  作者: perla
2/4

5月29日

 六時間経つと、旦那様がやってくる。いつもきっかりこの時刻。

 狭いせんまい世界が開けて、何かと繋がるのを感じる。それだから捨てきれない。何かに求められている気がするから。ただ、自分という存在が壊れたとしたら、誰が何を思うのだろう。寂しさと哀愁を誰が感じるのだろう。何も思われないのは気が楽だ。そうだ。きっとそうだ。だって、誰も悲しまないのだから。自分は気づくことなく去っていくのだから。

 目の前にあるのはピエロが壊れかけていることに意識が戻る。誰かが愛でたピエロは今はこんな廃れた部屋にあり、こんなに見窄らしい、人間と言えるほど美しくもない存在によって世話をされている。零落した、煤けたものがピエロの腕を治そうと奮闘する。このピエロをもっと美しくしたい。自分が美しくないのなら、美しくないものを作って、なんとかせねば。何が美しいのかはわからない。

 うっすらと赤く染る腕というなの木片と、錆まくったバネ。近くに転がるのはボルト。どうやってくっつけようか。またこんなことになるのはごめんだ。これが改善されなければ本当にこの部屋に捨てられてしまう。そして、この家に。ご主人様に。

 とりあえず、ボルトとバネをはめる。ボルトのくるくるとした部分に、ネジをすっぽりはめる。ちょっとした直径の差で、バネはとてもきつそうに過ごしている。

 かわいそうだね。けど、どうしてやることもできない。今の自分の実力はそれより大きくてそれ未満なのだから。適応能力に欠ける、不完全な実力だから。

 両端にそれらをはめ、それっぽくしてみる。びよよよーんと伸ばしてみると固定されて気持ちがいい。優柔さを持ったしなやかな体は檻に嵌められる。これを何と人は表現するのだろう。哀れみ?それとも世の性?どれが正しいのか、ふさわしいのかがわからない。

 ボルトに強そうな接着剤を塗る。とりあえず強そうな接着剤。ネオン系の色で彩られ、これを見よとでも言うように主張しながら粉たちを押さえつけてそこにある。

 べっとりと付けて胴体という名の本体にくっつける。付けすぎるのは良くない気もするが、そうするしか強くするやり方を知らない。頭を叩けば、何か出てくるかも知れない。それでも、そんな器用なやり方なんかできやしない。不器用で動かず、硬くて、自分のものとはとても思えないこの手では。

 かもしれない。そうかもしれない。ああかもしれない。そんな不安をよそに、選択によって確定した事実でまた続いていく。蜘蛛の垂らした糸の上で生かされている。続いていく毎日です。

 とりあえず、緊急でするべきことは終わったので、いつも通り整理に取り掛かる。まだ一つ目の棚。ここに連れてこられて一ヶ月。一つ目の棚は終わる気配も見せない。

 ここに配属された時に言われた三箇条を一人静かに復唱する。

 一. 何もない時は部屋の整理に勤しむこと

 一. ピエロが壊れた時はすぐに直すよう取り掛かること

 一. この家の誰かが部屋に来た時は、ドアの横にある黄色いところへ向かうこと

 しっかり命令を守り続け、ここに居続けるため。ここに居続ける理由がわからず、考えることもあったが、その答えは存在していなかった。諦めた。頭の中にいないだけなのか、自分の狭い世界にないだけなのかはわからない。自分の見たことのない広い世界にはあるのかも知れないがそれもわからない。

 スマホをまた見れば、きっと少しはタメになる答えが出てくるだろう。ただ、スマホを使えば、何かが壊れる気がした。自分の中のエネルギーがどんどん外へ出ていく。自分で出せば爆発を起こせたはずの養分がガスのように抜けていく。

  一つ目の棚に入っているのは訳のわからない粉たち。それらが錆びた瓶に詰まっている。何段にも分けられ、乱雑に。まあ粉が詰まっているのはどの棚も同じ。ただ、棚によって彩度が少し違う気がする。何の違いでこの違いが生まれたのだろう。

 兎にも角にも、綺麗にしないといけない。一段分の瓶を下ろし、段に乗った粉を落とす。埃も落とす。雑巾を取ってきて、壊れかけの水道で濡らして、拭く。水を蛇口から出した時に周りに飛んだ水滴も拭く。雑巾に埃がついて、ごっそり取れたのが分かる。皮膚をめくったように、生々しい木が出てくる。

 次に、瓶に巻き付かれたラベルが見えるように、瓶についた汚れを落とす。大抵はアルファベットで書かれていて、そうではないものには数字が書かれている。頑固な汚れが肝心なところにこびりついていると、異常な時間がかかる。その後、その順に並び替える。一列に並び替えてもそんなスペースは存在しないのでおおまかに分けて箱に入れておく。

 やっぱり、自分は何者なのだろう。誰かの都合がいいようにできた茶番のエキストラ?エキストラとして無償で雇われている。あの偉大な人と同じ時代に生きれただけで感謝しろと?

 今日は初めてお嬢さんがやってきた。初めて見たが、きっとそうだろう。奥様と良く似ている。お嬢さんも奥様に似てお綺麗なこと。容姿端麗。きっと才色兼備なのだろう。だが、皮肉にも生き人形という言葉が彼女には似合う。

 動く。

 少し抵抗して目を開けたままにしておく。目の前にあった鏡に自分の顔が映る。何も思わない。これまではなんと不細工なこと、と思っていたのに。何もおわんない。なんとまあ不思議なこと。不思議だよねー。

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