13-06 混乱の幕が上がりました
【ご閲覧の皆様へ、作者からの注意】
1、序盤は過糖警報を発令します。
2、その後胸糞悪い展開となりますので、ご注意下さい。
3、最後の方の清涼剤で一服して下さい。
謎の美女のアドバイスを受けたジンとヒメノは、第一エリアへと向かう事にした。彼女いわく、夫婦プレイヤーは[神竜殿]とやらを巡ると良い事があるとの事だが……。
「確か[神竜殿]って、竜の像が置かれた神殿でしたよね?」
「でゴザルな。始まりの町を中心に、七ヶ所に配置されているでゴザル」
始まりの町[バース]と、第二エリアの境界……その中間となる位置に、均等に配置された神殿。初回探索のみ、貴重な宝箱がポップするスポットとして認知されているエリアである。
「私も、一箇所は行きました。ギルドホームの場所を選んでいる時でしたね」
そう言いながら、ヒメノが「あ、こっちからが近いです」と道案内をする。
そんな夫婦達に、リンとヒナも知っている情報を開示した。
「祀られている竜は、神竜アルカンシェイルといいます。七属性を持つ、偉大な竜とされていますね」
「その眷属が確か、七竜王という凄いドラゴンです!」
神殿に祀られる竜にも、どうやらストーリーがあるらしい。ジンとヒメノは、二人の話に耳を傾ける。
フィールドやダンジョンに現れるドラゴンは、理性を持たないモンスターでしかない。逆に理性を有するドラゴン達は、現地人と不可侵契約を結んでいるそうだ。
そしてドラゴンは義理堅く、その契約を結んでから数千年の間、それを守り続けているらしい。
「また、アルカンシェイルは婚姻を司る竜として知られています」
「なるほど、そこが夫婦である事に繋がるんですね」
リンの告げたアルカンシェイルの特徴に、ヒメノは納得した。それならば、夫婦である自分達に何かしらの得られるものがあるのかもしれない。
「ちなみに、他の竜も何かを司ってるのかな?」
ジンの素朴な疑問に、リンが頷いてみせる。
「はい、自由・契約・永遠・知恵・正義・戦争・反逆です」
「何ワットかな?」
某オープンワールドの神を思い出し、思わずそんな事を口にしてしまうジン。「はい?」と首を傾げるリンに、何でもないと返しつつ視線を前に向けた。
「あ、あれが[神竜殿]でゴザルな」
「はい、そうです♪」
アルカンシェイルの石像の前に立つと、二人はその大きさに感嘆の息を漏らす。これまで戦ったモンスターにも、ドラゴンは居た……しかし、その大きさはそれらを遥かに上回る巨大である。
「でも、何をどうすれば良いでゴザルかな?」
これについては、リンやヒナも知らないらしい。なので、自分達で見つけ出さなくてはならないのだ。
「ですねぇ……夫婦ならではの、事? え、えっと……誓いのキス、とかでしょうか?」
頬を染めながら、そんな事を言うヒメノ。ジンの二の腕を抱きしめる力も上がった。
「え、えぇと……試して、みる?」
「……はい」
リンとヒナは微笑み、二人から少し距離を取る。コンはジンの肩から降りると、リンに飛び付いた。コンももしかしたら、気を使ったのだろうか。
「じゃ、じゃあ……目を閉じて」
「はい……」
初めての事でもないのに、何故か緊張してしまう二人。そうして、重なる唇。
――あぁ、何度しても緊張します……。
――ヒメの唇……やっぱり柔らかいなぁ……。
このまま、ずっと触れ合いたい……と思うが、それは出来ない。リンとヒナ、コンを待たせる事になるし……第一、ここは屋外なわけで。誰かに見られないとも限らない。
名残惜しいが繋がった唇を離し、互いを見つめる夫婦。ヒメノの目が潤んでいて、ジンとしてはもう一度したくなってしまう。
その衝動をなんとか抑え、現状を確認する事にしたが……。
「なんにもっ!! 起こってない!!」
「あ、あははは……」
二人に何の変化もなく、何か宝箱が現れるとかそんな事も無い。ただ単に、イチャついただけでした。なんてこったい。
「そ、外でキスするの……初めてでしたね?」
「自制してたからね!! 自制していたんだよ!! うわ、色々と合わさって恥ずかしい!! 恥ずか死にそう!!」
「生きて下さい!!」
「はい!!」
