30話 「アイン、初めて森を見る」
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まだ太陽が燦々と輝く頃、アインとセルケイの二人は空を翔んでいた。
アインがセルケイの後ろに付くように翔び、セルケイはそれを先導する。
そんな中、アインはふと思い出したようにセルケイに質問する。
「セルケイ。
お前さ、やりたいことがあるって言ってたよな?」
アインは風をうまく受けて、髪を後ろに流すようにサラサラと揺らす。
そのまま横目でセルケイをチラ見して、どんな様子かを伺う。
「はい。
それはある意味私達、鳥獣族のけじめですな」
「けじめ、か……。
聞いても大丈夫か?」
「勿論です」
セルケイは、ゆっくりと深く頷く。
その様子を見て、アインは切り込む。
「で、それってのは?」
「封印された者、いや、自ら封印を望んだ者の後始末です。
私達と同じ鳥獣族であり、年齢的には私より少し上ぐらいに当たるらしいですな」
「それって、今やる必要があるのか?」
「むしろ、今こそやるべきでしょうな。
つい最近になって、普段とは違うおかしな事が起こりすぎています。
それの原因が、そこに無いとも限らないのです」
「なるほどな」
分からない。
アインは、外のことなど殆ど聞かされていなかったから。
それだけに外の情報に飢えており、知識が無い。
しかし、おかしいということだけは、周りの反応から分かる。
その原因が分かるとなれば、少しでも知識を増やすためにそれを欲すというのは当たり前だろう。
「じゃあ、お前はそこに向かうんだな?」
「そう考えていました。
その途中まででも、お供させて頂きたいと思っていた次第ですが……。
やはり、良くないですよね」
「いや、いいよ。
お前にはお前なりの目的があるんだろうし、それを邪魔しようとなんて思わないさ。
それでも、長命族の所までは送ってくれないか?」
アインは、ごくんと緊張で唾を飲む。
頼み事はやってくれるだろうが、流石にこれは失礼ではないかと。
まだセルケイは若いとは言え、自分より歳上なのだ。
機嫌を見ながら、話を進める。
「その程度、是非手伝わせて頂きます!
それと、ありがとうございます!」
「ああ、全然いいよ。
それと、ありがとうな!
後な、その……もう少し聞きたいんだけど、良いか?
嫌なら嫌って言ってくれ」
「いえいえ、どんどん聞いて下され!
で、先程の話ですか?」
セルケイは顔をぶんぶんと縦に振り、嬉しそうにアインの方を向く。
(何でそんな嬉しそうなんだよ……)
と思ったのは言うまでもない。
「そうだ。
その…………、何でお前が族長なのかって事なんだけどさ。
若いのに、不思議だなぁ~と思って」
「…………それは、前族長がお亡くなりになられたからです。
何年か前、ここら辺で大きな戦いがありましてね。
その影響なのですが……」
彼は、目をつむって合掌する。
それは、前族長に向けられているであろうものだ。
戦い、と言えばどんな悲惨な亡くなり方をしたのか。
それを聞こうと口を開きかけたが、慌てて手で押さえて止める。
「そうだったのか……。
ごめんな、辛いこと聞いちゃって」
「いえ、気になるのは仕方が無いですぞ。
なにせ、私がまだ未熟な身である証ですからな」
「未熟なぁ。
そんなこと言ったら、俺もだよ」
「アイン殿がですか?
ありえないありえない」
セルケイは、否定のスタンスを崩さない。
そのアインに対する信頼は、どこで得たのか出所不明だ。
もし、会う人全員にこうなのなら、いつか絶対に損をするな。
ぐらいの信じられ具合である。
「ありえないって事はないだろう。
現実に、この間まで能力持ってないと思ってたんだぞ?
呆れるくらいの未熟さだよ」
「呆れるだなんて、そんな……。
と、それより、森が見えてきたのですぞ!」
前方、少し離れた場所に、砂の地面と境に、青々と木々が生え並ぶ。
アインは、初めて森を見たので、最初は戸惑っていた。
だが、近付くに連れて、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「良いな、森って」
「そうですよね。
ここら一体も昔は森であったそうですから、私も大好きです!」
「へぇ~、そりゃあ見てみたかったな。
広大な森をさ…………って、は?
