31話 「アイン、長命族の村を見て絶句する」
「だけど、まず先に、目の前の事からやり始めなきゃな!
ルシオ、準備は良いか?」
ルシオの瞳には光が戻り、会話の中で少しずつ機械的な部分が取り出されている感じがする。
そして、動作にも感情が戻ってきている気がする。
その証拠にルシオは、はい! と言いながら敬礼した。
意味が良く分からないアインだったが、取り敢えず同じポーズで返す。
すると、ルシオは嬉しそうに歯を見せた。
「問題は、どうやって猪狂族を片付けるかなんだけど……。
やっぱり、長命族として生きていた時の記憶がありそうな以上、俺は戦闘は避けたいんだよな」
「私も、出来れば元に戻してあげたいです。
ですが、その方法が分からない今、アイン様と私にはそれを実行することが最適なのです。
そして、これはアイン様が言った、相手の事も考えた上での判断です」
「そう……だよな。
分かった、始めるぞ!」
二人は地面へと急降下し、着地地点の周りの猪狂族を風圧で吹き飛ばした。
そして、アインが踏み出す。
「猪狂族の皆々さん、まだ自我はありますか?
あるのであれば、地面に膝を付けて下さい。
これは、最後の忠告ですので、これ以降は知りませんから」
やはり、反応が返ってこない。
それも分かりきっていたことではあるが、実際にそうなると悲しくなる。
元長命族の誇りなど、とうに無いのだろうが。
そして、覚悟を決める。
「これ以上あなたらに猶予を与えると、被害が拡大しますので――――安らかに逝って下さい」
アインは、魔刀を作り出して右手に握り締め、ルシオと頷き合う。
直後、二人は反対方向に進み出す。
地面とすれすれに飛行し、大きな溝を作りながら猪狂族を斬っていく。
「せめて、一撃で……」
アインは、苦しまずに逝けるようにと、猪狂族の首筋に刀の刃を這わせる。
すると、何の抵抗も無く綺麗な断面が露になる。
身体と離れた首は、風圧で遠くにごろごろと転がっていく。
そうこうしていると、あっという間に首の無い死体が量産されていく。
「ルシオ、そっちはどうだ?」
「問題無いですが、一向に数が減りません。
長命族の数は少なくないとはいえ、村まで流れていった数とここにいた数を合わせても、おかしいです」
「確かにな……」
アインとルシオは、違和感を感じながらも手を止めない。
川で流れる水のように猪狂族が押し寄せ、それをひたすらに葬る。
おかしい、おかしい、おかしい、おかしい。
何だ、この違和感は。
どこで違和感を感じてる?
分からない、何が――――。
「うん?」
気付いた。
それは、首の無くなった猪狂族の側で刀を振るった時。
同じ様に首に刃を当て、肉に滑り込ませていくと、既に絶命した猪狂族の肩にぶち当たる。
多少の筋肉や骨の抵抗はあったものの、すぱりと斬れる。
だが、斬れたか斬れていないかが重要ではない。
殆ど同じ背丈をしている、というか、同じ背丈しかしていない猪狂族に身長差があるのはおかしい。
「こいつだけ……か?」
いや、違う。
何度も何度も、刃が肩にぶつかる。
そして、どんどん小さくなっていく。
「縮んでる……けど、何でだ?
ルシオ、何か感じないか?」
《再生している風ですね。
欠損した身体を補うように、少しずつ補強していく。
そんな感じだと思います》
あ、口で喋らなくなった……。
さっき話してたのは、真剣な話だと分かったからか。
まあ、困ることは無いが。
「再生、か。
そんなんじゃ、らちが明かないよな。
首を跳ねてるから、大丈夫かと思ったんだけどなぁ……」
《その首から、もしくは身体から再生しているのであれば、倒すことは可能ですよ。
再生不可能なまでの傷を負わせれば良いのです》
「再生不可能か。
一体一体にそんな魔力使ってたら、全滅させられ無いんじゃないか?」
《工夫ですよ。
前に再現した吐息を、魔力消費を少なくして複数使用するなど、やれることは沢山あります》
「そうか……、そうだな!
そうしようか!」
アインは、地面と垂直に身体を真っ直ぐにする。
そして、足の裏に溜め込んだ空気圧を解き放ち、上に飛翔する。
その間もアインはルシオと会話をしながら、吐息の再現の開始を決める。
「この村ごと焼き尽くす。
異論はあるか?」
《はい、賛成です。
では、再現を開始しますので、少し村から離れて下さいね》
キィィィィンという音が、またしてもアインの耳に入る。
すると、前に再現した時よりも更に大きい赤い魔方陣が六つ、村を囲う。
「来い、赤き炎よ!
