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「死んでる?」
私は、そう呟いてパッとその場にしゃがみ込み、そして翔君の脚を掴んだ。
「ぉわっ!ちょっと何すんの!」
転びそうになりながら立ち止まってこちらを振り返る翔君。その脚は、ダブついた制服のズボンの中にちゃんとあった。細身に見えるのにしっかりとした筋肉を感じる、立派な脚。
「・・・ある・・・」
脚はちゃんとある。幽霊ではない。
「やめてよ」
翔君は何だか恥ずかしそうにして私の手をそっと振り払った。そして、そのまま歩き出す。
私は、翔君を早足で追い掛けた。
「酒飲んだオッサンに轢かれた。突然。普通に、明日塾で模試だなって思いながら歩いてたら死んだ。即死だったんだと思う。気付いたら死んでた」
何でもない事のようにサラっとそんな事を言う。
「えっ、待って。理解が追いつかない」
そう言う私を無視するみたいに、翔君は続ける。
「僕、彼女出来た事が無かったんだ。ずっと欲しいなって思ってて。僕の通う高校は男子校で出会いが無くてさ。付き合うなら共学のとこの子が良いな、とか、ずっと思ってた。んで急に死んで。心残りになってたんだと思う。それで、幽霊になっちゃった」
そこまで言って、恥ずかしそうに笑う翔君。
「ナンダソレ」
思わずボソリとそう呟いてしまった。
それが聞こえたのか、翔君は咳払いをして続けた。
「そしたらさ、アレが来たんだ。で、言われた。『彼女が欲しいなら作れば良い。一緒に生きている人間と入れ替わって、恋しようよ』ってね」
物騒な話になって来た。私の額から汗が流れる。
「すぐ側で肝試しをしている2組のカップルがいる。そいつらのどれかと入れ替わろう。そう言われて、僕は乗った」
入れ替わる。それって、どういう事なの・・・?
流れた汗が冷たい。額だけじゃ無くて、手の平や背中からも流れて来るのを感じる。なんだかんだ、全身びしょびしょになった気がする。
「アレが言うには、生きてる人間と接触してから、人として1日を一緒に過ごした後に入れ替わるらしい。一緒に過ごす場所はどこでも良いけど、接触した場所と入れ替わる場所は同じでなきゃならない。だから今日もう一度、あの部屋に呼び出したんだよ」
ゾッとした。それは、死んだ人の身代わりになるって事なんじゃないのか。
単純に怖かった。
帰りたい・・・。今すぐUターンしてこの場から離れた方が良いんじゃないか。
一瞬そう思ってしまったけど、ハッと思い直す。
良行が、あの部屋にいる・・・。助けに行かなきゃ!
「でも、やっぱりこんなのおかしい。だから僕はアレを止める」
翔君がそう言った所で、そこに着いた。
未使用の四角い倉庫。
「瀬菜ちゃん、僕を信じて」
ドアを開けると、暗い中、たった一つのスマホのライトの明かりを頼りに4人が佇んでいた。
誠君、モナちゃん、そして和美ちゃんと良行。
「遅かったね。でもちゃんと連れて来た。偉いよ」
和美ちゃんが、そう翔君に向かって言った。他の3人は、ぼーっと立っているだけで何の反応も無い。
何これ、何が起こっているの・・・?
