27話 「人狼族との廻遇」
「ああ~あぁ。
もっと楽しんでいたかったのですけど、仕方がありませんねぇ?
なにせ、あの玩具を壊されてしまったのですから」
ノクティスは少し残念そうに溜め息を吐き、視線を手元に落として極彩色のナイフを様々な角度から眺める。
見る角度によって違う輝きをもたらすそれは、まるでアインの――――
「ソルムグ!」
突如、風を纏う何者かの存在が、ソルムグとノクティスの二人を直線で結んだ間に入った。
ノクティスはそれが迫っていた事に気付かなかったようで、それが来た瞬間に身構えた。
土煙で姿は捉えられないが、それの正体を確かめようとする。
「名を名乗りなさい!」
「俺様か?
俺様ァ……フェンネル。
人狼族、最後の一人なァんて事にもなっていやがァんな」
人狼族のフェンネルと名乗るその者は男だろうか、煙が晴れるにつれて、その姿形は明らかになってくる。
ソルムグと同じ程の身長で、茶色の体毛に身体が包まれている。
そして、背には身長より大きい片刃の双斧を背負う。
身体のあちこちには大きな爪痕があり、両腕を覆うように包帯がぐるぐると巻かれていた。
体格が良く、体毛の上からでも分かるその引き締まった身体が、日々の鍛練の厳しさを物語る。
「最後の一人?
人狼族なら、まだ少なからずは生存していたはず…………でしたが。
もしかして、巨人ですか?」
コクッ。
ソルムグの両腕を自分の両腕で掴んでねじりながら、フェンネルはゆっくりとこちらを向いて、頷いた。
その顔は獣そのままで、光の辺り具合からか金色の瞳が一層威圧的に見える。
「俺様達人狼族はァ、本来集団行動なァんざ面倒くさくてしねェ。
だけど、人狼族全体で年増の者が多くなっちまいやがったから、仕方なく集落を作ったんだ。
それが裏目に出たみたいでよォ。
その日の狩り当番だった俺様が少ゥし狩りをしている間に、集落があった場所がまるごと更地になりやがった。
それと、近くにあったはずのコイツ――――ソルムグ達の集落も無かった」
「ほう?」
「それで俺様ァ、俺以外の生き残りがいねェか必死に探してたんだ。
そして、何年も探し続けてようやく見ィっけたのが、こいつってェわけだな」
ノクティスは右腕で頬杖をつき、反対の手で肘を押さえてむぅ……と唸る。
ソルムグの処分について考えているのだろう。
(フェンネルの知り合いがソルムグしかいないのであれば、彼を庇う事は十分にあり得る…………が、そうなると二人を相手取らなければならなくなる。
別に私はフェンネルと殺ること事態は良いですが、ルシオ様が悲しまれるでしょう。
しかし、ソルムグはこのまま放置していていいような者ではない。
全く、とんだ厄介者が現れたものですね……)
「……ねえ。
何で……ソルムグはそんなに怒ってる……の?」
ノクティスがめんどくさそうに息を吐き、ふっと顔をあげると、フードを被ったウルリーカがソルムグに話し掛けていた。
フェンネルが両腕を押さえているとは言っても、いつ暴れ出すか分からないソルムグに近付き、ましてや話しかけるのは危険だ。
とても正気の沙汰とは思えないが、彼女にはそれを危険だと思わないほどの実力があるのだろうと考え、ノクティスは勝手に満足して止めない。
しかし、止める者は他にもいた。
「おいおいガキんちょ、それはやめといた方がァ良いぜェ?
