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まるでリレーのバトンを受け取ったみたいだった。
私が誠君の肩を叩くと、誠君はそのままモナちゃんの元へとダッシュする。
誠君の脚は長くて、部屋の角から角まであっという間だ。薄い月明かりに照らされてモナちゃんの元に辿り着くと、誠君はモナちゃんを強く抱き締めた。
「マコ!違う!肩を叩くんだよ!」
焦ってそう言うモナちゃんの声が震えている。違うと言うものの、その手は誠君の背中へと回されていた。
「うっ、うぅ・・・」
誠君は泣いていた。泣きながらもモナちゃんの両肩に手を添えて、そしてそこを軽く叩いた。
「・・・モナ、走れ・・・」
息を切らして2人を見守る私の背後から、そう言う良行の声が聞こえてきた。その声は凄く苦しそうで、私は急激に心配になって良行を振り返る。
その視線の先、私の真後ろには、和美ちゃんが居た。
「・・・このぉ!」
目が合うと和美ちゃんは、もの凄い形相で私を睨み、そして右腕を伸ばして私を捕まえようとして来た。
「ヒッ!」
声にならない悲鳴を上げて、私は両腕を顔の前に掲げて頭を守った。
その両腕に、和美ちゃんの手が触れる。
『パチン』
再びあの音が聞こえた。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
突然、和美ちゃんが奇声を上げてのけ反り、背後に向かってタタラを踏む。
「ルール、破ると、苦しい、らしい、ぜ」
苦しそうに踠く和美ちゃんの向こうから、苦しそうな良行の声が聞こえる。
苦しみながら私に触れた手を確認する和美ちゃん。薄暗い中でも、その手が赤黒く焼け爛れているのが分かった。
何・・・?
重度の火傷みたいに見えた。その火傷が、和美ちゃんがルールを破って私に触れた事により負った怪我だと言う事が、苦しそうな良行の説明のお陰で分かる。
思わず目を背けたくなる程の酷い火傷。
でも、それじゃ・・・。
私は目を凝らして、和美ちゃんの遥か後ろの方を見た。
ドアから差し込む月明かりが届かない所。そこで、何かがモゾモゾと蠢き、徐々に床へと沈んでいく。
「・・・良行・・・?」
呟いた私の声が静かに室内に響いた時、モナちゃんがドアの前を通過した。
風圧でドアが更に開いていく。
差し込む光の範囲が広がる。
そこに見えたのは、腕や顔、上半身の広範囲に大火傷を負った良行の姿だった。
「良行、嘘・・・。やだ、嘘でしょ」
喚く私の横で、翔君が言った。
「肩を叩く相手は1人だけなのに2人目の肩を叩いたからだね。和美も次の角にいる人以外に触れちゃいけなかったんだ。でも大丈夫」
翔君はそこで言葉を切ってドアの横を見た。そこには、テンパって水の中を踠きながら進むような変な走り方をするモナちゃんがいた。
「もうすぐゴールだ。終われば全て元に戻るから」
「翔、お前・・・裏切ったのか・・・」
和美ちゃんが、痛みを堪えた声で翔君にそう言った。
それを聞いて、翔君は和美ちゃんの顔を見る。でも何も言わない。黙ったままで、悲しそうに笑うだけだった。
モナちゃんが倒れ込むみたいにして次の角にタッチした。勿論、そこには誰もいない。
「あ、あ、あは、は、ははは、はぁ」
モナちゃんの変な笑い声が部屋の中に響き渡った。
やった、モナちゃんが、やり遂げた・・・!
そう思いながら私は、無意識のうちに両手を握り締めていた。
それと同時に、部屋の中が真っ白になっていく。
目を開けているのが辛いくらいに眩しい。部屋自体が発光しているみたいだった。
私は、眩しさに目を細めながら、ある光景を見た・・・。
何処かの学校の校庭。その隅の木々が生い茂る所で、和美ちゃんが一本の木に縛り付けられていた。
「お前さぁ、何で人の男に色目使うかなぁ」
沢山の女子に囲まれていて、囲んでいる女子達が順番に和美ちゃんを棒で殴っていった。顔や脚や腕は狙わない。殴るのは腹や腰や肩。制服に隠れて見えない所だけだ。
「・・・知らない。私、何もしてない・・・」
否定する和美ちゃん。それを鼻で笑う女子達。暴力は止まない。何度目かにお腹を殴られて、和美ちゃんは血を吐いてしまった。
「おいおい、制服汚れちゃうよ?しょうがないなぁ」
女子の1人が不織布マスクを二重にして和美ちゃんの口に掛けた。そしてまた殴り続ける。和美ちゃんが気を失っても、それはまだ続いた。
次の日も、その次の日も、ほぼ毎日そんな暴力は続いた。時にはバケツの水の中に頭を突っ込まれ、時には裸にされて屋上に出されて鍵を掛けられて。
そんな日々が続き、和美ちゃんはとうとう耐え切れず、ある日の帰宅途中の歩道橋の上から飛び降りてしまったのだった。
男子しかいない教室の中で、沢山の友達に囲まれて楽しそうに話す翔君がいた。