色々と限界に達したジン、珍しく動転しまくっている。そんな彼の珍しい反応に、ヒメノは逆に落ち着く事が出来た。
「そ、それでどうしましょう? 何か他の手段を探しますか?」
「はぁ、はぁ……ごめん、取り乱した……そ、そうでゴザルな! 何か他に……うーん、何があるでゴザろう?」
何とか落ち着きを取り戻し、ジンも思考を再開する。ついでに恥ずかしくて素に戻っていたが、忍者ムーブも再開だ。このスイッチの切り替えの速さは、流石は元・陸上界期待の星だ。
指輪の交換か? と思うが、その可能性を否定する。何故ならシステム的に結婚を果たした後は、指輪を外す事は出来ないのだ。
ちなみに結婚指輪は装備枠を使用しないので、そもそも外す必要性は存在しない。
だとしたら、衣装替えか? ウェディングドレスやタキシードを着れば良いのか? と考え、それも無いなと思う。自分達の様に、盛大な挙式を上げるプレイヤーは少数派であろう。衣装を用意する事も、稀な事だと思われる。
「うーん、何かヒントは無いかな」
そう思い、ジンはシステム・ウィンドウを開いてみせる。アイテムや書籍から、何かしらのヒントを得られるのではないか? と思ったのだ。
「あ、そうですね」
ヒメノもジンに倣い、システム・ウィンドウを開く。
その瞬間、二人のシステム・ウィンドウと神竜像が光を放った。
「はっ!?」
「わぁ……!!」
「これは……!!」
「光ったです!!」
「コンッ!!」
神竜像が一際光を増すと、ジン達のシステム・ウィンドウが自動的にマップに切り替わる。
そして現在地に、龍の顔を模した紋章が刻まれた……どうやらこの神竜像の前で、夫婦揃ってシステム・ウィンドウを開くのが正解だったらしい。
「成程、道理でPACの二人が知らないわけですね。異邦人しか、システム・ウィンドウは持っていませんから」
「結婚して共有化されたシステム・ウィンドウを開いて、マップにこの紋章を集める……って事かな」
七つの神竜像から、紋章を集め終えた先に何があるのか。ともあれ、やり方は解った。
「よし、では次に行くでゴザルよ」
「はいっ♪」
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新婚夫婦が[神竜殿]を巡っている頃、ヒイロとレンのギルマスカップル……そして万能メイドのシオン、PACのセツナとロータス。この五人組で、フィールドを探索していた。
和装の上にローブを纏った状態の五人……その後方で、アンジェリカを信奉するプレイヤー達が息を潜めている。どいつもこいつも、【隠密の心得】を習得している者達だ。
彼等は、とあるSNSに登録している面々だ。そのSNSの名は、【禁断の果実】という。
この【禁断の果実】に登録する者達は皆、ある共通の目的を持っている……それは『指令を達成する』というものである。時折発信される、【禁断の果実】からの指令メール。その指令を達成する事に、彼等は熱意を燃やしているのだ。
指令に「ギルドに潜り込んでスパイになれ」とあれば、どんな手を使ってでも潜り込む。PK行為を指示されれば、重犯罪プレイヤーになる事も辞さない。アンジェリカの為ならば、自分のスキルやステータスも喜んで譲渡する。
それはアイドル・伊賀星美紀のファンだから……では、説明が付かないくらいの狂信的な崇拝。恐ろしいのは彼等の信仰よりも、彼等をそこまで狂わせる伊賀星美紀だろう。
そんな追跡者達は現在、【七色の橋】……その中でも、特にレンの動向を注視していた。現在、最も得点の高い指令……それは「【七色の橋】のレンに情報提供している者の存在を暴け」というものだった。
情報提供者については一切の情報が無く、【七色の橋】も姿を隠して活動する。故にこの指令は今の今まで、達成困難とされていた。
しかし先日、指令メールに情報が付け加えられるようになった。それは、【七色の橋】の動向が記されていたのだ。
半信半疑で指令通りに待ち伏せをすると、情報通りに【七色の橋】を捕捉出来た。それ以来、レンの追跡を行う者達が増加していった。
――【七色】のレンが、誰かと話す様子は今の所無い……本当に情報提供者なんて居るのか?