コイツがこうなってるときゃァ、俺でも手ェ出したくねェくらいだかんなァ。
なにせ、物事の判別がつかねェみたいでよォ。
この能力を使っている間は、なァ」
これまでフェンネルは、キラリと輝く犬歯を覗かせて無理矢理流暢に話していたのだが、ソルムグの能力について触れた途端に顔がひきつった。
そこに何かあるというのが伺えるが、誰もそこに踏みいる度胸は無い。
それほどまでに、彼の全てがその話題に嫌悪感を抱いているように見える。
しかし、ノクティスにはそんなことなど関係なかった。
全てはルシオとの約束を果たすため、迅速に最適な行動をする。
それを成すには、その場その場の空気など読んでいては回りに回る遠回りになる。
そこまで判断した上で、彼はそっと口を開いた。
「そこまであなたが快く思わない、彼が持つ――――その能力とは?」
「ケッ、それを聞きやがんのか。
普通今の流れだったら――――って、俺様が言える事じゃァねェな」
フェンネルは、どこか遠い目を、この場所では無いどこかを見つめている目をする。
何を言いたいのかは悔しくも理解出来ないが、それでも伝わってくるものがある。
それは、寂しさだ。
それが、近いようで遠い心の距離を感じる理由だ。
「まァいいけどよ。
言って良いのか分かんねェが、コイツの能力は『怒鬼招来』。
本人曰く、<怒り>の感情が高ぶった瞬間、能力に身体が乗っ取られんだとよ。
そんで、その時の記憶はねェと。
全く不便なもんだよなァ……」
フェンネルはソルムグを見やり、哀れむように目を閉じた。
そのまま顔の向きをノクティスの方へ戻すと、ゆっくりと目を見開く。
そして、問いを投げ掛ける。
「で、てめェは俺様の敵か?
それとも、見ず知らずのただの通行人か?
答えやがれ」
獲物を見るような鋭い眼光が、異様に殺気立つその視線が、ノクティスを正面から貫く。
通常の精神であれば、立っている事すらままならないほどの圧力の中、やはりノクティスは平然と立っている。
そして、道化のような笑顔を浮かべ、質問を質問で返す。
「なんだって、そんな質問をするのでしょう?
ちなみに、仲間であるという選択肢が無いことに関して私は触れません。
その上で言うならば、私は――――赤の他人、でしょうかね」
「そうか、所詮はその程度って事だわなァ。
だけど、そうした理由は言えっか?
言えねェってのなら、てめェは自分の事すら理解してねェガキってこった」
「勿論言えますよ。
それは、貴方に関わりたいと言う意思が無くとも、貴方に出会った。
しかも、私用以外で、です。
つまり、今この状況を除けば、赤の他人と言ってもそれは過言では無い筈です」
これは、殆どノクティスの思うこと――――即ち、仮説だ。
正しいかどうかなんて定かではない。
ただし、少なくとも言う程の価値があるものなのだ。
それを、ありのままを、伝えただけ。
脚色などない。
「中々理屈っぽい奴だなァ、おめェ。
まァいい。
おめェが何かを伝えてェって事は分かった。
で、コイツと殺り合ってた理由は?」
フェンネルは、哲学にも似た、回答者によって答えが変化するような疑問を口にした事を後悔する。
それと同時に、心のどこかでそれの事を納得した。
そして、自身が止めに入った事の原因――――争いを行っていた理由を聞く。
「それは、私の障害となり得て、失せぬ敵意があったから、です」
ただ淡々と気持ちを述べる様は、清々しさも感じる。
それと、静かでありながら、確かな殺気も。
「あァそうか。
つう事は、おめェは俺様達の敵じゃァねェんだな?」
それに気付いているのか、いないのか。
どちらにせよ、フェンネルがそれを気にする様子が無いのは確認できる。
「フッ、それは分かりませんよ?
今は貴方にとって敵では無くとも、数分後には敵になるかもしれません。
少なくとも、今は貴方と敵対する事は考えていませんが、ね」
ノクティスはふっと含み笑いをする。
そして、胸の内を全て晒した、と言わんばかりに腕を大きく広げる。
「へっ、そりゃそうだわなァ。
そしたら、手伝って貰いてェ事があんだが少し良いか?」
「戦場で相手に助力を求めるとは、生き恥を晒すようなもの!
