2. ストリップショー
「ムンツメタルを混ぜると……強烈すぎるんだよ……」
酔っ払った一人のエイリアンが、通りを千鳥足で歩いていた。
「ちょっと、そこのお兄さん」
酔ったエイリアンが声に顔を上げると、人間の姿をしたコンパニオンが目の前に立っていた。
「なんだ……上玉じゃねえか! いくらだ!?」
コンパニオンは何も言わず、酔ったエイリアンを上から下まで値踏みするように見つめた後、口を開いた。
「ここにあるアナーキー99って知ってる?」
「あ? アナーキー99? 当たり前だろ! 俺を誰だと思ってんだ?」
「知るわけないでしょ」
「ククッ……俺様はだな、そのアナーキー99の幹部様なんだよ!」
「へえ……。私、そこに用があるの。一緒に行かない?」
エイリアンは緩んだ焦点を合わせ直し、はっきりとした口調で問い返した。
「お前がなんで? 何の用があるってんだ?」
「私の名前はシャロン。モニタ星のXZX染色体。これだけで十分かしら?」
宇宙規模の事故を除けば、異星人たちの間には語り継がれるいくつかの大事件が存在する。その代表格として挙げられるのが「モニタ星大戦争」だった。モニタ星人たちは自らを気高き生命体と称し、他種族を見下し傲慢に振る舞うことで悪名高かった。周辺種族から反感を買い続けていたモニタ族はある時、他惑星からの旅行者を暴行する事件を起こす。そのうち数名が集団暴行により死亡したことでついに戦争へと発展し、結果としてモニタ族の母星は宇宙から消滅、生き残ったモニタ族は散り散りになって宇宙を彷徨うこととなった。
自らをモニタ族だと名乗る女を凝視していたエイリアンは、突如として大笑いした。
「ギャハハハ! お前があの狂人種族、モニタ族だって? 言動を見る限り、あながち嘘でもなさそうだな。もし本当にお前がモニタの女なら、うちのクラブはもっと繁盛するぜ。だがな、嘘だったら、その肉体は警備のエイリアンどもの栄養補給として放り込んでやるから、そのつもりでいろよ」
「無駄口叩いてないで、さっさと案内して」
(アナーキー99 入口の路地)
派手なネオンサインと、宇宙の虫どもが互いを引き裂き合う音が時折響く路地の突き当たりに、アナーキー99は佇んでいた。そこには足の踏み場もないほど様々な異星種族が長蛇の列をなしており、モニタ族の女は先を歩くエイリアンの後を追い、人波をかき分けながら前へと進んだ。
「ドラグ様。いかがなさいましたか」
門番が入場者たちを照らし、身元を確認しながら言った。
「中にボスはいるか?」
「ええ、いらっしゃいますよ。ですが、いま取り込み中のはずです」
「何か面白いことでもやってんのか?」
「あー……そういうわけではなさそうでして。何か問題が起きたようです」
「あ? 問題だと?」
「そこまでは私にも分かりかねます。とにかく、何やら慌ただしい様子でして」
「そうかい。とりあえず分かった。後ろのこいつと一緒に先に入らせてもらうぞ!」
「どうぞ、お通りください」
門番が脇に退き、二人の侵入を許した。入口は三重構造になっており、二つの扉をくぐり抜けると喧騒に満ちたフロアが姿を現した。
三重の扉を越えた途端、鼓膜を裂くような重低音のビートと、異星人たちの熱気に満ちた歓声が全身を打ち据えた。
クラブ・アナーキー99の中央ステージ。そこでは四本の腕を持つ異星人の踊り子が宙吊りのリングにしがみつき、奇怪かつ妖艶な身のこなしで衣服を一枚ずつ脱ぎ捨てるストリップショーの真っ最中だった。客席を埋め尽くす泥状の液体生命体や巨大なハサミを持つエイリアンたちが、唾液や汚物を滴らせながら狂ったように歓声を上げていた。
ドラグは慌ててカウンターの酒をあおると、シャロンに向かって顎をしゃくった。
「おい、モニタ。ボスはあそこの2階VIP専用ラウンジにいる。今すぐお前がボスにお目にかかれるとは思えねえから、まずは俺が様子を見てきてやるよ……」
「いいえ、一緒に行くわ」
「……好きにしな」
ドラグの言葉通り、2階ラウンジのガラス窓の向こうは何やら異様な空気が漂っていた。スーツ姿の屈強な警護員たちが、ステージなど目もくれず、ラウンジの内側に向けて銃を構えたまま油汗を流していた。
ドラグが先頭に立ち、シャロンがその背を追って2階専用の階段を上がった。ラウンジの入口に立っていたはずの警備兵二名はすでに意識を失って床に転がっており、扉はわずかに開いた隙間から荒々しい物音を漏らしていた。
「ああん? なんだこりゃ?」
ドラグは狼狽しながらボスの部屋の分厚い扉を無理やり押し開けた。
ガシャアン――!