「・・・良」
無意識に私は、良行の名前を呼ぼうとした。
「シッ、瀬菜ちゃん、何も言わずに素直に従って。大丈夫、僕を信じて」
翔君が私だけに聞こえるようにそう言って、良行に呼び掛けようとする私を止めた。
私が室内に入って来たのに気付いていない訳ないのに、良行は私を見ない。誠君もモナちゃんも動かない。明らかに変だった。
翔君の言うように、素直に従った方が良いのかも知れない。
そう思って、私は静かに頷いた。
翔君が私の手を取って引っ張る。されるがままを装って私は移動した。
その時、ピクっと少しだけ良行が動いたような気がしたけど、気のせいだったのかも知れない。
「はい、説明しまーす」
移動する翔君と私を見ながら、和美ちゃんが喋り始めた。
「昨日の夜、四隅の怪をやった後に増えた2人を炙り出したいと思います。何食わぬ顔をして混ざり込んでるなんて気持ち悪いもんね。で、その方法はと言うと、実は簡単なの。同じ場所で同じ事を繰り返せば良いだけなんだよ」
喋りながら移動した和美ちゃんが、ドアを閉めた。辺りが真っ暗になる。明かりは、和美ちゃんが持っているスマホのライト一つだけ。
翔君が立ち止まった。場所はというと、部屋の4つの角のうちの一つ。
昨日、私が最初に立っていた場所だった。
翔君は私から手を離すと、今度はモナちゃんの所へ行って、手を取って歩き始める。向かうのはドアの横の角。やっぱり昨日、モナちゃんが最初に立っていた場所だ。
「全員が昨日の夜と同じ場所からスタートして、昨日の夜と同じ人の肩を叩く。叩かれた人はそこから進んで、次の角にいる人の肩を叩く。それだけ。で、そうすると、どうなると思う?」
モナちゃんを送り届けた翔君は、今度は良行の手を取って、モナちゃんと反対側のドアの横の角へと連れて行く。そして最後に、誠君の手を取って、私とモナちゃんの間の空いている角へと連れて行って、そこで誠君と2人で並んで立った。
「紛れ込んだ偽物だけが、動かずにその場に残る。ね、簡単でしょ?」
浮かれた声だった。和美ちゃんは、何だかとっても楽しそうだ。
和美ちゃんが、私の方へとやって来る。そして、私の横に並んだ。
「・・・」
私は、何も言わずに黙っていた。身動きもしないように耐えていた。でも、もの凄く怖くて、震え出しそうになるのを必死に耐えている。
怖い。怖い怖い怖い怖い。
暗いだけでも怖いのに、これからどうなるのか分からなくて、不安で、自然と呼吸が荒くなってしまう。
落ち着け私、大丈夫。きっと大丈夫。
必死に自分に言い聞かせて何とか耐える。
「じゃあ、始めましょうか。偽物が炙り出されたらどうなるのかは、やってみてからのお楽しみね」
四隅の怪が、また始まる。
和美ちゃんがスマホのライトを消したのを合図に、良行が歩き始めた気配がした。
真っ暗なのが怖かった。みんなが、何の抵抗もせずに言いなりになっているのが怖かった。
誠君と、既に死んでいると打ち明けてくれた翔君が並んでいるのが怖かった。そして、
1人で喋っている和美ちゃんが、私の横にいるのが怖かった・・・。
1人の角と、2人の角がある事の意味を、嫌でも考えてしまう。
どうして誠君と翔君が並んでいるのか。
どうして私と和美ちゃんが並んでいるのか・・・。
良行の息遣いが聞こえて来る。真っ暗で何も見えない。見えない中で、衣擦れの音がする。背後から聞こえて来るその衣擦れは、良行の制服のシャツが立てる音。
トンッ。
軽い音と共に、和美ちゃんが前に軽く押し出される気配を感じた。
「クスッ」
その瞬間、和美ちゃんの笑い声が聞こえた気がした。
・・・私じゃ無かった・・・。
肩を叩かれるのは、私じゃ、無かったんだ・・・。
膝がガクガクと震え始めた。その震えが全身に伝わって行く。
和美ちゃんが前へと進んで行く。誠君と翔君が並んで立っている角に向かって。
私じゃ無かった。
私じゃ無かった!
そう思えば思う程、体がガクガクと震える。
少しでも震えを抑えようとして、私は自分で自分の肩を抱いた。
偽物を炙り出す。
炙り出された偽物は、どうなるの?
入れ替わられた方は、私は、どうなるの?!
