7
レオン視点
騎士団本部の廊下を歩きながら、レオンは小さくため息を吐いた。手にもつ小さな紙袋の中身は、人間の国で人気らしい茶葉だった。先日のクッキーのお礼、ただそれだけで別に深い意味はない。そう自分に言い聞かせる。
(……わざわざ届けに来る必要はなかっただろ)
内心で自分に突っ込む。
総務部へ呼び出して渡せば済むし、部下に預けてもいい。なのにオレは、わざわざ騎士棟まで来ている。
完全に会いに来てる。認めたくはないが。
その時だった。
角を曲がった先から、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。
「えっ、本当ですか!?」
エレナだ。反射的に足が止まる。
視線を向けると、廊下の窓際でエレナが誰かと談笑していた。相手は狼獣人の男騎士で背が高く、騎士団の中でもそれなりに人気があるタイプだ。
エレナが、楽しそうに笑っている。
その瞬間。
ドクン、と腹の奥が重く鳴った。
(……は?)
自分でも理解が遅れた。嫌だった。エレナが、他の男の前で笑っているのが。
途端。
ガタガタガタ……
廊下の窓ガラスが微かに震え、近くに置かれていた槍立ての槍もガタガタ揺れる。
「っ、なんだ!?」
狼獣人騎士が顔を上げた。通りがかりのゾウ獣人の騎士達が、ぎょっとした顔をする。
「うわ、威嚇……?」
「誰だよキレてんの」
レオンは無言で片手を額へ当てた。
(……最悪だ)
本能が先に出た。しかも完全に嫉妬からくる威嚇。番を横取りされそうになった雄の反応そのもの。…終わってる。
すると。
「あっ!」
エレナがこちらへ気づいた。途端にぱぁぁっと顔が明るくなる。
「レオンさん!!」
途端。
カタカタカタカタ……
今度はさっきとは全く違う甘く誘うような低周波が返ってきた。
レオンは頭を抱え、周囲のゾウ獣人達が一斉にエレナを見る。
「えっ」
「あの威嚇に気づいてない……?」
「嘘だろ」
だが当の本人だけが、レオンの威嚇にも自分の鳴き声にさえ全く気づいていない。
エレナは嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。
「わぁ! 会いに来てくれたんですか!?」
「……まあ」
その一言でまた窓が震えた。
やめろ。本当に。
「どうしたんですか? わっ、良い匂い」
エレナが紙袋を覗き込む。
近い。甘い匂いがする。危険だ。
「この前の礼です」
「えっ、私に!?」
耳がぴこんと大きく立つ。嬉しそうな顔。その様子を見ていた狼獣人騎士が、気まずそうに口を開いた。
「え、えーと……副隊長、この方は?」
レオンの視線が、すっと男へ向いた。
空気が重くなる。
ゴ……ッ、と低い振動。
狼獣人の男がびくっと肩を震わせた。
(……落ち着け)
理性で押さえ込む。何を威嚇してる、オレは。
「総務部の文官です」
低い声で答える。
するとエレナが嬉しそうに補足した。
「レオンさんです! すごく仕事できるんですよ!」
「はぁ……」
「あと顔も良いです!」
沈黙。
狼獣人騎士が固まった。
レオンも固まった。
「…………」
「…………」
「な、なんです?」
エレナだけが不思議そうな顔をしている。レオンは片手で顔を覆った。なんで平然とそういう事を言う。しかも他人の前で。
羞恥で死ぬ。
周囲の騎士達がざわついていた。
「また鳴いてる……」
「うわ、すげぇ」
「完全に求愛じゃね?」
違います! とエレナが慌てる。
でも、エレナが焦れば焦るほど窓は揺れる。
ガタガタ……
全然説得力がない。
「副隊長……」
狼獣人騎士が、若干引いた顔をしている。するとエレナが「あっ」と何かに気づいた顔をした。
「そうだ! レオンさん!」
「……なんです」
「今日、風強いですね!」
レオンは無言になった。周囲のゾウ獣人達も無言になった。いや分からないのか。この空気、本当に。
「窓とかすごい揺れてますし!」
「…………」
レオンは数秒沈黙した後、深くため息を吐いた。
「……そうですね」
否定する気力も失せた。するとエレナが、やり切ったとばかりににこにこしながら、紙袋を抱き締めた。
「えへへ、嬉しいなぁ」
その笑顔を見た瞬間、腹の奥に渦巻いていた苛立ちが、すうっと消えていく。代わりに残るのは、妙な脱力感だった。
(……なんなんだ、本当に)
他の男と話しているのを見て、あんなに苛立ったくせに。
今は、目の前で笑っているだけで満たされている。
完全に調子を狂わされていた。
一方。
エレナはそんなレオンの内心など知る由もなく。
(レオンさんが会いに来てくれた……!)
と、ひたすら浮かれていた。
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