4. デモリション・マン
(地下研究室)
無数の研究員たちが慌ただしく行き交い、警備兵たちが実験室の周囲を固めていた。
その間を縫うように、バートが研究員たちを怒鳴り散らしながら発破をかけていた。
「おい、手を止めるな! さっさとあの忌々しいゴミ屑を目覚めさせろ!」
――チィン
言葉が終わるや否や、大型冷凍カプセルが起動準備を整えたかのように直立した。研究員たちは一層慌ただしく動き回り、カプセル内の生体に対する解凍シークエンスを作動させた。
シューーーーーッ――
冷気とともにハッチが開き、奴は瞳を開いた。
「YEAH……」
鼻から深く息を吸い込み、吐き出しながら姿を現した人造エイリアン、サイモン。サイモン・フェリックス。
シューッ――
常温との摩擦により、全身から濛々と白煙のような冷気が立ち込める中、サイモンは首を左右に傾けて不気味な骨の軋み音を響かせた。
ボキッ、ゴキッ――。
「サイモン〜」
バートが両腕を広げ、サイモンを抱き締めようと歩み寄った。サイモンは自身を抱きしめたバートをじっと見下ろし、彼が腕を解いた瞬間、その首元を万力のような力で掴み上げた。
「貴様、誰だ?」
ボスの首が絞め上げられるのを見て、周囲の警備兵たちが一斉にサイモンへ銃口を向けた。
「ゲ、ゲホッ……カハッ……」
バートはサイモンの腕を激しく叩きながら、もがき苦しんだ。
サイモンが一向に手を離す気配を見せないため、一人の警備兵が電磁警棒を引き抜き、サイモンの頭部目掛けて力任せに殴りつけた。だが、頭部を強打され高圧電流が奔流する中にあっても、サイモンは微動だにしなかった。むしろ首を掴まれているバートの方が電流をモロに受け、気絶寸前まで白目を剥いていた。
サイモンはバートの様子を確認すると、そのまま警備兵に向かって投げ飛ばした。
サイモンは周囲を見回しながら、ゆっくりとカプセルの台座から降り立った。
「ふぅ……今、何年だ?」
『現在時刻、223:04:78/78年エントロピー』
サイモンの問いに、メインコンピューターが機械的に応答した。
「訳が分からん……おいおい、あのスクラップが吐き散らした言葉の意味を説明できる奴はいないのか?」
一人の博士が恐る恐る前に進み出た。
「あなた方の基準で言うなら、80年です」
「80……?」
「はい。最後の銀河大戦が80年前ですから。あなたは戦争の直前に冷凍されたのですよ」
「……」
「本来なら、あの状態のまま消滅するはずでした……」
「で、今になって俺を目覚めさせた理由は?」
バートが咳き込みながら立ち上がった。
「お前にやってもらいたい仕事がある」
「?」
「その仕事を片付けてくれさえすれば、自由にしてやる」
「今、俺が自由じゃないとでも言いたげだな?」
バートの物言いに、サイモンは再びその首元を掴み上げた。警備兵たちは即座に銃口を持ち上げ、照準器のレーザーをサイモンへと向けた。
「ゲホッ、ゲホッ――」
「言ってみろ。なぜ今、俺が自由じゃないんだ?」
「ケホッ、サイモン……お前がいくら強大だろうと、中身は所詮人間だ。80年前に絶滅したな……覚えていないかもしれんが、お前が冷凍される際、その体内には実に多くのモノが注入された。その一つはお前の覚醒と同時に目覚め、今まさに血管の中を巡っている。もし俺の助けなしにここを出ようとすれば、今日のうちに特殊清掃業者を呼ぶ羽目になるぞ」
「……」
サイモンは色素の薄い白濁した瞳で、バートを冷たく見据えた。
「望みは何だ?」
「お前に取ってきてほしい『ブツ』がある」
「ブツ……『ども』か」
「そうだ、いくつかある」
「いくら今の俺がこんな有様だからといって、勘定はきっちりさせてもらうぞ。損な取引は御免だからな」
「ハハハ……心配するな、サイモン。ブツはすべて一箇所に揃っているはずだ。実質、一件の仕事と見なして構わん」
「まあ、やってみれば分かることだ」
(旅籠)
ドンドン――!