そう誰もが思い始めた、その時だった。レンとシオンの口から、ある言葉が出たのだ。
「そういえば……シオンさんは、明日はお出かけになるんでしたっけ」
「はい、明日はユートピア・クリエイティブの方へ出向きます。三枝さんから、報告がありますので」
周囲に人が居ないと判断したのか、レンやシオンの声量は普通の会話と同程度。そしてその内容は、スパイ達からすれば意外な内容だった。
――ユートピア・クリエイティブ? AWOの運営会社に、何故シオンが?
鳴子がユートピア・クリエイティブに赴くのは、ファースト・インテリジェンスの社員としての仕事を遂行する為だ。平たく言うと、収益報告を受けるのである。
そして三枝とは初音家の使用人であり、英雄と秀頼の対面にも同席したあの執事さんである。恋の姉夫婦付きの使用人である彼も、ユートピア・クリエイティブの業務に携わっているのだ。
しかし事情を知らないスパイ達は、その会話内容を訝しんでいた。
ユートピア・クリエイティブに居るらしき、三枝という名の人物。そんな彼からの、報告。もしかすると、その人物が指令にあった情報提供者ではないか?
そして三枝という情報提供者(勘違い)は、ユートピア・クリエイティブに在籍する……つまりは、運営関係者だ。
そしてシオンは、レンの指示を受けて(誤解)ユートピア・クリエイティブに行く。
――運営メンバーからの、情報提供!? まさか、【七色の橋】は運営の人間と繋がって……!?
スパイ数名は、本気でその可能性を考え始める。
そんなお馬鹿な彼等の考えは、こうだ。
【七色の橋】はこれまで、少人数ながら過去三回のイベントで輝かしい成績を収めて来た。その成果とは、運営から情報を得たお陰で成し遂げて来たのではないか?
運営全体が彼等を優遇しているとは、到底思えない。ユートピア・クリエイティブは新興企業ではあるが、その経営にはファースト・インテリジェンスと六浦財閥が関わっている。更に先日、宇治財閥も提携企業に加わる意向を発表したのだ。並み居る有数の大企業が、中高生のゲームユーザーを優遇するなど考えられない。
だとすれば、運営の三枝という人物の独断。【七色の橋】はその見返りに、何かしているのではないか?
勘違いも甚だしいが、彼等は本気でそうなのではないかと考えた。考えてしまった。
――バカにしやがって……イベント前にブッ潰してやる、クソったれめ!!
沸々と沸き上がる怒りに、一人の男は追跡を中断した。彼はその場でシステム・ウィンドウを開き、外部サイトに接続する。
……それはSNS【禁断の果実】ではなく、匿名掲示板【Qチャンネル】だった。
彼はアンジェリカ信奉者ではあるが、数々の好成績を打ち出して来た【七色の橋】を評価していた。第二回イベントの決勝など、【聖光の騎士団】ではなく【七色の橋】を応援した。ジンとヒメノの結婚の話題の時など、掲示板に祝福のコメントを打ち込んだくらいだ。
しかしその感情は反転し、好感は嫌悪に変わった。
――応援していたのに……裏切りやがって!! お前等みたいなクズ共は、ゲームから叩き出してやる!!
もしも一歩立ち止まって、冷静に考える事が出来たならば……それは、自分の勝手な憶測に過ぎないと気付けたかもしれない。会話の中から、何の確証を得ていない事に思い至ったかもしれない。
匿名掲示板のゲーム板に、必ずと言って良い程存在するスレッド……所謂【晒しスレ】。そのスレッドを開いて、文字を入力していく。
歪んだ正義感と、正の感情から一気に振り切った負の感情。そして何よりも、アンジェリカへの狂信的な愛情。それが、彼の理性が働くのを妨げた。
『ユートピア・クリエイティブのS氏が、【七色の橋】にゲームの情報をリークしている事が判明した』
自分が書き込んだ文字が、掲示板の最新書き込みに反映された。それを確認した男……本名【五河 一】、アバターネーム【グラン】は歪んだ笑みを浮かべて佇んでいた。
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ヒイロ達同様に、フィールドを探索中のハヤテとアイネ。二人は同行するカゲツとジョシュアと共に、ダンジョンを攻略して外に出た所だった。