扉が完全に開き、同時に内部の奇怪な光景が一気に目に飛び込んできた。
アナーキー99のボスであるバートが、血まみれになって床に膝をついていた。そしてその巨躯のボスを片手でねじ伏せているのはベティだった。その傍らでダニーは、片手で古びたぬいぐるみを胸に固く抱きしめたまま、うつむいていた。
ベティは悠然とボスの服をまさぐりながら、消音器付きの拳銃でボスのこめかみを小突いていた。
「ほらね、素直に吐いてればこんな痛い目に遭わずに済んだのにさぁ……あら?」
ベティは扉が開く音に顔を向け、ダニーもまた深く垂れていた首をゆっくりと持ち上げ、扉の前に立つドラグとシャロンを見つめた。
「ボ……ボス……!? 一体何がどうなって……!」
ドラグは正気を失ったように絶叫し、シャロンは冷静な表情を保ちながらも、床にねじ伏せられたボスとダニー、そしてベティの立ち位置を冷静に把握した。
シャロンのバッグの中の探知機と、ベティのバッグの中の探知機が同時に共鳴し、けたたましく鳴り響き始めた。
――ピッ
――ピッ
ピッ――
互いの画面に浮かび上がったメッセージは同一のものだった。
「おやぁ? そっちも何か探しに来たのかしら?」
シャロンも薄く笑みを浮かべて返した。
「同じ目的みたいね」
シャロンの冷徹な返答とともに、ラウンジ内に刹那の静寂が落ちた。
ベティの胸の谷間で光る第一の欠片、ダニーの首に嵌められた第二の欠片、そしてシャロンのバッグの中で警告を発するセンサー。
三者ともに、互いが何を狙っているのかを察するのに多くの時間は必要なかった。
「これはまた、困ったわねぇ」
ベティが口角を歪め、消音器付きの拳銃をシャロンに向けようとした、その瞬間だった。
ドカン――!
ラウンジの強化ガラスが派手に砕け散り、外部の非常階段から銃を手にした数十名の組員たちが雪崩れ込んできた。バートの異変を遅まきながら察知したアナーキー99の警備要員たちだった。
「ボスを離せ!」
「あのクソ野郎どもを皆殺しにしろ!」
ズドン! ババババッ! ズガァァン!
ラウンジ内は一瞬にして銃弾とレーザーが飛び交う修羅場と化した。棒立ちになっていたドラグは、真っ先に胸に風穴を開けられて床に崩れ落ちた。
「チッ、厄介なことになったわね!」
ベティはバートを蹴り飛ばし、素早くテーブルの陰へと身を滑り込ませた。シャロンもまた瞬時に壁際へと張り付いた。
銃弾が四方へと跳ね飛ぶ中、ただ一人、ダニーだけが血に汚れたぬいぐるみを抱いたまま、呆然と中央に立ち尽くしていた。警備兵の一人がダニーに照準を合わせ引き金に指を掛けた瞬間、ダニーの瞳が急激に変色した。
ドッ――!
ダニーの姿が残像を残して消えた。0.1秒後、銃を構えていた警備兵の首が奇怪な角度へとへし折られた。そしてその刹那の間隙に、さらに数名の首を刎ね飛ばした。
「あいつ……凄まじいわね」
遮蔽に隠れていたベティが、蜂の巣にされるテーブルの陰からシャロンに向かって叫んだ。
「おい! そこの三つ乳の化け物! ここでやり合ってたら惑星連邦の警備隊まで押し寄せてくるわよ! あのガキの首輪が惜しいなら、まずは脱出するのが先決でしょ!」
シャロンはダニーの規格外の武力と、クラブの入口を埋め尽くしつつある警備兵の増援数を瞬時に計算した。計算は一瞬で終わった。シャロンは投げナイフを一閃させてダニーを狙っていた警備兵の眉間を正確に貫くと、ダニーの首元の拘束鎖を力任せに掴み取った。
「おい、ガキ! 正気に戻りなさい!」
ダニーが血走った瞳でシャロンを睨みつけたが、シャロンは冷然とその腕の中のぬいぐるみを指差した。
「ぬいぐるみが血で汚れるわよ。行くわよ」
『ぬいぐるみ』という言葉を聞いた途端、ダニーの荒い呼吸が次第に凪いでいった。
その隙に、ベティが破壊された大窓の向こうへ向けて発煙手榴弾を投げ込んだ。
シュバァァァッ――!
立ち込める催涙ガスと煙が、2階ラウンジと1階のストリップショーのステージ全体を呑み込んだ。下方からは服を脱ぎ捨てていた踊り子と観客のエイリアンたちが悲鳴を上げ、フロアはパニックに陥った。
「今よ!」
ベティが真っ先に割れた窓を飛び越え、1階ステージへと繋がる大型照明のワイヤーを滑り降りていった。シャロンはダニーの体を抱きかかえたまま、ステージ中央へ向かって飛び降りた。
ドォン――!
三人は悲鳴と汚物、催涙ガスにまみれた1階クラブの中央ステージの真ん中に同時に着地した。逃げ惑うエイリアンの群れが、警備兵たちの射線を完全に遮った。
「こっちよ! 裏路地の換気口から抜け出すわ!」
ベティが先頭を切って阿鼻叫喚と化したクラブの非常口を銃撃で吹き飛ばし、シャロンとダニーがその背中に肉薄した。
そして三人は、混沌とした雑踏の中へと姿を消した。
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