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エレナ視点です
春の終わり、王都の騎士団本部は、珍しく朝からざわついていた。
「今日から合同訓練らしいですよ」
「南方連合の騎士団来るんだって」
「へぇー」
食堂で朝食を取りながら、私はぼんやり耳を傾けていた。他国との合同訓練かぁ、大変そう。そんな感想しか浮かばない。そんな事を考えながらスープを飲んでいると、隣の席の猫獣人女性騎士が急に身を乗り出してきた。
「しかも精鋭部隊が来るらしいわよ!」
「へぇ」
「へぇ!?もっと反応しなさいよ!イケメンゾウ獣人もいるらしいんだから!濃い匂いのイケ雄集団よ!?」
「えぇ……」
正直あんまり興味ない。だってゾウ獣人の“イケ雄”って、私からすると大体「圧が強い人」だ。
それより。
(レオンさん今日来てるかな)
最近はそっちの方が大事だった。
昼過ぎの騎士団本部の訓練場は、他国騎士達で賑わっている。その中に噂のイケ雄がいた。南方連合所属のゾウ獣人は、この国のゾウ獣人より身体が大きい。
褐色の肌に筋肉質な体格、耳には金の装飾が光る。周囲のゾウ獣人女性騎士達が、きゃあきゃあ騒いでいる。
「すご……匂い濃い……!」
「情熱的ぃ……!」
「南方系ってやっぱ違う!」
分からない。本当に。何が??…私は完全に置いてけぼりだった。わけがわからなすぎて、ガックリとかたを落とし俯く。
そんな時、ふわりと強い香りが鼻を掠めた。
「……あなた」
低い男の声。顔を上げると、褐色肌の男がこちらを見下ろしていた。長身で整った顔立ち。強い香り、ゾウ獣人の基準でかなり美形なのだろう。実際、周囲の女性達がざわついている。そして、エレナ基準でもまあまあイケメンだった。
うん……まあまあ。レオンさんほどではないけど。
「えっと、何か?」
男はじっと私を見つめたまま、懐から細長い布を取り出した。深い藍色の布、そしてそれから漂う香り…めちゃくちゃ匂う。
(うわっ)
反射的に一歩引きそうになる。男はそんな私へ、恭しくその布を差し出した。
「受け取ってくれ」
周囲が息を呑む。
「きゃあああ!!」
「求婚布!?」
「うそ、初対面で!?」
えっ。
まって。
これ。
(使用済みタオル文化、無理!!!!)
内心で絶叫した。
いや無理!なんで好きな相手に匂い付きタオル渡すの!?しかもめちゃくちゃ匂い濃い。頭がクラクラする。
「え、あの、結構です!」
慌てて断る。だが男は引かなかった。
「あなたは素晴らしい香りをしている」
「えっ」
「ぜひ番として」
周囲の女性達が悲鳴を上げる。
「情熱的ぃぃ!!」
「やば!!」
「濃い!!」
何が!?何が濃いの!?それ褒め言葉なの??私だけ分からない!
「いや本当に無理です!!」
私は半泣きになり後退った。だが男は追いかけてくる。
「なぜだ?」
「なぜって……!」
「俺の匂いは気に入らないか?」
気に入るとかそういう問題じゃない!まず使用済みタオルがキモい!そして怖い!圧がつよい…逃げたい!
私は涙目になりながら、反射的に踵を返した。
向かった先は、総務部だった。
「レオンさんっ!!」
勢いよく扉を開けると、書類整理中だったレオンが顔を上げた。
「……エレナ?」
次の瞬間、背後から先程の男が追いついてくる。
「待ってくれ!」
エレナはその男から隠れるように、レオンの背後に逃げ込んだ。
ゴゴゴゴ……
総務部の空気が重く震え、文官達が一斉に顔を上げる。
「うわ」
「レオンさんキレた」
「終わった」
だがエレナはそんな事に気づく余裕がなかった。
「レオンさん助けてくださいぃぃ……!」
半泣きでレオンの裾を掴み、背中にくっついた。その瞬間、ふわりとレオンの匂いがした。
落ち着いた木の香り
インク
微かなお茶の匂い
先程の強烈な香りとは違う、落ち着いたよく知っている匂い。
(……あれ?)
さっきまで気持ち悪かった胸のざわざわが、すうっと静まっていく。呼吸が楽になり、安心する。
(……なんで)
私はぽかんとした。だって今まで、ゾウ獣人の匂いなんて、というか他人の匂いなんてちゃんと意識した事なかったのに。なのにレオンさんの匂いは…
(……いい匂い)
思わずそう感じてしまった。レオンの香りを嗅いでいると胸の奥がじんわり熱くなる。だけど落ち着くし、安心もする。もっと近くにいたい。そんな事を思ってしまった自分に、私はぎょっとした。
(いや待って私なにしてるの!?)
一方、レオンは完全に固まっていた。
なぜなら、エレナが自分にくっつき、その匂いに安心した顔をしている。しかもきっと無意識で。今まで嫌な顔をされたことは数えきれないほどあるが、こんなに嬉しそうな表情をされたことはなかった。
(……駄目だろそれ!理性が死ぬ…本当に)
2人とも追いかけてきた雄の事など、すっかり忘れ去っていた。
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