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匂いで番を選ぶ世界で、嫌われ者の文官様に懐いてしまいました  作者: クロミ


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 騎士団本部の廊下を、私は大きな書類箱を抱えながら歩いていた。


 昼下がりの陽射しが窓から差し込み、磨かれた石床に白く反射している。周囲を行き交う騎士達が、ちらちらとこちらを見てはそわそわと落ち着かない様子を見せていた。


 ……うん、知ってる。


(今日も絶好調に見られてるなぁ……いや、嗅がれてるなぁ…?)


 これが初めてならまだしも、もう慣れた。

 いや、慣れたくなんてなかったけど。


 私――エレナ・ラズフォードは、ゾウ獣人の中ではかなり“モテる”らしい。


 理由は匂いだ。鳥獣人なら大きな羽とか、ライオン獣人ならとにかく強さとか、それぞれの獣人にモテるポイントがある。そして私たちゾウ獣人は匂いなのだ。ゾウ獣人の特徴である八重歯のようなちょっと大きな犬歯や、パタパタと良く動く耳などもいわゆるイケメンや美人の基準はあるのだが、とにかく匂いが重要なのだ。

 そんな世界で、なんでも私の匂いは「群れに迎え入れたくなる安心感」と「繁殖本能を刺激する甘さ」を両立した、歴史的レベルの当たり個体なのだとか。


 知らんがな。


 正直、自分じゃ全く分からない。


 ただ、近くにいる男性陣がソワソワし始めたり、やたら距離を詰めてきたり、低い声で変な音を出し始めたりするので、まあそうなんだろうな、とは思う。


 ちなみに、その“音”というのが厄介だ。


 ゾウ獣人は感情が高ぶると、無意識に低周波で鳴く。


 本人達はほぼ無意識、でも同族には伝わる。大人になればある程度なら自制できる。でも強い感情ほどもれてしまうらしい。


 だから恋愛感情なんて隠しようがない。


 嬉しい。

 興奮した。

 落ち着く。

 傍にいたい。


 そういう感情が全部、音になってもれる。


 ……らしい。


 私はよく分かっていない。わたしの本能は壊れているのではないかと思う。


 というのも、私には前世の記憶があるからだ。


 前世の私はここではない世界の日本という国の普通の人間で、この世界の「匂いで恋する感覚」がいまいち理解できない。


 もちろん同族以外を恋愛対象として見られないという本能くらいはちゃんとある。この世界では他の種族と番うという選択肢はない。たぶん、おそらく、きっとないだろう。というのも、多種族間では子供ができない。前世で犬と猫が番ったり、ライオンとヒョウが番ったりしないのと同じなのかもしれない。

 他種族の男性を見ても「綺麗だな」とは思うが、それ以上の感情は湧かない。綺麗な絵を眺めているような感覚だ。


 とはいえ私は同族の男達にも、あまりときめかない。私の匂いはそれはそれは魅力的らしく、未成年の頃から周りの雄たちの挙動がおかしかった。基本的には未成年の相手に求愛行動をすることはないはずなのだか、成人まえに追いかけ回されたり、時にはアピールされることもあった。


(鼻息荒くして匂い嗅ぎに来るの怖いんだよね……)


 恋愛感情より先に恐怖がくる。


 しかもゾウ獣人男性は体格が大きい。

 圧がすごい。


 求愛される度に、「うわ怖っ」となる。


 …その結果、


「エレナ様は理想が高い」

「番を選り好みしている」

「変わり者」


 などと陰で言われるようになってしまった。


 いや違うんです!匂いの魅力とか全然わからなくて!しかも単純に顔が好みじゃなくて!!


 とは流石に言えない。だってこの世界、顔より匂いが重要だから。そんな事を言ったら変人扱い待ったなしだ。


(せめて同族にイケメンがいればなぁ……)


 そう思いながら廊下を進み、私は騎士団総務部の窓口へと辿り着いた。遠征報告書の提出に来たのだ。…面倒臭いなんて思いながら、重たい書類箱を抱え直し、窓口へ向かう。


「失礼しま――」


 時間が止まった。


 窓口の向こうに座っていた男を見た瞬間、脳が数秒停止したからだ。


(……………………は?)