「おい! 起きろ!」
パリス、ジョンボク、ベティは折り重なるように泥のように眠りこけていた。キャリパー星の強烈な恒星光に耐え兼ね、特殊コーティングされた窓のせいで外の様子は窺えなかったが、扉を叩く音からして宿を退去すべき時間であることは明白だった。
「うぅ……」
ジョンボクが低く呻いた。
ドンドンドンドン――!
叩きつけるような音に耐え兼ね、ベティが扉を荒々しく引き開けた。扉の前には、ベティの胸元ほどの背丈しかない小柄なエイリアンが再び拳を振り上げようとしていた。
ベティはそのエイリアンの手に無造作に現金をねじ込み、言い放った。
「ほら、もう引き取って」
愛想の欠片もない口調とともに握らされた紙幣は、十分にその意図を伝えたようで、金を受け取ったエイリアンは後ずさりしながら足早に立ち去った。
「はぁ……」
「どうする気だ?」
ジョンボクが目を閉じたまま呟いた。
「あんたの方こそ言いなさいよ。どうするつもり?」
「ひとまずここを発つのが先決だろ」
「どこへ?」
「……」
「博士に会って指輪を統合して、その先は? 見当もつかないって顔ね……」
「……」
「そんな調子じゃ、私たちの協力関係も長くは持ちそうにないわね」
「……」
「まあいいわ、あのガキが起きたら相談しましょ」
ドスン! ドスン! ドスン!
先ほどとは打って変わり、今度は壁に何かが激しく打ちつけられる音で、ベティは不快そうに目を覚ました。
「はぁ……」
隣室から漏れ聞こえる喘ぎ声は、一度耳につくとより一層大きく響き渡り、ベティは観念したようにベッドから身を起こした。
部屋の中には何の気配もなかった。その時になって初めて、ベティは悟った。二人が逃げ出したのだと。ベティは自身の首元に手を這わせ、ネックレスの破片までもが消え失せていることに気づいた。
「あのクソガエル野郎……油で揚げてやる……!」
(バートの作戦室)
立体ホログラムには「沈まぬ市場」全体のリアルタイム構造図と地下換気口の逃走ルート予測、そしてダニーの現在地を示す赤い光点が点滅していた。
続いて、ダニー、シャロン、ベティの容姿プロファイルがホログラムに展開された。
「この三匹か?」
「そうだ。重要なのはこいつらじゃねえ、こいつらが持っているネックレスだ、ネックレス!」
「まあ、そんな事情は俺の知ったことじゃないがな。要はまとめて引っ立ててくればいいんだろ」
「その通りだ」
「了解した」
「よし、頼んだぞサイモン。何か必要なものはあるか?」
「2016年式のポルシェ・カレラだ」
「は? あの地球人の……?」
「そうだ。エンジンなんぞどうでもいい。ガワだ。ガワが正確に2016年式でなければならん。それと、あの4灯式のヘッドライトさえ用意してくれりゃ、望み通りに片付けてやるよ」
「あ……ああ、その……」
「用意できないとでも?」
冷や汗を流すバートの動揺をすでに見抜いたかのように、サイモンは不気味に口角を吊り上げた。
ベティは空っぽになった自身の胸元と首筋を乱暴になぞりながら、怒髪天を衝く勢いで悪態をついた。熟睡している隙にネックレスの破片を丸ごと持ち逃げされるとは、人造人間としてのキャリア史上、最悪の屈辱だった。