「ぅ、ぅう・・・」
恐怖が大き過ぎて、震えが制御出来な過ぎて、声が溢れ出るのを抑えられない。
声だけじゃ無くて、涙も出始めた。
どうなるの?
ねぇ、どうなるの?!
誰か教えてよ!!
その時、私は背後から抱き締められた。
全身が縮み上がるように激しく震えた。
怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
怯えの境地に達した私の耳元で、声が響いた。
小さな小さな、囁くような声。
「・・・瀬菜」
それは、良行の声。
良行の声は優しくて、それが私の耳に届いた途端に、私の体から力が抜けて行った。
「瀬菜、ゴメン。怖がらせた」
内緒話をするような、小さな小さな良行の声。その小さな声が、瞬く間に私を安心させていく。
「瀬菜、行って。アイツよりも早く。それで、正しい方の肩を叩いて」
そう聞こえた瞬間、良行の腕が体から外れて、そして私の肩を叩いた。
力強い両手が、私の両肩をバンッと叩いた。
一瞬、心臓が止まったような気がした。
大きな衝撃と共に、大きな使命を受け取った気がした。
瞬間、私は走り出した。
次の角に向かって、全速力で。
暗かった。何も見えなかった。それでも、この方向だろうという予想だけで全速力で走った。
「!」
途中で、和美ちゃんとすれ違う。驚き、息を呑んでいるのを感じた。見えないけど、和美ちゃんの顔は驚きに歪んでいると思った。
それを全く気に留めずに私は走った。走って走って、そして辿り着いた。
和美ちゃんよりも早く。次の角に。
2人いるのが分かった。私よりも背の高い2人。
右、左、どっち?
どっちがどっち?
誠君と翔君がいる筈。けど、どっちがどっちだか分からない。
当てずっぽうに叩いてしまう訳には行かない。運とかそういうので決めちゃいけないやつだ。
その時、明かりが見えた。さっきまで私が立っていた角から。
良行だ。良行がスマホのライトを付けてくれている。
が、次の瞬間、『パチン』という音が響いてライトが消えた。
また暗くなる。
また前が見えなくなる。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしようどうしよう!
迷って私は立ち止まりそうになった。
けど、また明かりが来た。
今度はさっきよりも弱い光。弱いけど、でも、広い光。
ドアが開いていた。
ドアが開いて、そこから弱い月明かりが差し込んで来ている。
モナちゃんだった。モナちゃんが立ち位置から精一杯手を伸ばして、そしてドアノブを捻って引いてくれたのだ。
「瀬菜!マコを助けて!」
祈る声が響き渡る。
「お前、声を出すな!!!」
和美ちゃんの声が背後から響く。
近い。
その声の近さに私は焦った。
でも、前が見える。
右に翔君、左に誠君。
叩く肩は・・・。
瞬間、脳裏にさっきの翔君の言葉が浮かんだ。
『酒飲んだオッサンに轢かれた。突然。普通に、明日塾で模試だなって思いながら歩いてたら死んだ。即死だったんだと思う。気付いたら死んでた』
『僕、彼女出来た事が無かったんだ。ずっと欲しいなって思ってて。僕の通う高校は男子校で出会いが無くてさ。付き合うなら共学のとこの子が良いな、とか、ずっと思ってた。んで急に死んで。心残りになってたんだと思う。それで、幽霊になっちゃった』
不運な男の子。
でも、彼は心を改めた。
『でも、やっぱりこんなのおかしい。だから僕はアレを止める』
一瞬、翔君と目が合った。
炙り出された偽物は、どうなるの?
入れ替われずに、バレたらどうなるの?
胸が苦しかった。こんな難しい選択を突然迫られるなんて。
どうしたらいいの?
躊躇する私に、翔君が頷いた。
「瀬菜ちゃん!お願い!」
モナちゃんの叫びが響き渡る。
「・・・翔君、ゴメンね・・・」
呟きながら、私は誠君の肩を叩いたのだった。