 黒髪。


 長い睫毛。


 通った鼻筋。


 知的そうな切れ長の目元。


 薄い唇。


 白い指先。


 さらには眼鏡。


 え、待って。


(イケメン!!!!!!!!)


 びっくりした。


 え、何これ。


 騎士団って顔採用だったっけ?


 いや違う。

 この人、絶対文官だ。


 机仕事が似合いすぎる。


「……書類提出ですか?」


 しかも声、声までイケメンだ。低い、落ち着く声だった。


 (声まで良いとは、なにごと!?めちゃくちゃ良い!!いや、待って待って待って。こんなイケメン今までどこにいたの!?)


 混乱する私をよそに、男は淡々と視線を落としたまま書類受領票を取り出していた。


 その横顔が綺麗すぎて、思わず凝視してしまう。すると男が怪訝そうに顔を上げた。


「……何か?」


「あっ」


 やば。

 見すぎた。


「い、いえ! あの、その……!」


 誤魔化そうとして焦る。

 すると。


 カタ……


 窓口のインク瓶が小さく揺れた。


 男の眉がぴくりと動く。


「……今、鳴いたか?」


「え?」


 (何の話だろう???)


 きょとんとしていると、男はじっと私を見た。その視線が妙に真剣で、心臓がどきりと跳ねる。


「……いや、気のせいか」


 そう言って視線を戻した男の耳が、ほんの少しだけ赤かった。


 耳。


 そう、ゾウ獣人の特徴のひとつとも言える少し大きめの耳。その耳が今、微かに震えている。


(え、なにその反応!!可愛いんですけどっ)


 しかもよく見ると、唇の端から少しだけ牙が覗いていた。


 (あ、ダメ。好き。完全に顔が好き。こんなの見たことない。

 何この人。めちゃくちゃタイプ。)


「……あの」


「はいっ!」


 反射で返事をしてしまった。あまりに勢いよく返事したせいか、男が少し引く。


「書類を」


「あっ、はい!」


 慌てて箱を差し出すと、重たい書類箱を男は片手で軽々と受け取った。


(えっ)


 いや待って。この箱かなり重いんだけど?普通の人間なら腰やるレベルなんだけど?


 でも男は何事もない顔で机へ置いた。


 その瞬間。


 バキッ


 机の端が少し凹んだ。


 「あ…」


 力加減ミスったな、この人。


 男も気付いたらしく、一瞬だけ気まずそうに目を逸らした。


 私は思わず吹き出しそうになる。


(なにこの人。

 顔良くて力強くてちょっと不器用とか反則では?)


 すると周囲の女性職員達が、ひそひそと話している声が耳に入った。


「うわ……またあの匂い」

「近い近い」

「なんで平気なの、あの騎士様……」


 私は瞬きをした。


 匂い?


 そう言われて初めて、男の匂いを意識する。


 雨が降る前の空気みたいな。

 冷えた土みたいな。

 静かな森みたいな。

 不思議な匂いだった。


(……え、むしろ落ち着くけど)


 女性達は嫌そうに離れていく。でも私には理解できなかった。


 こんなに顔が良くて、声も良くて、落ち着いてて、力も強い。



(なのに、なんで人気ないの……?)


 本気で分からない。


 すると男が、淡々と書類を確認しながら口を開いた。


「……あなたは変わってますね」


「えっ」


「普通は、もっと距離を取る」


 その言葉に、私は首を傾げた。


「ん?…なんでですか?」


 男が初めて、完全に手を止めた。金色の瞳がゆっくりこちらを見る。


 数秒の沈黙。


 そして。


「……本気で言ってます?」


 低い声でそう聞かれて、私はますます混乱した。


 (いやだって。こんなイケメンから距離取る理由なくない!?)

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