ベティは目元に内蔵された熱感知センサーと追跡モジュールを最大出力で駆動させた。床に微かに残されたカエルのねばつく粘液痕と、ダニー――いや、パリスの足跡の軌跡が、視界の中で赤いラインとなって伸びていた。
「精々逃げ回ることね。そのヌメヌメした皮を綺麗に剥ぎ取って、極上のカエルフライにしてやるから」
ベティは消音器付きの拳銃のグリップを握り直し、赤い光跡を追って外へと飛び出した。
同時刻、「沈まぬ市場」の入り組んだ路地裏。
シャロンという巨大な女性型機械スーツは、再起動を果たし重々しい足取りで歩を進めていた。その内部操縦席に収まったアン・ジョンボクは、パリスの小さな手を固く握り締めながら周囲を警戒していた。
「おい、パリス。ぬいぐるみはしっかり抱えとけよ。あのイカれた人造人間のお嬢さんに追いつかれたら、今度こそ文字通り終わりだからな」
パリスは返答することなく、抱きかかえたボロボロのぬいぐるみの頭を撫でるばかりだったが、ジョンボクの指示に従い機敏に人波へと身を隠した。シャロン・スーツの内部スピーカーが無機質な音声を告げた。
『博士の座標まで、残り86.2キロメートル』
「よし、路地裏を縫っていくぞ。あの博士にさえ会えれば、どうにか船を工面してこの掃き溜めのような星をおさらばできる」
ジョンボクはパリスを包み込むように庇いながら、連邦工学博士が潜伏しているという隠れ家を目指し、慎重に歩みを進めた。
ブオオオオオン――!
キャリパー-1惑星の高層ハイウェイに、この星の住人たちが耳にしたこともない異質な排気音が轟き渡った。
バートの地下倉庫の片隅に埃を被っていた古代地球の遺物。22世紀の科学技術を用いて反重力ノズルと4灯式ヘッドライトを無理やり移植した、2016年式ポルシェ・カレラだった。
サイモンはその巨躯を運転席にねじ込み、サングラスの奥の双眸で道路を睨みつけながら狂ったように疾走していた。
「YEAH――! やはりこの無骨な加速感でなくてはな!」
サイモンは80年ぶりに味わう旧世代エンジンの振動に酔いしれ、獰猛に口元を歪めた。
そして、古代の地球製マシンが吐き出す息吹を全身で味わいながら、ハイウェイを突き進んでいった。
「チッ、おい……前の車、何であんなにトロいんだ?」
「あなた、あのドライバー酔っ払ってんじゃないの……?」
「はぁ……遅すぎて話にならんぞ」
後続車がクラクションを鳴らし、威嚇のビームライトを照射した。
「何だ……風情の分からん連中め」
サイモンは歯牙にもかけず流していたが、やがて交差点で車を停めた。
すると後続車から、凶相の巨漢エイリアンが降り立ち、大股で近づいてきた。
ペッ――!
巨大な肉食エイリアンのねばつく唾液の塊が、サイモンの磨き上げられたポルシェのフロントガラスにベチャリと張り付いた。
サイモンの口元の笑みが凍りついた。
スルスル……。
サイモンは静かに運転席のパワーウィンドウを下ろした。
「おい、拭け」
サイモンは聞き取れるか否かの低い声で呟いた。
「あぁん? 何をモゴモゴ言ってやがる! でかい声で言ってみろ、あぁ?!」
窓越しにエイリアンと視線が交錯した瞬間、サイモンはハンドルを握っていた逆の腕を窓の外へと閃かせた。
グシャッ――!
