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26話 「怒鬼(オーガ)」

(駄目……。

 ……このままだと、心が壊れてしまう)


 ウルリーカは、粉砕された骸を踏み越えながら走っていく。

 一歩、一歩、と前に踏み出す度に、彼女を中心として半径五メートル程の範囲にいる骸が地面に伏す。

 音を発てる暇などない。

 その空間に働く重力は、時間差など無しに彼女以外の者に猛威を振るう。


「待って下さい!」


 ノクティスが、必死な声でそう呼んでくる。

 だが、彼女には止まることなど出来やしなかった。

 

(……ごめんなさい。

 出来ない……の。

 ……だって、怒っているのに泣いている……から。

 壊れてしまう……。

 壊れてしまう……から!)


 どちらを選ぶと言われたら、それは命の関わる方であろう。

 これが、ノクティスに待てと言われても止まれなかった理由だ。

 罪悪感に胸がざわつきながらも、なんとか振り切って心の主の下へと向かう。


(後もう少し……もう少しで!)


 段々と、心から発せられる悲痛の叫びが大きくなってくる。

 声にならないほど――――いや、身体は支配されているのか?

 だがしかし、心の声でも助けてとは声をあげていなかった。

 ただ、苦しいと。

 それと悲しさが混じった感情が、心の叫びと一緒に胸に入ってくる。


「ウルちゃん、危ないヨォ!」


 急に、空から伸びてきた蔦がウルリーカを絡めとる。

 そして、それは遥か上空まで運ばれる。

 えっとウルリーカが周りを見ると、蔦の絨毯(じゅうたん)のような物にリビアは座っていた。


「下を見てみなヨォ?」


 言われるがままにウルリーカが地上を見下ろすと、丁度大鬼族が真下へと走って近づいてきていた。

 あのままいたら、交戦することになっていただろう。

 なるべくなら、あの心の問題を解決させて自由にしてあげたい。

 それなら、きっと戦おうとはしないハズなのだ。


「……やっぱり私……行かなきゃ駄目。

 ……それが、私の役割だから」


 ウルリーカは、手に持った細剣で自分に絡まる蔦を切り落とす。

 そして、重力に身を任せて下へと落下していく。

 当然、その下にはさっきの大鬼族がいて。

 彼女は細剣を右手でしっかりと握り、反対の手で能力を細かく制御する。

 すると、物凄い速さで垂直に下降し、大鬼族のソルムグと接触した。


 ガキイィィィィィィン!

 金属が打ち合う音が聞こえるが、ソルムグは武器を使用していない。

 ウルリーカは、額に汗を浮かべながら何とかその細剣をソルムグの肩に突き刺そうとする。

 しかし、あまりに硬いその身体そのものが鎧となり、刃を受け付けない程にまでなっていた。


 ソルムグは細剣を受け止めて掴み、自らの身体を軸としてそのままぐるぐると回転する。

 遠心力とは別に、ソルムグの強引な力が更に加速を促す。


「……くうぅ、んあっ!」


 ウルリーカは剣を細かく振動させ、ソルムグの手から細剣を離す。

 そのままバックステップして間合いを取る。

 そして、後ろに下がる勢いと重力を剣に掛けて真一文字に空間を斬った。

 その斬撃は、速さなど全く無視したようにソルムグに衝突した。

 しかし、またしても鋼鉄の筋肉に弾かれてしまった。

 

「はあぁっ、はあぁっ、はあぁっ……。

 ……超音速衝撃波(ソニックブーム)が弾かれるなんて、どんな身体をしてるの……」

 

 ウルリーカは、乱れた呼吸を整えながらソルムグの鉄壁性について疑問を呈していた。

 

(あれは、能力による硬化……。

 だから、能力を解除させれば私達の勝ち。

 ……恐らく、あの心の不安定さもそこから来てる。

 全部それで解決!!


 ……だけど、なるべくなら傷付けたくない。

 師匠様なら…………一体、どうしたでしょうか?)


 戦場では、一瞬の油断が命取りとなる。

 その言葉のままに、ウルリーカは思考を重ねている間にソルムグの豪腕に捕まれた。

 両腕でしっかりと捕らえられているため、抜け出すことは不可能に近かった。


「うがぁ、ううぅ……」


 ソルムグは獣のように唸り声をあげ、ウルリーカを握る手に力を込める。

 ギリギリと音を出してしまっていく度、ウルリーカの表情は苦痛に満ちていく。


「いあっ……やめてっ!」


 ウルリーカは声を張り出そうと身体に力を込めるが、段々と力を増すソルムグの手に敵うことはない。

 締め付けが余計に強くなり、かえって呼吸をするのが辛くなっていく。

 そして、ふとした拍子でフードが外れる。


「はあっ……!?」


 露になったのは、日の光を浴びてキラキラと輝く銀髪。

 紅の瞳はその魅力をよりいっそう引き立て、風になびく度に異次元の美しさを際立たせる。

 そして、彼女は苦しみだした。


「あうっ……光は、光だけは……」


 ソルムグに締め付けられているとのは別に、彼女は苦痛に顔を歪めた。

 額からは脂汗が出、カタカタと痙攣(けいれん)もしだした。

 明らかに弱っているのが見てとれる。

 そんな様子は気にせず、ソルムグは血管をさらに浮き立たせていく。


 そこへ、ようやくノクティスが追い付いた。

 彼の黒衣は骨粉で白く染まっており、手に持つナイフもボロボロだった。

 そして、不思議そうにソルムグを下から覗きこむようにして見つめる。


「ほう……あなたが、ねぇ。

 なるほどなるほど。

 つまり貴方は、ウルリーカさんより強いのでしょうか?」


 楽しそうに話しながら、ノクティスはソルムグにナイフを向ける。

 さっとそれを扇状に広げるが、重なっている部分も同様にボロボロだった。

 それでも何ともないというのか、見向きもせずに指をナイフの柄の下にあるベルトに引っ掻けるための輪っかに入れて、ナイフをくるくると旋回させる。

 

「面白いですねぇ~。

 実に面白い!