「彼女とか欲しいよな」
「でも出会いが無いよなー。僕、塾が忙しくてバイトとか出来ないし」
「塾に女子いないの?」
「残念ながら。女子は小五の子が1人いるだけ」
「それ行ったら流石に犯罪だな」
「バカ、行かないよ」
「側に女子校あるのにな」
「でもさ、男子校と女子校で付き合うのってなんか虚しくない?」
「なんだそれ?」
「足りない相手を無難に済ましてる、みたいな」
「あーワカリミ」
「共学の女子と付き合えれば、なんか勝った気がしない?何となくだけど」
「それなー」
「つーか彼女出来るなら何でもいいわ」
「何でもいいって何だよ」
笑い声を上げて肩を叩き合う男子達。そんな中で、翔君だけが「塾行くわ」と先に帰宅する。そしてその帰路で、歩道に突っ込んで来た車に撥ねられてしまったのだった。
その2つの光景を見て、私は胸を締め付けられるような気分になった。
何でそんな光景が突然見えたのかは分からない。もしかしたら、誰かが私にそういう事があったんだよ、と知って欲しかったからなのかも知れない。
悲しかった。ただただ悲しかった。知らない間に、自分と同じような高校生が、こんな辛い思いをしてるなんて。
でも、悲しいと思うだけで何も出来ない自分がいて、それが悔しいやら申し訳ないやら。どうにも出来ないモヤモヤとした気持ちだけが胸の中に積もっていった。
悶々とした気持ちを持て余していると、上の方から暖かい空気が流れてくるような感じがした。
何だろうと思い、目を凝らす。眩しい中シバシバと瞬きを繰り返して、そして見た。
翔君が和美ちゃんの手を引いて、空へと昇って行く。そんな2人の姿を。
和美ちゃんは泣いていた。その涙を翔君が拭っている。
一瞬、翔君と目が合った。
翔君は笑っていた。そして、口元が『ゴメン』と動いた。
それを見届けた所で、白い色が強くなり、私は何も見る事が出来なくなってしまった。
「これか」
良行が呟いた。指差す先を覗き込むと、端の方に小さく『女子校児童自殺。虐めが原因か?』という見出しがあった。日付は約2週間前。
「こっちもあったよ」
モナちゃんが駆け寄って来て、うちらが広げる新聞の横に違う新聞を広げる。約1週間前の新聞の、やはり隅の方に『塾へ向かう男子高校生、飲酒運転の犠牲に』という見出しがあった。
「つい最近の事だったんだね。俺全然知らなかった」
「私もだよ。こんなに近所の話なのにね」
誠君とモナちゃんが頭を突き合わせてそう言う。
この2つの記事を、私も知らなかった。
多分、今回こんな事が無ければ、一生知らないままで終わってしまったんだと思う。
結局、あの2度目の四隅の怪の後で、翔君と和美ちゃんは居なくなっていた。騒がしくし過ぎたせいで私達4人は巡回中の先生に見つかり、それぞれの親を呼ばれてこっ酷く怒られた。あった事を何度説明しても信じて貰えず、反省文の提出を約束させられてその日は帰宅し、そこで気が付いた。
それが1度目の四隅の怪をやった夜だったという事に。
つまり、24時間巻き戻ってしまった訳だ。
翌日登校すると、学校に翔君と和美ちゃんの席は無く、存在自体も無かった事になっていた。
あの2人がいたという事は、私達4人の記憶の中にしか無い。
私達は、その日の放課後自然と4人で集まり、そして図書館に来て新聞を調べたという訳だった。
「お線香とか、上げに行きたいかも」
モナちゃんがそう言った。
「でもさ、俺等向こうにとっちゃ赤の他人よ?」
良行がそう答える。
「確かに。でもさ、こんな事があった今となっては、ね」
そう言った誠君に、私は頷きながら言った。
「もう、赤の他人とは言えないよね」
4人で目を合わせて、そして頷き合った。
「喪服とか持ってないけど、制服で良いのかな?」
そう聞いてくるモナちゃんに、私は頷いて答える。
「うん。制服で行こう」
モナちゃんと誠君、この2人と私は、実はあの夜肝試しをする時に初めて会ったのだった。(良行と誠君が友達同士で、モナちゃんがB組で良行と同じだったから、3人は元々知り合いだった)6人になった時に2人の事を良く知らない事に混乱したけど、知らなくて当たり前だったのだ。
「ねえねえ、髪型合わせて行かない?」
モナちゃんが私の髪を弄りながらそう言う。
友達になったばっかり。それなのに、昔から仲が良かったみたいな近い距離感で関わり合えるのは、この件のお陰だと言って間違い無いだろう。
「良いよ、おそろにしよう」
そう言う私に、嬉しそうに笑うモナちゃん。
「仲良しじゃん」
良行が笑いながらそう言う。
「そうだよ、うちら親友だよ」
当たり前のように答えるモナちゃん。
穏やかな放課後の図書館の時間が流れて行く。
・・・その片隅で・・・
『パチン』
奇妙な音が響いた。
だが、その場にいる誰1人として気付かなかったのだった。