「そこそこのドロップだったッスねぇ」
「そうね、これで少しはギルドの倉庫も潤うかも」
ダンジョンボスを討伐し、出現する魔法陣を使う前に変装用のローブを身に纏った後である。それは、実に運が良かった。
ダンジョンに入る準備をしていたらしい、プレイヤー集団。彼等は何やら、システム・ウィンドウを見ながら騒いでいた。
「いやいや、あり得ねーだろ!」
「そんな事して、そいつにメリット無いって!」
「でも、今までの成績は明らかに出来過ぎじゃねぇか! やってんだよ、あいつら!」
「晒しスレの情報なんて、信憑性無いって」
「このSを特定すれば良いんじゃね? 運営に社員が不正してるってメールしようぜ」
「ってか【七色】のギルドホーム凸ってみねぇ?」
「よせよ、BANされるのがオチだぞ」
「こんな事してドヤ顔してるとかナメてんじゃねーよ」
「真っ当にゲームしている側からしたら、ふざけんなって話だよな」
「だーかーらー、掲示板の情報なんて鵜呑みにすんなっての!」
騒がしい会話の中に、不穏な言葉が並べ立てられている……それに気付いたハヤテは、アイネの手を握る。
「……見つかったらやばい、ホームに飛ぼう」
ハヤテは彼等の会話から得られた断片的な情報を組み合わせ、即座に自分達のおかれている状況を察した。即座にギルドホームへ帰還し、仲間達にもメッセージで報せなくてはならない。
「うん、了解……!!」
そんなハヤテの緊迫した雰囲気を察し、アイネも頷く。
「カゲっちゃん、じっちゃん、ホームに帰還してくれる?」
ハヤテの要請に「いきなり何だ?」という表情を浮かべつつ、カゲツとジョシュアは頷いてみせた。
「む? まぁよかろう、妾の主の言う事じゃからの」
「ふむ、坊主。後で説明するんだぞ?」
そう言い残すと、二人はその場で光を撒き散らしながら姿を消す。ハヤテはPACの好感度が上がると、システム・ウィンドウを操作しなくとも送喚可能なのは確認済みだった。こんな所で、その検証が生きるとは思いもしなかったが。
しかしその光の発生で、プレイヤー達が自分達に視線を向けるのに気付いた。そしてスパイにわざと捕捉させる為に、完全に和装を隠していない事が仇となった。
「おい! あの和装!」
「【七色】か!?」
「捕まえろ!! 洗いざらい吐かせるんだ!!」
慌てていたとはいえ、ミスだった。ダンジョンに入ってから、二人を送喚すべきだった。内心で頭を抱えるハヤテだが、時すでに遅し。
とはいえ今はまだ彼等が軽犯罪者や重犯罪者になってまで、二人を捕らえる覚悟がある様には見えない。
「アイ、落ち着いて操作すれば良いから。いったんログアウトして、リスポンしよう」
「う、うん! こわっ……」
ハヤテに落ち着く様に促され、アイネはプレイヤー達が殺到する前にログアウト。それを見た一部のプレイヤーが、武器を握る手に力を込める。
とはいえ、相手はハヤテだ。
「掲示板は、用途・要領を守って正しくお使い下さいな。掲示板では嘘を見抜けないと、大失敗するッスよ~」
少しは落ち着けとは思いつつ、煽る様な発言をするハヤテ。これは彼が、情報に踊らされる彼等に本気でムカついたからである。
――ガセネタ流す奴も、それを信じる奴も……アホかっての!!
そんなハヤテの発言に、一部のプレイヤーはカチンと来たらしく表情を更に険しくする。
「あの感じ、ハヤテだ!!」
「捕まえろ!!」
「ブッ飛ばせ!!」
「潰せぇっ!!」
煽り立てる者達を見て、ハヤテは何となく事情を察した。恐らく、彼等は自分の手を下しはしないだろう……同行する、考え無しの連中を誘導している。
――多分、カイトやその仲間……の、手下かな? それとも、騙されて操られてる? どっちでも良いけどね。
「んじゃ、俺はこれで。さいなら~」
既に、ログアウト準備は整っている。ハヤテはボタンをタップして、ログアウト……する瞬間、危険を察知して身を捩った。
飛んで来たのは……銃弾だ。
――銃を持ってるヤツ!? 狙撃とは味な真似を……!!