今、ここら一体も森って言わなかったか?」
「言いましたよ?」
「じゃあ、なんでこんな砂地になってるんだ?」
「それも、先程の話に繋がりますな。
突如として発生した巨人が、辺りを蹂躙したことによる被害の一つです」
「巨人が蹂躙……?」
「ええ。
巨人はその身体の全てを武器にして、木々をなぎ倒し、沢山の命を奪いました。
それを食い止めようと、前族長が向かったのです」
「つまり、その結果が死ってことか。
どうにかなんなかったのかよ……」
「いえ、その結果が直接死ではありません。
それに関わりますが、巨人のことは誰も倒すことが出来ませんでした。
その為、数名の命を使用して封印を施した次第です。
それに情けないと前族長は涙を流し、血だらけの包帯で身を包んで逝ったそうです」
「ますます、どうにかなんなかったのかよ。
犠牲をそれ以上増やしたって、何になるんだよ」
「……」
セルケイは悔しそうに目を細め、首筋の血管を浮き出させる。
その様子を見て、アインははっと我にかえる。
「ごめん、お前に言っても仕方がないよな」
「いえ、それもまた族長の運命……。
あ、私はここら辺でお別れしてもよろしいですか?」
「おう、ありがとな」
「長命族の村は、この先まっすぐ行けばありますので。
では、御武運を」
セルケイは、拳を固めて合わせ、一礼する。
そして、その封印された者が居るのだろう方角へ翔んでいく。
その様子を見て、アインは身を引き締める。
「んじゃ、俺もやることやらないとな。
この先に、俺の知らない何があるのか……」
アインは、頬をぱしんと平手で叩き、首をコキコキと鳴らすと、翼をよりいっそう強く羽ばたかせる。
セルケイに気を使う必要が無くなった為、風をきって弾丸の如く空を行く。
それは、黒き軌跡を描いていき、彗星のように光を発して――――不意に止まる。
「なんだ、これ……」
アインは、眼下に広がる惨状に目を疑った。
森の中にある開けた場所で、大量の猪狂族が共食いをしていたからだ。
アルヴァスの言っていた通り、そこは長命族の村であったのだろう。
木造の家が立ち並び、畑などの生活に必要な施設もある。
村を囲むように、木の実の成る木もある。
鳥獣族より、よっぽど安定している生活をしていると見た。
だが、そこで行われている事は、そんな村を壊していく。
木の実は食い尽くされ、木造の家は破壊され、畑に成る作物はとっくに無い。
その結果、同族を食べるところまでいってしまったのだろう。
その姿は、酷く醜く、酷く悲しげだった。
今は無き自らの面影、かつて長命族として生きていた頃を思い出すように。
「どこから手を付ければ……」
困惑、混乱、アインが予想していた事態を上回る惨劇を目にし、判断力が鈍る。
取り敢えず、命を優先して、まだ猪狂族になっていない者を探すことを決める。
「まだ長命族の奴はいるかーー!」
空から声をかけても、一向に返ってくる気配がない。
代わりに、猪狂族の視線がアインに集まる。
そして、確認の意を込めて、彼はもう一度声をかけようと肺に空気を溜め込む。
「すうぅ~、もご!?」
だが、その口は、何者かの手によって塞がれた。
それは、後ろから回り込むように手を伸ばし、ガッチリと首ごと固定される。
「もごもごもご!(な、なにするんだ!)」
「何を言っているのか分かりませんが、もう長命族はいませんよ。
先程、私が確認してきましたから。
ですので、落ち着いて下さい」
「もごもご!?(その声は!?)」
アインは、後ろにいる者に猛烈に心当たりがあった。
だが、それを確かめる術が無い。
下手に実力行使するわけにはいかず、ひたすらに解放を頼み込む。
「ええええ、私が失礼極まりない行動に及んでいることは理解しております。
ですが、一旦落ち着いて下さい。
アイン様がお静まり下さらないと、私としてもこの状態を続けざるを得ませんので」
「も、もご……(あ、ああ……)」
静かにすれば解放してくれる? らしいので、アインは体を動かすのをやめて黙った。
そして、数秒。
思いが通じたのか、口元からすっと手が離れていく。
その勢いにのって、後ろを向いて話しかけようとして――――やめた。
また口元を塞がれるのは、ごめんだからだ。
恐る恐る後ろを向き、その正体を確認する。
「し、しずかにしてるからもう大丈夫…………じゃないじゃん!?」
アインは、その者を見て驚愕した。
身体に纏う布は、真っ赤な鮮血に染まっており。
綺麗だった顔には、どす黒い血が撒き散らされ。
宿っていた光が、失われた瞳。
その全ては、最早その者では無かった。
「……ルシオ。
今お前の目には、何が写ってるんだ?