 ウルリーカさん程の実力者はそういないと思いますが、貴方はそれを上回ると。

 なんて素敵な勘違いなんでしょうかねぇ!

 フフッ、フハハハハハッ!」


 犬歯を覗かせながら、ノクティスは豪快に笑う。

 それに腹がたったのか、ソルムグはウルリーカを放り投げてノクティスに拳を繰り出す。

 ノクティスは動じる様子もなく、ぴとっとソルムグの拳に人差し指をつける。


「フッ、貴方はもう負けたも同然。

 さっさと敗けを認めては?

 無闇に命を奪わないのもルシオ様との約束ではありますが、敵意を示し続ける場合はそれもいといませんから。

 死(デッド)、オア、降参(サレンダー)?」

 

 端的に、最後の情けとばかりに二卓の問いを投げ掛ける。

 その言葉からは、信じられないほどの殺気が満ち溢れていた。


 そして、ようやく立ち上がったウルリーカは、ノクティスが背の向く方向を見て愕然とした。

 延々と続く真っ白な道。

 それは、骸達の成れの果てだった。

 その残骸は、ただの血や肉より数倍死を生々しく感じる。


「おお、ウルリーカさん。

 丁度この者と話していたところなんですがね、どうも自分がウルリーカさんより強いと勘違いをしているようで。

 少ーし現実を見せてあげる事にしました。

 降参しないところを見るに、死を選んだようですし、ね」


「待っ……」


 ノクティスは、ウルリーカが止めるよりも早くソルムグに斬りかかった。

 扇状のナイフを立て、ソルムグの脳天から突き刺そうとする。

 しかし、火花を散らしてその勢いは横に散った。

 ノクティスはそれを受けて、予想以上に硬かったのか少し驚いた顔をした。


 だが、それは一瞬だ。

 直ぐに気を取り直して、次の一手を考える。


「ほぉう。

 少しはやるようですが、まーだまだ。

 ただ皮膚を硬くするだけでは、有効な戦い方が模索不可能。

 動きの無駄が大きく、次の動作を予感させる程の大振りが邪魔ですね。

 どれ、手本を見せてあげますから、よぉーく刮目しなさい!」


 ノクティスはソルムグの後方に回ると、腹の横の辺りにナイフを突き立てる。

 が、同じく金属のような感触が手に戻ってくる。


「やはり、ですね」


 次にノクティスは、ナイフをブーメランのように放った。

 しかし、良くその手元を見れば、そこにはまだナイフが握られていた。

 放られたはずのナイフは、一つ一つのナイフが連結するようにしているため、伸ばすために遠くまで飛ばされていただけだったのだ。


「これなら、どうですか?」


 鞭のように両手に握られた連結ナイフをうならせ、二つの不定形な刃の集まりが獲物を貪る獣の牙のよう。

 ノクティスが手元をしゅっと交差させれば、それは牙を剥いてソルムグに襲い掛かる。

 ギリギリとギロチンに挟まれたような音が響き、火花を散らす皮膚も徐々に削られていく。


「愉快愉快。

 えぐみをとらねば、山菜は食べれませんから。

 それと同義!」


 しゃっと手首のスナップを利かせて手を引くと、それに付いてくるようにナイフは手元へと戻る。

 そして、元のナイフの形になった。

 ノクティスはタンッ、タンッ、とナイフの側面で左手を叩き、挑発的な笑みをソルムグに送る。


 怒り。

 彼の身体を支配する感情が、完全にノクティスを敵だと認識した。

 そして、身体から赤い闘気(オーラ)を発する。

 次に瞼を開いた時には、ノクティスの眼前にソルムグが迫っていた。


「どうやら私は、相手を怒らす事が得意なようで。

 フフッ、フフフフフ。

 また私は新たな発見をしてしまった!」


 負けじとノクティスの鋭い眼光がソルムグを捉え、交差(クロス)させたナイフで彼の連撃を防ごうとする。

 が、刹那に十以上の拳を打ち付けてくる豪腕の攻撃には、ナイフは耐えることが出来なかった。

 バキイィンと両方のナイフの穂先が吹き飛び、宙で回転しながら地面に刺さった。


「これも年季ですかね!」


 尚、まだソルムグの嵐のような連撃は止まる気配が無かった。

 ノクティスは少しずつ後方に押され、表情にも余裕が無くなってきた。

 そして、遂にナイフの刃が全て破壊された。

 

「うがぁぁぁぁ!」


 ソルムグは勝ち誇った顔でノクティスを見下ろし、両手を握って下に振り下ろした。

 豪、と砂嵐が起きたかのような風が地面の砂をすくいとる。

 ノクティスはかすっただけでも、その威力に巻き込まれたら危なかった。

 だが、もうもうと立ち込める土煙が晴れると、そこに彼は涼しげな顔で立っていた。

 手に持つ極才色のナイフをソルムグの拳に当てて。

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