1. 遭遇
「紳士淑女の皆様! 本日もこの宇宙大混乱の時代にお越しいただき、心より感謝申し上げます!」
割れんばかりの歓声の中、キャリパー-1惑星の地下世界における最大のエンターテインメントショーが、新たな千年紀を迎えたイベントの開幕を告げた。
「ダニーにいくら賭けた?」
「5千万デナリオン」
「負けたらお前のせいだからな……」
筋骨隆々たる巨体に微かなプレッシャーを感じながら、ゴルゴトは着飾った洋装の蝶ネクタイをいじりつつ呻いた。
闘技場は、はるか昔に姿を消した人類の歴史の一幕である、ローマ帝国のコロッセオを模して設計されていた。地下にはイベントを彩る宇宙の様々な戦闘種族たちが自らの出番を待ち、鉄格子の奥で待機している。
時折響く怪声は、自ら調合した特殊薬物を注入した効果によるもので、時にはリングに上がる前に過剰摂取でその場に即死することも珍しくない。
本日の主役である地球人のパリスは、その素性が極秘とされているが、噂によれば赤ん坊の頃からここキャリパー-1惑星を牛耳る裏社会のボス、バートによって戦うことしか知らぬ怪物として育てられたという。
彼の本名を知る者はパリス本人と組織のボスなど数名にすぎず、普段は「ダニー」の名で通っている。
ダニーは試合がない時は常に首輪で繋がれて監視下に置かれており、普段はうつむいたまま、幼い頃から持っているボロボロのぬいぐるみばかりを見つめていた。
(VIP室 内部)
「ねえ、こう? それともこう?」
「はぁっ……」
「もう、喘ぎ声ばかり出してないで言ってよ。どこが気持ちいいのかさ」
「ああ……ベティ、儂は4番目の乳首が敏感なんじゃ……」
「あら……ここ?」
酒宴と密かなサービスが提供されるVIP室は、イベント闘技場の最上階にぽつんと設置されており、全方位を見渡せる構造になっている。内側からは外が見えるが、外側からは中が見えない特殊コーティング加工が施されていた。
「ああ……ベティ、少し痛い。もっと優しくしてくれ」
「どんな風に?」
「おやおや、分かっておるくせに。もっと濡らしてくれんと。手ではちと荒っぽいじゃろ」
「ふふっ。口でしてほしい、っておっしゃるのね」
ベティはゆっくりと4番目の乳首へと顔を寄せた。
「ふーむ……」
「うぐっ! ぎゃあっ! むぐぅっ!」
VIPが悲鳴を上げようとした瞬間、ベティはその手で口を塞ぎ、口内に含んだ肉片を床に吐き捨てた。
「ペッ」
ベティは奴の口に手当たり次第に物を詰め込み、言った。
「ネックレスはどこにあるのかしら?」
VIPは呻きながら叫ぼうとしたが、口を固く塞がれ、くぐもった叫び声を微かに漏らすことしかできなかった。
「まだ強情を張るわけね」
ベティは食いちぎった乳首の傷口に手を突っ込みながら、もう片方の手でVIPの体をまさぐった。
「ビンゴ」
ゴルゴトが着ていた上着のボタンをいくつか外すと、怪しく輝くネックレスが現れた。
ゴルゴトは小さな呻き声を漏らしながら、ベティがネックレスを奪う姿をただ見つめることしかできなかった。
ベティはネックレスを胸の谷間に隠し、身なりを整えてからVIP室の扉をノックした。外から扉が開かれ、2人の巨漢ガードマンがベティの体を調べようとすると、彼女は歓迎するかのように両腕を広げて見せた。
その様子に気圧されたガードマンは適当にごまかしてベティを通した。
安堵の息を漏らしたベティはトイレへと駆け込み、空いている個室に入った。そしてバッグから探知機を取り出し、ネックレスをスキャンした。
ピッ……ピッ……ピッ
息を潜めてスキャンを見つめるその瞬間、
――ピピッ
音とともに結果が表示された。
1/3
「え? 3分の1? はぁ……面倒なことになったわね」
(闘技場 地下)
ダニーは古びたぬいぐるみの頭を撫で続けながら、首を深くうなだれて座っていた。
「ダニー、お前はあんなに残忍な癖に、どうしてそんな小娘みたいにぬいぐるみを大事にするんだかねぇ……」
ダニーはボスの言葉にも顔を上げず、ただひたすらにぬいぐるみを抱きしめているだけだった。
外からは司会者の声と観客の歓声が地下まで響いてきた。
「さあ! 皆様、ついに皆様がお待ちかねの舞台! 無敗の地球人ダニーと、それに挑む宇宙最強の理不尽なる六つの拳、バルバル!」
「……ダニー!」
ダニーはその時になってようやくぬいぐるみを懐に隠し、顔を上げた。彼が顔を上げると、バートの部下が電子式バーコードをダニーの首元にかざした。するとダニーの首を拘束していた鎖が解かれ、ダニーは立ち上がってリングへと向かった。
リフトが上昇しダニーが登場すると、観客たちはダニーに向かって怒号を浴びせ続けた。時折観客席から投げ込まれるゴミや物体が、この宇宙における地球人の立ち位置を物語っていた。