サイモンの巨大な掌が、エイリアンの頭部を鷲掴みにした。次の瞬間、握力を込めただけで、熟れた果実が潰れるようにエイリアンの頭部が虚空で破裂した。飛び散った鮮血がハイウェイのアスファルトを赤く染め上げた。
「薄汚いゴミめが。拭き取りもできんような唾を吐き散らしおって」
サイモンは車を降り、後続車へと歩み寄った。助手席に座っていた女性型エイリアンは恐怖のあまり失禁し、座席を濡らしていた。
サイモンはその女を見下ろし、窓を開けるよう手招きした。
エイリアンが震える手で窓を下げると、サイモンは淡々と言い放った。
「おい、拭くものを寄越せ」
女は涙を流しながら、自分の車ではないので分からないと半狂乱で訴えた。
サイモンは小さく息を吐くと、女に車から降りるよう合図した。
その指示に従い、腰が抜けたようにふらつきながら降りてきた女の体を片手で引き寄せると、サイモンは返り血に染まった自身の腕を女の衣服で無造作に拭った。そして最後に女の胸元で掌の血糊を拭い落とすと、何事もなかったかのように再び愛車へと乗り込んだ。
その時、ハイウェイ下層の歩道を歩いていたシャロン・スーツ内のアン・ジョンボクの視界に、見覚えのあるフォルムが飛び込んできた。
「え? あれ……ポルシェじゃないか? なんでこんな掃き溜めの星にあんなモノがあるんだ?」
ジョンボクは我が目を疑った。絶滅した地球人の古代の乗り物が、道路の上を疾走しているのだ。しかも、あれほど目立つ車両であれば、追手の目を引きつける囮としてこれ以上の獲物はなかった。
ジョンボクはポルシェのリアビューを目にするや否や、何かに憑りつかれたかのように駆け寄った。
「おい! ダンナ! えらくイカした車に乗ってるじゃねえか、どこまで行くんだい?」
操縦席のジョンボクが、シャロンの外部スピーカー越しに親しげな声を投げかけた。サイモンはサングラスを指先でわずかにずらし、車外で並走する巨大な機械スーツ・シャロンと、そのスーツの手を握る人間の小僧・パリスを鋭い眼光で見据えた。
サイモンの唇に、嗜虐的な笑みが浮かんだ。
「ほう……。デートのお誘いか、お嬢さん?」
「ギャハハ! デートだと! 違いねえ、そいつはいい! ドライブがてら一緒に飛ばそうぜ!」
サイモンはポルシェを減速させ、助手席のドアを開け放った。二人はハイウェイのど真ん中で、奇怪なドライブデートを繰り広げ始めた。
しばらくの間、他愛のない会話を交わしながら流していたが、やがてシャロンがぎこちなく口を開いた。
「ところでダンナ、どこへ向かってるんだ?」
「さあな。バートとかいう豚野郎に頼まれた雑用を片付けに行くところだ。そっちは?」
シャロン・スーツの内部で、アン・ジョンボクの心臓が激しく跳ね上がった。バートの名が出た瞬間、目の前の男こそが自分たちを追う刺客であると悟ったのだ。ジョンボクは極力平静を装い、声音を整えた。
「ああ……俺たちはそこの人気のない廃車場あたりに野暮用があってね。もしよければ、あの辺りの人通りの完全に途切れた場所に下ろしてもらえないかい?」
サイモンはポルシェのブレーキを滑らかに踏み込んだ。
キィィィ――ッ。
人気が完全に途絶えた荒涼たるハイウェイの真ん中で、2016年式ポルシェ・カレラが静かに停止した。
車が止まると、重苦しい静寂が周囲を支配した。サイモンはハンドルに両手を預けたまま、サイドミラー越しにシャロン・スーツとパリスを冷静に見据えた。
「そうしてやろう」
「……助かるぜ、兄ちゃん」
シャロンが車体を離れようとしたその刹那、サイモンが低く言葉を継いだ。
「ただし」
「……?」
「持っているネックレスを、すべてその場に置いて立ち去れ」
サイモンがゆっくりと首を巡らせ、シャロン・スーツの前面レンズを射抜くように凝視した。
窓ガラスを隔て、サイモンの冷徹な白い眼球とシャロンの光学レンズが交錯し、車内外の静寂の中で張り詰めた殺気が火花を散らした。
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