ですが……。
まあ、家族や友を失ったせめてもの情けです。
聞いてあげるとしましょう」
「生き恥を晒すかァ……。
コイツの為なら、それもまた良いかもなァ。
んで、手伝って貰いてェのは、コイツの意識を元に戻すこと。
能力を使っているまんま、自我を保たせる事だ」
「ほう?
で、それは何をどうすればよろしいのですか?」
「仮にも名前に鬼って付いていやがるくらいだ。
コイツの頭に生えてる一本角に衝撃を与えたら、何か戻りそうじゃねェか?
俺様の力加減じゃあ折っちまうかも分かんねェから、今まで試したことはねェけどよ。
どォだ、やる価値はあるんじゃねェのか?」
「なるほど、それでは折らずに衝撃を与えれば良いのですよね?」
「あァそうだ。
頼んだぜ?」
「そんなのは、私にとって造作も無いこと。
ですが、頼まれてあげますよ。
何やら面白そうですのでね!」
フェンネルは、腕を掴んでいるソルムグをざっと引っ張りノクティスの方へ近付ける。
そして、ノクティスは極才色のナイフを胸元にしまい、代わりに残していた投擲用のナイフを取り出す。
彼はナイフを指先で何度かつつき、血を滲ませてご満悦の表情だ。
「さてと、歯ぁ食い縛って下さい――ね!」
彼の持つナイフは投擲用なので、用途としては斬るより刺す物である。
その丸みを帯びた刃を、ソルムグの額から天へと伸びるようにして生えている黒き一本角に振り下ろす。
すると、ガギィィィィンという鈍い衝撃が刃に返ってきて、ナイフが激しく振動する。
ノクティスはナイフを掴んでいる手を咄嗟に離すと、そのナイフは独りでに地面の中へ潜っていく。
それほどまでの振動が手に伝わってきていたら、間違いなく手が骨折していたに違いない。
「何て硬さ……」
ノクティスは、今まで感じたことの無い強度に驚いた。
彼は手を顔の前に持ってくると、五回ほど上下に振る。
そして、手のひらを見てみると、ナイフに直接触れていた部分が赤く腫れ上がっていた。
「まさか、これほどの硬さの角が在るなんて。
下手をすれば、この強度は神之金属にも匹敵する……!」
痛痒さと、心臓が動く度にじんじんと走る電撃のような痛みを忘れ、ノクティスは拳を握る。
その手は小刻みに震えていた。
「なァ、今の程度じゃ全然足りねェぞ?
もっと力を入れろ!」
「フンッ、言われなくてもやるつもりでしたよ。
ですが、余りにもこちら側の分が悪いようです。
ここは一つ、私の仲間にやらせてみるというのはどうでしょう?」
「出来るってんなら良いぜ?
後、絶対角折るんじゃァねェぞ?
大鬼族は魔力を外部から補給するらしいんだが、その為の重要な機関が角ってェ訳らしい。
今思い出したわ」
フェンネルは頭の後ろに手を当てて、うっかりしてたとポージングする。
命に直接関わる事なのだから、一番最初に言うべき事だろう。
「今になってそれをおっしゃいますか。
ですが、そうでもおかしくない強度ですのでね……。
ウルリーカさん、お願い出来ます?」
ソルムグの後方、ノクティスから見て右斜め前でウルリーカは立っていた。
勿論フードを被り直し、抜き身の細剣を手に持って。
ノクティスの言葉に気付くと、近付いてくる。
「……ん、仕方が無いから、私がやってあげる」
ウルリーカは、ぼそぼそと聞こえずらい声だが耳元でささやく。
彼女は声自体も小さいため、音を拾うのが大変だった。
ノクティスはその事を彼女に言った覚えはないが、改善されるなら良しと何も考えない。
そして、彼女はノクティスに背を向き、ソルムグに向かって話しかける。
「……少し痛いかも」と。






