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3. 野外へ

「大きな市場へ行くわよ! ついてきなさい!」


ベティはダニーとシャロンを率いて駆け抜けた。


最後の路地を左に曲がった瞬間、市場の目抜き通りが姿を現した。


そこはキャリパー-1惑星が誇る文化の一つ、「沈まぬ市場」だった。一瞬たりとも休むことなく、全宇宙のあらゆる品々がこの市場で買い手と巡り会う。


この市場では生きた生命体はもちろんのこと、時折、地球人のような絶滅した宇宙人すら売り買いされる場所として悪名高かった。


ベティは息を切らすシャロンを背に、何かを探すように視線を左右へ走らせた。


やがて目当てのものを見つけたのか、明かりの消えた建物の中へと飛び込んだ。


そこは小さな飲食店で、客の姿はなかった。


「誰じゃ……?」


厨房から年老いたエイリアンが姿を現した。


「バブルムーンを飲みに来たのよ」


「飲んでいくんかい?」


「ええ。静かに話せる場所を探してたの」


「ふむ……。3階へ上がりな。持って行ってやるから」


(3階 テーブル席)


「さて、まずは自己紹介でもしましょうか。私はブルー・ベティ。ベティって呼んでちょうだい。見れば分かると思うけど、人造人間よ」


「……」


誰も口を開かないのを見て、ベティが話を促した。


「おい、そこの人間の坊や。あんたの名前は……ダニーで合ってるわよね?」


「……」


「まあ、話したくないなら無理強いはしないけど。じゃあ、お次は胸が三つあるお嬢さ……」


「パリス」


ダニーが静かに口を開いた。


「え?」


「ダニーじゃない。パリスだ」


「ああ……パリス。よろしくね、パリス」


続いてシャロンが重い口を開いた。


「私は任務遂行中である」


アナーキー99の時とは異なり、無機質な機械音で厳粛な空気を漂わせるシャロンに、ベティは気圧され気味に応じた。


「あはは……そこまで堅苦しくならなくても……」


ベティの言葉が終わるか終わらないかのうちに、シャロンは左のこめかみあたりの髪を突然、ブチブチと音を立てて引きちぎった。


「ひぃっ――!?」


パリスとベティは驚愕のあまり互いに抱き合った。


シャロンは引きちぎったこめかみの部分に手のひらを当て、奇妙な電子音を発した。


―― PROCESS DOWN ――


シャロンの真ん中の胸から、異様な物体がドロッと勢いよく飛び出した。


パリスとベティはその光景に吐き気を催し、咄嗟に手で口を覆った。


飛び出した物体はぶよぶよとしており、生を宿しているかのように蠢いていた。


「ひぃっ……な、何よ……これ……」


ベティはその奇怪な物体を警戒し、戦闘態勢を取った。


「ったく……尾てい骨がいかれたかと思ったぜ……」


そのぶよぶよした物体は身を震わせ、しゃがれた声とともに手足を広げた。


「なーんだ、ヒキガエルじゃない」


「あぁん?! ヒキガエルだと?! おい、俺はカエルだ! あの汚らわしいツラの種族と一緒にするんじゃねえ!」


シャロンという巨大な機械スーツの胸元から飛び出したぬめぬめした緑色のカエルが、飛び跳ねながら怒鳴り散らした。


ベティとパリスは、床の上で肩を怒らせるカエルを呆然と見下ろした。シャロンの機械の肉体は動力を失い、ラウンジの隅で糸の切れた人形のように崩れ落ちていた。


「手を引っ込めな、人造人間のお嬢さん。俺様の名はアン・ジョンボク。モニタ特殊工作隊所属のエリートパイロット様だ」


「アン……ジョンボク? 宇宙にそんな野暮ったい名前があるの?」


「あぁ?! 文句あんのか!」


「えぇ……」


ちょうどその時、店主がバブルムーンを三つ乗せた盆を持って現れた。


「おや? 別嬪なお嬢さんがもう一人いたと思ったんじゃが、妙なぬめぬめしたのが一匹おるな」


「おい、妙なのじゃなくてカエルだ! カエル!」


ジョンボクがわめくのを余所に、店主は卓上に三つのグラスを置くと再び階下へと降りていった。


ジョンボクはねばつく舌で卓上のバブルムーンを器用に一杯舐め取ると、深い溜息をつき、真顔になって口を開いた。


「まあとにかくだ……知っての通り、今の宇宙は度重なる大戦を経てもなお、さらなる利益を貪るために誰もが血眼で強大な力を探し求めている。その中で最も宇宙の始原的な力に近いと噂されているのが、このギュゲスの指輪だ」


ベティは胸元で光るネックレスの破片を弄びながら、興味深そうに尋ねた。


「へぇ……。でも、具体的にどんな能力があるから、全宇宙がそこまで血眼になってるわけ?」


「ギュゲスの指輪はただの宝じゃねえ。完成した指輪は『存在の完全なる隠蔽』や『空間認知の再構築』をもたらす……なんて噂はあるが、実際の能力は誰も知らん。太古の昔から存在する遺物だ、正確に把握している者など現存しないのさ」


ジョンボクは苦々しい表情で付け加えた。


「あのボスのバートの野郎が価値をどこまで理解していたかは知らんが、跳ね上がる賞金首の額面を見てタダモノじゃないと踏んだんだろうな。だがお前、これが三つの破片に分かれていることは知ってるのか?」


