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ここ最近、総務部は異様に忙しそうだった。騎士団の大規模遠征が近いので、提出書類の量が爆発的に増えているのだ。
当然、私は“ついで”を装って、毎日のように総務部へ通っていたのだけれど。
「失礼しま――」
「……どうも」
窓口の向こうから返ってきた声は、今日も低くて格好いい。
でも。
(忙しそう……)
レオンさん、明らかに疲れてる。机の上には書類の山、机のインク瓶は三本目が空になっている。眼鏡の奥の目元には薄く隈まで浮いていた。周囲の文官さん達も死んだ顔をしている。
怖い。
総務部怖い。
「書類です」
「ありがとうございます」
受け取る手つきは相変わらず綺麗だったけど、今日はほとんど会話がない。
いや、忙しいんだから当然なんだけど。
(うぅ……)
なんだか寂しい。
私は窓口の前でもじもじした。するとレオンさんが書類から目を離さないまま口を開く。
「……まだ何か?」
「えっ、いや、その」
話しかけたい。
でも忙しそう。
邪魔したくない。
でもちょっとだけ話したい。
ぐるぐる悩んでいると、後ろから別の文官が悲鳴を上げた。
「課長ぉぉぉ!! 第七騎士団の備品申請また数字ズレてますぅぅ!!」
「差し戻してください」
「もう三回目です!!」
「四回目にしましょう」
レオンさん、真顔だった。
怖い。
でもそんな顔もカッコいい。
「……今日は忙しいので」
「あっ、はい! すみません!」
私は慌てて頭を下げ、そのまま総務部を後にした。
けどやっぱり気になる
(休日も仕事してるって言ってたんだよね……)
前にランチした時、レオンさんはさらっと言っていた。
『休日? 仕事ですね』
その時は「働きすぎでは!?」と思っただけだったけど。今の疲れた顔を見た後だと、なんだか放っておけない。悶々としながら寮へ戻った私は、自室のベッドへ飛び込んだ。
「うぅぅぅ……どうしよう」
忙しそうだった。
ちゃんとご飯食べてるのかな。
甘い物とか好きかな。
疲れてる時って糖分必要だよね?
そう考えて。
私は、はっと顔を上げた。
「……差し入れ、作ろうかな」
口に出した瞬間、机の上のペン立てがカタカタ揺れた。
「あっ」
最近本当にこれ多い。なんだか制御がきかない。でも今は、そんな事より…
(レオンさん、甘いもの好きかな……)
翌日、私は朝から寮の共同厨房を占拠していた。
「副隊長、何してるんですか……?」
「クッキー作ってる!」
後輩騎士がドン引きした顔をした。
「えっ、手作りですか!?」
「うん!」
「誰に!?」
「え?」
なんでそんな驚くんだろう。
「差し入れだけど」
そう答えると、後輩の顔が引き攣った。
「……副隊長、それあの文官の人にですか?」
「そうだけど?」
「えぇ……」
なぜか頭を抱えられた。
失礼では?
そして昼過ぎ、完成したクッキーを丁寧に包む。私は綺麗にラッピングした缶を抱えて、総務部へ向かった。
忙しそうなら、置いてすぐ帰ろう。そう心に決めていた。……いたのに。
「失礼します!」
窓口へ顔を出した瞬間、レオンさんと目が合った。
今日も変わらず顔が良い。しかも疲れてるせいか、色気が増している気がする。やばい!!
「…………」
「…………」
レオンさんが、私の抱えている缶を見た。途端に怪訝な表情をされた。
「……何ですか、それ」
「差し入れです!」
言った瞬間、総務部が静まり返った。
あれ?
なんで?
周囲の文官さん達が、一斉にこちらを見ている。
え、怖。
「……差し入れ?」
「はい! 忙しそうだったので!」
すると、近くの犬獣人文官さんが「うわぁ……」って顔をした。なんでだろう?レオンさんが片手で額を押さえる。
「……手作りですか」
「はい!」
元気よく頷く。
また静まり返った。
えっ。なんで!?
「いやその、甘い物って疲れてる時に良いじゃないですか! あと栄養も大事ですし!」
「…………」
「クッキーです!」
レオンさんが深いため息を吐いた。
あれ…もしかして迷惑だった?
途端に不安になり、耳もぺしょんとなる。
「……い、いりませんでした?」
恐る恐る聞く。
するとレオンさんが、ぴたりと動きを止めた。
私の耳がさらにしゅん、と垂れる。
数秒の沈黙の後、レオンさんがまた深くため息を吐いた。
「……そういう顔しないでください」
「え?」
「別に、いらないとは言ってません」
その声が、少しだけ柔らかかった気がして、私はぱっと顔を上げる。
「じゃあ!」
「……受け取ります」
その瞬間。
ビリビリビリッ
空気が震える…近くのペンたてに入っていたペンがお互いにぶつかり合い、カタカタと音を出していた。
「あっ、すみません!!」
慌てる私。
犬獣人文官さんが遠い目をしていた。
「もうこれ完全に求愛じゃん……」
「うるさいですよ」
レオンさんが低い声で返す。
でも耳が少し赤い。
私はどきっとした。
(照れてる……!?)
やばい。
嬉しい。
レオンさんがクッキー缶を受け取る。差し出された大きな手、綺麗な指。しかもすごく丁寧に受け取ってくれてる。
「……ありがとうございます」
低い声でそう言われて、胸がぎゅっとなった。
「い、いえ!」
「後でいただきます」
「はい!」
私は嬉しくなって、思わずにこにこ笑ってしまった。レオンさんがそんな私を数秒見つめた後、小さく視線を逸らす。
あっ。
また耳赤い。
かわいい。
(やったぁ……! 受け取ってもらえた……!)
私は完全に浮かれながら総務部を後にした。
エレナが去った総務部では。
「……レオンさん、それ食うんすか」
犬獣人文官が恐る恐る聞いていた。
レオンは無言でクッキーを一枚摘まむと口に運んだ。さくり、と小さな音。口の中に広がるバターの香り、ほんのり移ったエレナの匂い、柔らかい甘さ。
「…………」
「どうっすか?」
レオンは数秒黙り込んだ後、ぼそりと呟いた。
「……美味い」
その瞬間。
カタカタカタカタ…
エレナは居ないのに、テーブルのインク瓶が揺れる。
「うわっ!? レオンさん!?」
犬獣人が驚きの声を上げる。
レオンは片手で顔を覆った。
(……駄目だろこれ)
甘すぎる。
色々と。
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