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翌朝、私は騎士団本部の女子更衣室で一人頭を抱えていた。
「……いやいやいや。おかしいでしょ」
鏡の前で呟きながら、自分の頬をぺちぺち叩く。
昨日の私はどうかしていた。だって、初対面の男性相手に、あんなに顔をガン見するとか普通に失礼だし、しかも最後の方なんて完全に挙動不審だった。
(でもだって仕方なくない!?)
思い出した瞬間、顔が熱くなる。
黒髪。
金色の瞳。
知的な眼鏡。
低い声。
片手で重たい書類箱を持ち上げる大きな手。
しかも少し覗く牙。
(いや顔が良すぎるでしょ……)
今まで同族の男性を見て「格好いい」と思ったことなんてほとんど無かった。ゾウ獣人の女性達は顔より匂いで判断する。だから男性達も、そこまで外見を磨かない。磨くとしても筋肉とか、牙だとか、みみのお手入れだとかそんなもんだ。ゾウ獣人としては正解なんだろうけど…違うのよ、私の好みと方向性が。
なのに昨日のあの人は違った。
完全に私の好みだった。
「……うぅ、また会いたい」
ぽつりと本音が漏れる。
その瞬間。
カタ……
ロッカーの扉から微かに音が聞こえた。
ん?
「……風かな?」
最近たまにこういう事がある。
周囲には「低周波だ」と言われたが、自分ではよく分からない。そもそも私は本能反応が薄いらしく、今までまともに“鳴いた”事なんて無かったのに。
(いやいやいや。違う違う。
これは別に恋とかじゃなくて、単純に顔が好きなだけだし)
そう!顔!!私はイケメンが好きなのだ。前世でもそうだった。せっかく魅力的(?)な雌に生まれ変わったのなら、自分好みのイケメンと恋愛したいと思うのは当然では?
そんなことを延々と考えながら、朝の雑務を終わらせていると後ろから声をかけられた。
「エレナ副隊長、総務への提出書類です」
「っ、はい!」
後輩騎士から差し出された書類束を見て、私は一瞬固まった。
総務…つまり…
(あの人の窓口……!)
心臓がどくんと跳ねる。
「わ、私が持っていく!」
「え?」
後輩がきょとんとした顔をした。
「いや、こういうのも上官の仕事だから!」
「えぇ……? でも一枚だけですよ?」
「運動不足解消にちょうどいいかなって!」
我ながら苦しい。
だが後輩は「はあ……」と微妙な顔をしつつも書類を渡してくれた。
私はそれを受け取ると、内心スキップしそうな勢いで廊下を歩き出した。
(落ち着け私。
別に会いに行くわけじゃない。
仕事。これは仕事)
でも足取りが軽い。スキップしそうなほど軽い。るんるんという擬音がぴったりな足取りで総務へ向かうと、窓口の向こうには、昨日と同じ男が座っていた。
さらさらと書類を書き込む横顔が今日も綺麗すぎる。
(うわ今日も顔がいい……)
昨日見たはずなのに、破壊力が全然落ちてない。むしろ増してる気がする。
(何これ。恐ろしい。)
「……また来たんですね」
「っ!?」
低い声にびくっと肩が跳ねた。
顔を上げた男が、怪訝そうにこちらを見ている。
(うっ。冷たい視線までカッコいい。)
「てっ、提出書類です!」
「見れば分かります」
冷静な返しにぐぅっと詰まる。
しかし今日は昨日より少しだけ表情が柔らかい気がした。
私は恐る恐る書類を差し出す。受け取る時、指先が少し触れた。
「っ」
びっくりした。手が大きい、あと温かい。思わず見上げると、男も一瞬だけ動きを止めていた。
その直後。
カタタ……
机の端に置かれたインク瓶が小さく震える。
男が眉を寄せた。
「……また鳴いてる」
「えっ?」
「自覚ないんですか?」
「自覚…?」
本当に分からない。
すると男は数秒黙り込んだ後、ため息を吐いた。
「……変わった人ですね」
「よく言われます!」
素直に頷くと、男が少しだけ吹き出した。
笑った。
えっ、今笑った?
(うわ……顔が良……)
駄目だ…心臓に悪い。
その時、背後を通りかかった女性職員達がひそひそ話しているのが聞こえた。
「また来てる」
「えっ、平気なの?」
「匂い酔いしないんだ……」
ちらちらとこちらを見ている。完全に珍獣を見る目だ。
(なんだろう?私また変なことやらかしたかな?)
すると男も気まずそうに視線を逸らした。
「……あなた、無理してませんか」
「何がです?」
「俺の近く」
その言葉に、私はぱちぱち瞬きをした。
「ちかく…? なんでですか?」
「……いや」
男が言葉に詰まる。どうやら本気で分かっていない私に困惑しているらしい。
でも私からすれば逆だった。
(なんでこの人こんなに自己評価低いの……?)
顔めちゃくちゃ良いのに。
落ち着いてるし。
声も良いし。
仕事もできそうだし。
何が問題なんだろう。
すると不意に、男が小さく息を吐いた。
「……名前」
「え?」
「何度も窓口に来るなら、名前くらい知っておきたいと思いまして」
「エレナです! エレナ・ラズフォード!」
勢いよく名乗ると、男は一瞬だけ目を見開いた。
「……ラズフォード?」
「はい?」
「騎士団長の娘か」
「げっ」
(しまった。フルネーム名乗るんじゃなかった。)
思わず顔をしかめると、男が少しだけ口元を緩めた。
「その反応を見る限り、団長の娘だってあまり知られたくないんですか?」
「そりゃまあ……コネだ七光だって、うるさいんで」
「なるほど」
男が小さく頷く。
「レオンです」
低い声でそう告げた。
「レオン・――いや、今はレオンでいい」
その瞬間、インクの瓶がまたカタっと震えた。目が合ったまま、私の耳が熱くなる。
(やばい。
名前まで格好いいんですけど!?)
だが、こんなに私をドキドキさせた張本人は淡々としている。
(ズルい。)
「……なんでそんな顔するんです」
「へっ!?」
「顔、赤いですよ」
「ち、違っ、これはその!」
焦って何が言い訳しようと腕を振った瞬間
ドゴン。
壁にヒビが入った。
(しまった…)
勢いあまって、後ろの壁にに肘ぶつけた。
周囲が静まり返る。
私は真っ青になった。
「あっ、すみません! 弁償します!!」
赤くなったり青くなったりして慌てる私を見て、レオンが数秒沈黙した後。
「……あなた、本当に面白いですね」
とうとう堪えきれなかったみたいに、小さく笑った。
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