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匂いで番を選ぶ世界で、嫌われ者の文官様に懐いてしまいました  作者: クロミ


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 南方連合の騒動以来、なぜかレオンさんとの距離が、近くなった。本当に急に。


「……エレナ」


「ひゃい!?」


 騎士団本部の廊下で突然声をかけられ、私はびくっと肩を震わせた。レオンさんだ、今日も顔面が良い。最近、前より声をかけてくれる回数が増えた気がする。


「これ、総務部へ提出する書類でしょう」


「あっ、はい!」


「ついでに持っていきます」


「えっ、でも!」


「どうせ戻るので」


 さらっと私の手から書類束を回収する。微かにふれる長い指。近い距離で香る、ふわっと落ち着く匂い。

 心臓がドキドキと存在を主張し始める。


「……ありがとうございます」


「いえ」


 そのまま自然に隣を歩き始める。


 (隣!!いや自然すぎません!?)


 最近こういうの多い。食堂行けば隣にいるし、気づけば迎えに来るし、帰りも送られるし。最初は偶然かと思ってた。でも…絶対違う。いや、違うと思いたい私の勘違い?


「副隊長〜」


 向こうから犬獣人の同僚騎士が手を振ってきた。


「あっ、お疲れ様です!」


 私が返事をした瞬間。


 ゴ………………


 空気が低く震え、廊下の窓が微かに揺れる。犬獣人の騎士がぴたりと止まった。


「…………」


「…………」


 そしてなぜか、すごく気まずそうな顔をした。


「え、えーと……お先に失礼するっす……」


 そそくさと去っていく。


 なんで?


「……最近、風強いですね?」


「そうですね」


 レオンさんが嘘くさい笑顔で返した。なんだろう、絶対違う気がする。


 ◇


 食堂でも。


「ここ、空いてます?」


 気づけばレオンさんが向かいに座っている。


「わっ」


「嫌でした?」


「嫌じゃないです!」


 慌てて否定する。するとレオンさんが少しだけ笑った。最近よく笑顔を見せてくれる。しかも、前よりずっと距離が近い。前はもっと壁があったような気がするのに。


「……ちゃんと食べてます?」


「え?」


「最近訓練増えてるでしょう」


 そう言いながら、私の皿へ自然に肉料理を追加してくる。


「うわっ」


「細いんだから、もう少し食べてください」


「い、いやでも!」


「食べてください」


 低い声で言われた。言い方は優しいのに、何故か逆らってはいけないような圧を感じ、思わず「はい」と返事してしまう。


 なんなのこれ。なんか、すごい、恋人っぽい。……いや何考えてるの私!?


 慌てて頭を振り正面に向き直ると、レオンさんが優しい眼差しでこっちを見つめていた。


 カタカタ……


 ときめくエレナの気持ちを表すかのように、テーブルの塩瓶が震えた。するとレオンさんからも優しい振動が返ってくる。


「わぁ」


 最近これも増えた。レオンさんが返してくれる低周波と、私からもれる振動が共鳴しなんだか心地いい。

 共鳴した空気はなんだか落ち着く。胸がぽかぽかする。


(……いやいやいや)


 落ち着け私。ただのイケメンだ。ただの顔がいい、素敵なひと…


「どうしました」


「えっ」


「顔赤いです」


 レオンさんが覗き込んできた。


 近い!


 近い近い近い。


 心臓が爆発する。


「だ、大丈夫です!」


 真っ赤な顔を隠すように、慌てて顔を逸らす。ふと、レオンさんの指先が私の耳へ触れた。


「ひゃっ」


 耳がぴこんっと跳ねる。


「また動いてる」


 レオンさんが小さく笑った。


 だめだ。最近この人、私の耳触るの慣れてきてる。しかも自然に。

 私は赤面しながら耳を押さえた。


「きゅ、急に触らないでください……!」


「すみません」


 謝ってる。謝ってる?のに全然悪びれてない。しかも始末の悪いことに、指が離れた瞬間なんだか少し寂しかった。


(……あれ?寂しい?)


 自分で思ってしまった事にはっとするが、その気持ちは消えてくれない。


 その瞬間、耳はぺちゃんと垂れ


 ビリリ……


 私側から低い振動が漏れた。レオンさんの動きが止まる。2人のカップが小さく震えた。


 私は慌てて口を押さえた。


「っっっっ!!」


(こんなの寂しいって言ってるようなものじゃん!何やってるの私の本能!!)


 レオンさんが静かに目を細める。その視線が、妙に熱い。


 心臓が跳ねた。


「……エレナ」


「は、はい」


「今日は送ります」


「えっ」


「夜道危ないので」


 真顔だった。でもなんだろう、その声音が少しだけ低くて甘い。


 私はますます顔が熱くなる。


「い、いや、一人で帰れますよ!?」


「駄目です」


 即答だった。


「また他所の雄に絡まれたら困る」


 低く優しい声。でもなぜか有無を言わさぬ迫力がある。


 周囲のゾウ獣人達がさっきから、チラチラとこちらを見ていた。


「あー……」

「完全に囲ってる……」

「もう番じゃん……」


 違うと思う、まだ恋人ですらない。でも、レオンさんの隣は落ち着く。匂いも、声も、触れられる手の感触も全部。心地いいと思ってしまうのだ。

 そんな自分に戸惑う私の隣で、レオンは静かにコーヒーを飲みながら考えていた。


(……もう無理だろ)


 囲う気しかない。他の雄に近づけたくない、触れられたくない、匂いを覚えられたくない。


 番じゃない。


 まだ。


 でも心はもう、とっくに答えを出していた。

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