リングの上にはすでにバルバルがダニーを待ち構えていた。彼はダニーの小柄な体躯を見下ろして鼻で笑い、呆れたように首を振った。
ダニーがリングに上がろうとした。その瞬間、バルバルが駆け寄ってダニーに向けて咆哮を轟かせた。ダニーは顔に飛び散った奴の唾を無表情に拭い、リングの中に入った。
ダニーはリングの隅に大切にしているぬいぐるみをそっと置き、中央へと歩み出た。
「おい、レフェリー」
「はい?」
「終わった後、この地球人の野郎を一口食ってもいいか? 随分と柔らかそうじゃねえか。どんな味か気になってな」
「あ、そういうのはエージェントと……」
「おい、聞いてるか。貴様がどんな小汚い手を使ってこの座に居座り続けているかは知らんが、その口に果物を突っ込まれて丸焼きにされ、チャンピオンの晩餐会に出されるのは貴様の方だ」
「……」
ダニーは返答せず、レフェリーの指示を聞いていた。
相手を殺害してもよい。
ただし、使用できるのは先天的な身体能力のみとする。
他銀河系への倫理的配慮により、度が過ぎる場合はレフェリーが仲裁に入ることがある。その際、各選手はレフェリーの指示を尊重すること。
ダニーとバルバルは指示を聞き終え、リングの端へと向かった。12角形のリングで有名なこの闘技場の端で、二つの命が合図を待った。
カーン――
ゴングが鳴るや否や、バルバルが全速力で突進しドロップキックを放った。ダニーは僅かな身のこなしでそれを躱し、バルバルの背後へと回り込んだ。
『なっ――!?』
ダニーはバルバルの首を両脚で締め上げ、そのまま奴の両眼球を引きずり出した。
バルバルの悲鳴が上がる間もなく、流れるような連続動作でダニーは奴の口から舌を引っ張り出し、膝を使って下顎を強打した。舌は音を立てて千切れた。
ダニーは千切れた舌の断面を一度確認すると、ゴミのように投げ捨てた。
3.78秒。
タイムによってインセンティブが支払われる試合規定により、ダニーのエージェントであるバートと、ダニーに金を賭けていた者たちは狂喜の歓声を上げ続けた。
ダニーは静かにぬいぐるみを再び手に取った。
(通路)
「いやぁ、俺の可愛いダニー! またこうしてパパのために稼いでくれるとはな! 今日は何が食べたい? まあ、地球人の食べ物なんざ知れてるが、お前が望むなら何だって買ってやるぞ!」
ダニーの肩を抱いて歩くバートの前に、大柄な異星人が立ちはだかった。
「ゴルゴト様が貴様とそのガキを呼んでいる」
バートは巨大な体をじっと見上げ、唾を飲み込んでから答えた。
「へへっ……もちろんですとも。ちょうどご挨拶に伺おうとしていたところでしてね。ええ、参りましょう」
バートとダニーは巨漢の後についてVIP室へと向かった。そこへ続く通路は宇宙で最も高価な金石や鉱物で装飾され、妖艶なデザインで彩られていた。
大きな扉の前に辿り着くと、巨漢が立ち止まった。
「あいつら、どこへ行きやがった?」
巨漢はいらだちを隠せない様子で、大きな扉を乱暴に開けた。
扉を開けるなり、巨漢は振り返って叫んだ。
「何してる! 早く中に……」
その言葉が終わる前に、彼の胴体に風穴が空いた。何かが直撃したかのように、貫通した穴からは煙とともに肉の焦げる臭いが漂った。
「ぐ、あ……」
巨漢は建物の柱が崩れるかのように、ダニーとバートの前へと倒れ込んだ。
「ひぃっ! ダニー! 早く逃げ……」
「待ちなさい」
ベティが消音器付きの銃を構え、落ち着いた声で遮った。
「ひぃぃっ……!」
「あら? 人間の子供じゃない!」
ベティは驚いた表情を浮かべ、言葉を続けた。
「なら余計に殺す必要はないわね。ねえ、私いま探し物をしてるの。何か心当たりはない?」
「な、何を……?」
「これよ!」
胸元から取り出したネックレスを、バートの目の前に突きつけた。
「あ……ギュゲスの指輪を探していらっしゃるので……?」
「ふふっ……やるじゃない、お兄さん。私が欲しいものを正確に理解してるじゃない?」
バートの顔から恐怖が薄れ、笑みが戻った。
「へへ……ですがね、これは宇宙中が狙う宝ですから……そう簡単に……」
「なら、くたばりなさい」
ベティは眉間に銃口を突きつけた。
「待って、待ってください!」
「待つも何もないわ。3秒あげる」
「3」
「いや、ですからその」
「2」
「ちょ、ちょっと」
「1」
「あいつだ!」
「は?」
「そ、その地球人の首輪だ!」
ベティはダニーの首にある拘束具をじっくりと見つめた。
ダニーの首元は、自身が手に入れたネックレスと同じ色で光を放っていた。
「ほぉ……?」