しかし、狙撃手を視認する事は適わず。ハヤテのアバターはそのまま光になって消滅し、その意識はゲーム世界からログアウトしていった。
ログアウトしてすぐに、ハヤテは再度ログイン。大広間へと向かうと、そこにはアイネの姿があった。
「アイ、皆に戻って来るように報せないと! 誰かが俺達のデマを流してる!」
「やっぱり……!! 皆には、私が!!」
ハヤテが掲示板を確認するであろう事は、想像に難くない。アイネはシステム・ウィンドウを開き、ギルドチャットで緊急事態を報せる事にした。
「おや、二人共……どうかしたのかい?」
工房で作業をしていたらしい、生産メンバーが何事かと顔を見せた。しかし今は、説明する時間が惜しい。
「話は全員が揃ってからで!! ユージンさん、クベラさんも一緒に掲示板を漁って!!」
ハヤテらしからぬ剣幕に、二人は顔を見合わせ……そして、その場でシステム・ウィンドウを開く。一大事だという事は、彼の態度からも察するに余りある。
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その頃、中途加入組。周囲のプレイヤーが何やら騒がしい様子に、彼等も気が付いていた。
「何だか、プレイヤーの方達の様子が……」
「そうだね、何かあったのかな?」
ネオンとヒビキも、どうやら異変に気付いたらしい。
不穏な空気を察したリリィは、このまま探索を続行して良いものかと考える。ここで彼女が視線を向けたのは、VR歴の長いマキナだ。
「何か起きている様ですね」
リリィの呼び掛けに、マキナも真剣な表情で頷く。
「はい。このまま探索をするか、騒動について確認するか……それか、撤退するか。情報がまだ少ないです」
判断材料が足りていない……しかしカイトやスパイ連中の件もあるし、撤退が無難な選択か? そう判断を下そうとするマキナ。
その前に、彼等に声が掛けられた。
「撤退が金だ」
すぐ近くには、誰も居なかったはず……そもそも、今も姿が見えない。しかし、その声は全員の耳にハッキリと届いている。
――【隠密】か!? 多分、至近距離!! だとしても、ここまで完璧に!?
息遣いや衣擦れの音も、鎧が鳴る音もしない。完全に気配を消すなど、脅威以外の何物でもない。
危機感を高めるマキナやリリィ、ひたすら驚いているセンヤ・ネオン・ヒビキ。そんな彼等に、姿無き人物は言葉を続けた。
「恐れる必要は無い、我等は味方と思って貰って結構。そして隠れている件だが……簡単に見破られては、我等の名が廃るというものさ」
それは、女性の声だった。甲高くもなく、かといって低すぎもしない……そして、実に落ち着きのある声だ。
マキナ達が黙り込むと、女性は言葉を続けた。
「今現在、【七色の橋】に関する噂が掲示板で広がっている。内容は、君達が運営と繋がっているというものだな……まったく、馬鹿馬鹿しいにも程があるが」
不愉快そうに告げる女性は、どうやら自分達を信じてくれる存在らしい……そう判断したマキナは、小声で呟く。
「悲しいのは、それを信じる人がいる……ですね」
「左様。今、君達の素性が知られれば大騒動に発展するかもしれん。そちらの三人は、まだ中学生くらいなのだろう?」
ヒメノが被害に遭った、某事件。その事を思い返し、彼女はわざわざ声を掛けたらしい。
マリウス事件の事は、マキナやリリィも掲示板で知っている。そしてセンヤやネオンも、友人たる当事者達からその経緯を聞かされている。
故に、その助言に対するレスポンスは迅速だった。
「御忠告に感謝します。俺達は、ホームに戻ります」
マキナの返答に、女性は「それが良い」と答えた。そして……。
「頭領様に、よろしく伝えてくれたまえ」
その言葉で、マキナは彼女の正体に気付いた。【七色の橋】の頭領様……そんなの、忍者なあの人しか存在しない。
そのまま、彼女はそれ以上何も言わない。もうこの場から離れたのか、それとも自分達がログアウトするのを見守っているのか。
それは定かではないが、ここは行動あるのみ。
「戻ろう」
「そうですね、それが良いでしょう」
「「「はい!」」」
システム・ウィンドウを開いて、急いでログアウトする面々。
それを見送った彼女は、【隠密の心得】による【ハイド・アンド・シーク】を継続しながら口元を笑みの形に歪めた。
「少しは、頭領様のお役に立てただろうか?」
そんな彼女の呟きに、またも姿無き者……男性の声が、肯定の意を告げた。
「あぁ、恐らくな。さて、どうする会長」
男性の言葉を受け、会長と呼ばれた女性は腰に差した刀に手を添える。
「我等は、頭領様に救って頂いた者の集まり。喜べ、コタロウ……頭領様に、御恩をお返しする機会が巡って来たぞ」
次回投稿予定日:2021/11/13(幕間)