「……」


「フン、気づいてはいたか。で、残りの一つはどうする? また探す気か?」


「いいえ、その必要はないわ」


「は? どこにあるってんだ?」


ベティは静かにパリスの首元を見つめた。


「あっ」


「はぁ……。誰が持っていようと、三つのうち二つを俺たちが手元に置いている現状、安全な場所へ逃げ延びた後でどう分配するか決めるのが筋ってもんだろ。どうだ、異論はあるか?」


アン・ジョンボクの言葉に、誰も返答しなかった。


「いずれにせよ、まずはこの星を脱出するのが先決だ。まともな組織なら、この獲物をみすみす諦めるはずがないからな」


(同時刻、荒れ果てたアナーキー99 2階VIPラウンジ)


「うあああっ……血だ、早く血を持ってこい! 早くしろ!」


破片にまみれて血だらけになり、床を這いずるバートは、部下が差し出した応急再生アンプルを自身の首筋へ乱暴に突き刺していた。薬剤が注入されるや否や、奇怪な悲鳴とともに皮膚が泡立ち、裂けた傷口が不気味な音を立てて塞がっていった。


「ボス! ご無事ですか! 警備隊がクラブの周囲を封鎖し始めました!」


バートは傍らにいた部下の胸倉を掴み上げ、血走った眼球を剥き出しにして怒声を浴びせた。


「あのクソ野郎どもめ……俺の指輪を……俺のギュゲスの指輪を! よくもあのドブネズミどもが……!!」


十年心血を注いで育て上げた人間兵器パリス、そして生涯を捧げてかき集めたギュゲスの指輪の破片二つを、一日のうちにすべて強奪されたのだ。


「クソが! 今すぐ俺のNASを持ってこい!」


「は、はいっ!」


NASとは高度に発達した戦術用特殊コンピューターの一種であり、遥かな未来においても滅多にお目にかかれない代物だった。全宇宙にその名を轟かせるバートだからこそ所持を許された超機密装備である。


バートは部下が運んできたNASの端末へ自身の眼球を押し当てた。端末が網膜を認証し、「ロック解除」の電子音声が響くと同時に、バートは叫んだ。


「サイモンを目覚めさせろ!」


【WARNING:サイモン 解凍シークエンス開始】


「ボ、ボス! 惑星管理局に封印された戦闘用人造人間を起動させれば、俺たちのシマごと消し飛びます!」


「黙れ! 指輪さえ取り戻せば、こんな星など丸ごと買い取れば済む話だ!」


バートは狂気に歪んだ笑みを浮かべ、コマンドを打ち込んだ。


「ターゲットは地球人のパリス、人造人間のベティ、そしてモニタ族の残党だ! 発見次第、四肢を引き裂いて指輪だけを回収しろ!」


(カフェ 3階)


「さて、お前らこれからどう動くつもりだ?」


アン・ジョンボクは余裕の笑みを浮かべ、残る二人をじっと見据えた。


「ぷっ……」


ベティが吹き出すと、アン・ジョンボクは即座に反応した。


「笑い事じゃねえぞ……まあ、笑いたくなる気持ちも分からんではないがな。今は少し真面目に……」


「プハハッ……アハハハハ!」


口元を押さえて堪えようとしていたベティだったが、堪えきれずに大爆笑を響かせた。


「あはは、おかしすぎるわ!」


「事の重大さが分かってんのか!?」


大笑いするベティを前に、アン・ジョンボクは座り直した。


「いやぁ、あんたを馬鹿にしてるわけじゃないのよ。でも状況を見てみなさいよ。あんたが私たちに従う側でしょ? こっちは三分の二を持ってるのよ?」


「だから何だ?」


「だからって何よ。ならあんたが私たちの言うことを聞くのが筋でしょ。何で自分がリーダー面して仕切ろうとしてるわけ? おかしくない、カエルさん?」


「……で、どうする気なんだよ」


「ようやく話が通じるようになったわね」


ベティは冷めたバブルムーンを一口啜り、言葉を続けた。


「まずはクラディアへ行くわ」


「クラディアだと?! 銀河の反対側にある、あのクラディアか?!」


「当然でしょ」


「正気か! ここからあの宙域の近くへ行くだけでも、最低限、宇宙連邦クラスの超大型艦が必要になるんだぞ!」


「そうね」


「ってことは、連邦軍の軍艦を盗む気か?!」


「まあ……他に手がないなら?」


「くそっ……完全にイカれてやがる。頭のネジが全部吹き飛んでるぞ。アップデートの足りてねえ人工知能だな」


ジョンボクは諦めたように天井を仰いだ。


「ここに博士がいるのよ」


ベティは会話が一区切りついたのを見て足を組み直すと、バッグからライターと煙草を取り出して火をつけた。ジョンボクと同じように天井を見上げ、深く吸い込んだ煙を吐き出しながら呟いた。


「……?」


「元・宇宙連邦の工学博士よ。問題を起こしてクビになったんだけど……その人が都合よくこの星にいるのよね」


「どんな……問題でだ?」


「さあね……倫理的な問題、とか?」


第3話の翻訳が完了しました。続けて第4話の翻訳に進みますか?

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