燃えろ、焦がせ、焼き尽くせ!」
アインの言葉がトリガーとなり、それは発光する。
すると、魔方陣の中から炎が噴き出す。
それは、分け隔てなく、木造の家も、畑も、木も、猪狂族も、全てを包み込んでいく。
「全て平等に、誰か一人だけ生き残らせたりしないからな……」
パチパチと炎が上がり、火の粉が大気中を舞う。
炎が直撃した者は、焼かれ、爛れ、焦げ――――死んでいく。
その光景を見て、アインの記憶がフラッシュバックする。
「違う、俺は……何でそんなに!
うおぇっ!?」
胃の中の物が、喉までせり上がってくるようだ。
そう言えばアインはまだ、朝御飯も食べていなかった。
その為、中途半端に喉に残った胃液の臭いのみが、鼻を吹き抜ける。
それは、気持ち悪くて、不快で、どうしようもなく嫌で。
どんどん彼の心を蝕んでいく。
そんな彼の心情が投影されたのか、いつの間にか炎も歪んでいき、ぐねぐねと這いずり回るように形を変える。
「炎なんて……大っ嫌いだけど。
あの炎があって、俺は今を生きてる。
あの炎が無きゃ、俺はここにいない!
だから、俺!」
しかし、アインは自分の在り方を模索するように、何度も納得しようとする。
嫌いだけれども、こうなんだと。
こうだから、嫌いでも良いんだと。
それでも、これだけは守れと。
「――――ビビってんじゃねえぞ!」
ガクガクと震える膝に活をいれ、いつまでも過去にとらわれる自分に活をいれ。
また、新しい一歩を踏み出す。
そして、炎は、矯正されるように在るべき姿へと戻っていく。
彼の眼下には灰が生まれ、高温でガラスのように溶けた地面が広がり、生物の影は無い。
「最後の仕上げをしないとな」
多重展開されていた魔方陣がさっと消え、焼けた臭いが辺りに立ち込める。
まだ火が消えておらず、煙も立っている。
その様子を、寂しそうに目をきゅっと細くして見つめる。
「ルシオ、炎刀を」
アインが右手を前に突き出すと、それに合わせて刀が再現された。
それの柄を右手でがっと掴み、左手で鞘を掴んで刃を抜く。
そこから熱が溢れ、炎が噴き出し、紅い刀身が姿を見せる。
彼は、鞘を口に加えると、その炎刀の刃を下向きに構える。
「終わりにするぞ……。
ふうぅぅん!」
彼は、炎刀を、地面に向かって突き刺すように投げ付ける。
炎刀は破損すること無く地面に突き刺さると、その周囲を炎で飲み込んでいく。
炎刀を中心に、渦を巻くように炎の檻が完成する。
その中で、灰は炎風に呑み込まれて消え去り、炭化した木も燃え尽きる。
彼は、それをしっかりと確認すると、炎刀の再現を解除し、霧散させる。
これで完璧に、この場所と延々に湧き続ける猪狂族の驚異は、消え去った。
《アイン様、これで終わりましたかね》
「いや、終わってなんか無い。
長命族が猪狂族に変化するくらい危ない奴が、まだ残ってるだろ」
《そうでしたね。
ですが、まだここからは離れられないようです》
「まだ猪狂族が残ってるのか?》
《いいえ、自我を失った精霊がこちらに近付いているようです。
空間把握が反応していませんか?》
「え、ああ……ってどうなってるんだ?
火精霊だろうが、様子がおかしい」
アインが空間把握で感じたのは、炎に包まれて正気を失っているとしか思えない火精霊だ。
進路を全て燃やし、常に莫大な魔力を身に纏って使用しているのだから、魔力切れを起こしても問題ないはず。
そんな規格外の者に、彼はどう対処するべきかと頭を悩ませる。
「何があったのか分かんないし、この場から足を引いた方が良いんだろうけど……。
俺達に用があるみたいだな」
真っ直ぐにこちらに進んできているところを見ると、こちらの方へ対象があるのだろう。
そして、その原因が先程の炎によるものだとしたら――――
「怒ってるのか?」
激しい感情の動きは感じられるものの、それが何かまでは分からなかった。
だが、長命族と関わりがある精霊だとしたら、それはもう戦闘行為は避けられないだろう。
アインの身体は、精神は、もう疲れたと。
逃げたいと。
そんな風に、悲鳴をあげていた。
しかし――――
「俺の罪だ。
向き合うしか無いだろ!