温かくて、心地の良い居場所か?
それとも、冷たくて、嗚咽が走るような場所か?」
「何にもありません。
本当は、アイン様のお側が一番落ち着くはずなのに……。
猪狂族を殺そうと、気が焦ってばかりなんです」
ルシオは、機械のように淡々とそう告げた。
「そうか。
つまりお前は、盲目になってるんだな?
お前自信が直接被害を被った訳でもなく、殺す扱いはどうなんだ?
言ったよな、殺すって」
「私は……」
ルシオは、どう言えばいいのか分からないといった様子だ。
言葉選びに困っているともとれる。
「殺してどうなるんだ?
優越感に浸りたいのか?
それとも、血を浴びたいのか?」
「決してそうは……」
「思ってるんだろ。
お前は今、そう思ってるとしか思えない!」
アインは、激しく唾を飛ばしながら、言葉を吐きかけるように言い放つ。
「そんな……」
「いいや、お前がなんと言おうとそうしか思えないね。
他人から見たお前は、お前がどうしたって、そうなんだよ!」
「……」
「嫌なんだよもう。
血なんて、見たくないんだよ。
ただ仕方無いからこうしているだけで、何もしたくないんだよ!」
「それならば――――」
「――――そうだ、お前が猪狂族に手を下す理由は、助けるためなんだよ!
誰かを傷付ける為じゃない、助けるためにやってるんだよ!
まっぴらごめんなんだ、誰かが死んでいく原因を自分で作るのは。
だけど、誰かを助けるためなんだよ!
その相手は、既に元のそいつじゃねぇんだよ!
それなら、けじめくらいつけてやりたいだろ!」
「そうです、私は――――」
「殺すってのが残酷な行為であるか、苦しみから救う行為であるか、その時によって変わるんだ。
それでも本当は、殺すなんてやっちゃいけない。
だけど、それで失われる命があるなら!
それで救える命があるなら!
可哀想な命、最後に俺らが摘み取ってやっても良いんじゃないのか?
そいつの事を考えながら、な」
ルシオは、アインのペースに完全に飲み込まれる。
その途中で言葉を言い切ることは出来ず、理解を示すために身体を動かすことも出来ず、ただ心に染み渡っていくその言葉を聞くしかなかった。
「――目が覚めました。
私が葬った猪狂族とアイン様は、私を救って下さいました。
ですので、今度は私が救わせて頂く番です」
「俺は良いから、猪狂族の方を……」
「いいえ、どちらも救いたいのです。
強欲かもしれませんが、私も綺麗な花を眺めたくなりました。
その為に必要なのが、尊厳を無くした者の意を組むことなんですよね。
それに全力を注いで、いつか綺麗なつぼみを開かせるために。
そして、アイン様の笑顔も守りたいのですよ」
「きちんと理解してくれたようで、なによりだよ。
でも、俺は……」
「いいえ、それではアイン様を救う者がいなくなってしまいます。
その役割を、私が果たさせて頂くのです。
これは、拒否を受け付けません」
「意見を聞く気が無いのか……。
なら、俺としても手がある」
「え?
一体何を……?」
「これからも、ずっとずっと一緒だからな!
俺の知らない事、分からない事、アルヴァスと二人で全部教えてくれ!
それが、一番救って欲しい事だな!」
アインは、少し恥ずかしそうにルシオから目をそらす。
頭の後ろで腕を組み、顔を熟れた果実のように赤くして。