火精霊が更に接近してくる。
その間の、後数秒という時間で魔刀を作り出し、待機する。
「うっ………来たな!」
火精霊が放つ圧倒的な熱波が、彼の全身を貫く。
だが、徐々に感覚が麻痺してきた身体だ。
痛みは直ぐにどこかへいき、相手を迎え撃つ為に集中力を高める。
「逝……け」
悠然とアインを見つめる火精霊から発せられた言葉には、異様な深みがあった。
そして、火精霊は右手をかざす。
その手のひらには魔方陣が展開され、そこから炎の巨腕が生える。
「はぁっ!」
アインは、迫る炎の巨腕を全力の剣圧で鎮火する。
その瞬間に彼は、案外簡単に消えてくれるものだな、と油断した。
その隙を待ってましたと言うように、火精霊は両手に展開された魔方陣から、炎の蛇を出現させる。
それは、獲物であるアインに向かって飛び掛かる。
腕と足に噛みつき、身体に巻き付いて中々離れない。
「こいつ、邪魔だ……!」
アインは、新たに二つの翼を再現する。
そして、計四枚になった翼の内の二枚を動かし、自分の身体を包む。
外から見れば、その様子は隙間の無い黒い球体である。
すると、一時的に酸素を消した翼の中で、炎の蛇は呆気なく鎮火する。
「これ以上……セズイ、様を……!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。
今、何か言った、よね。
ごめん、聞いてなかったんご!?」
アインは、翼の球体状態を解く。
そして、酸素を目一杯吸おうとすると、目の前にいる火精霊に驚く。
火精霊は、ギロリと瞳をアインと合わせると、口を大きく開いて魔方陣を展開した。
「危なっ!?」
間一髪、四枚羽を強引に羽ばたかせて身体を横に倒し、魔方陣より放たれる吐息を防ぐ。
そのまま、流れるように火精霊の後ろをとると、二枚の羽で拘束する。
ぎちぎちと締まる音が聞こえるが、手加減したら抜け出てしまうだろう。
力を緩めず、ぎりぎり火精霊の熱と炎が伝わらないように、距離をとる。
「邪魔……するな!」
火精霊は、怒りを露にして激しく暴れる。
しかし、翼から炎が伝わる事は無い。
その代わりに火精霊は、暴れた分だけ鋭利な翼で傷付いていく。
切り傷が増え、血を滲ませ、それでも抗う。
何を基に行動しているのかは、定かではないが。
「お前は、何で俺を狙うんだ?」
「僕は……セズイ様をお守りしなきゃならない……。
……だけど、僕は弱いから!
沢山魂喰ったお前……倒して、強くならなきゃいけないんだ!」
火精霊は、より暴れる力が強くなった。
身を捻り、筋肉を膨らませ、炎を纏い、噛み付き、色々試す。
それでも、翼は破壊されることがない。
「僕は……セズイ様の事を!」
火精霊は、いきなり苦しそうにしだした。
身体をぶるぶると震わせ、息も粗い。
いつの間にか、炎の温度も高くなっている。
どうした、と事態を確認する前に、火精霊は翼を破壊した。
「な……」
アインは、呆然とする。
自分以外の他の者に、自らの翼を破壊されるのは、ショックなのだろう。
それだけ、丈夫だと信頼していた証でもある。
しかし、過信も良くない。
それによって、アインにはまた隙が出来る。
「守る……!」
火精霊を包む炎の温度が急激に上がっていき、周りに蜃気楼を作る。
そして、アインの胸ぐらに向かって十本程の炎の矢を射出する。
彼が気付いたときには、既にそれは目の前にあった。
だから、敢えて完全には避けず、攻撃を受ける。
シュボッ、シュボボッ、と音をたてて、矢は霧散していく。
「やっぱり、このくらいの攻撃なら耐えられるか」
アインは、自分の服を見て確認する。
火の矢が当たった後に、穴等が開いていないかを。
しかし、傷はともかく、ホコリや汚れさえ見付からない。
防御面に関して、彼は安心した。
「ううぅぅぅぅ……。
うあぁぁぁぁ!」
しかし、アインが火の矢に気をとられている隙に、火精霊は既に何かをし始めていたようだ。
火精霊は、雄叫びをあげて炎にどんどん埋もれていく。
最後には、その身体のシルエットさえおぼろ気になる。
「グアァ、グアァ、グアルゥゥ……」
その様子は、獣のようになってしまっていた。
角は、より高温で厚い炎を纏って渦を巻く回数が増え、大きな火だるまの中にその者一人がいるようだ。
喉から絞り出す唸り声は、警戒の色が強く出ている。
その中でアインは、空気が読めない事を装う。
「俺なんか倒しても、強くはならないぞ。
むしろ、時間の無駄だし、変なとこで命散らしたくないだろ?」
アインは、下手な作り笑顔と作ったテンションで、大根役者の如くなりきる。
なんで俺はこんなことをしているのだろう、と思った瞬間もあっただろう。
だが、これは命の取引だと理解しなけれならない。
そのため、笑わなければいけないという風に、ぎこちなく笑うのだ。
「グアルゥゥア!」
火精霊は、顔をななめ上に傾けて、その口から炎を吐く。
それは、大気に波紋を生み出し、放射状に広がっていく。
一つ一つの炎の輪が地面を焼き、アインの背丈を越えるほどまでに成長していく。
「あっつう!?」
輪からこぼれ落ちた紅の雨が、乾いた地面に打ち付ける。
それは、火の粉など比にならない程の物であり、炎が地面に触れる度、勢いよく焦げていく音が聞こえる。
流石のアインも、このままではまずいと考える。
「ルシオ、お前ならどうする?」






