第四十四話 クレアとシュノー Ⅻ
シュノーの部屋に入ると先程同様に見事なシュノー入りの氷像が立っていたが、思った以上に融解は進んでいるようで絶望の顔もよりクリアに見えるようになっていた。
「結構解けたでしょ?」
「そうだな。彫刻してくれたおかげだ。そろそろベッドに置いとこうか」
「そうね!」
二人でゆっくりと運んでベッドに寝かせる。
この分ならあと一時間もすれば完全に解けると思うが、暖房を使って更に早めることにした。ついでに除湿もして水浸しになった床やベッドを乾かしていく。
温風がシュノーを包む様子を見てクレアが口を開く。
「すごいわね。本当に風のことなら何でもできるじゃない」
そう言われて、いつもなら適当に笑いながら流すところなのだが、竜のこともあって笑顔がつくれない。
こんな魔法は竜を相手にすると何の役にも立たないのだ。
あの時の恐怖が再び蘇りそうになって、頭を振る。
駄目だ。竜のことを思い出すと足がすくみそうになる。
あの凶悪すぎる見た目に体の自由を支配される咆哮。轟音で体の内側まで揺れる感触が残っている。
シュナのことを言えないほどトラウマになってしまったかもしれない。
あんなのと戦っているのだ、クレア達は。人々が三大冒険者パーティを称えるわけだ。
「……そんなことはない」
そう返すのが精一杯だった。
≈ ≈ ≈ ≈ ≈
数十分程暖房を続けると、シュノーが絶叫をあげて目を覚ました。
「ハァ……ハァ……何か悪い夢を見たような……」
「起きたか、シュノー。シュナに恋人はいなかった。安心してくれ。シュナに恋人はいなかった。恋人はいなかった」
再び氷漬けになってしまうと困るので安心させるように三度言った。
それを聞いたシュノーは俺と目が合うとポカンとしたような顔になったが、その言葉に安心したように大きく息を吐いた。
「……何があった? 何故私は寝ていたのだ?」
「アンタがシュナちゃんに恋人がいたかもしれないって聞いて凍っちゃったのよ!」
「だが、いなかった! 恋人はいなかったんだ!」
俺が回答を考えている隙にクレアが勢いよく返答したので慌てて言葉を重ねる。
「凍った? 私がそんな……」
「氷の塊になって大変だったんだからね! 今ハルの風魔法で解かし終わったところ!」
確認をするようにこちらを向いたシュノーに首肯する。
それを見たシュノーは信じられないといった表情になる。
「だが、朗報もある。シュナの体の不調が分かった」
「本当か!?」
「ああ。シュナは魔力が溜まりすぎていたようだ。少し外で解放したところ体の具合はかなりよくなった。今は部屋で寝ている」
「そうか……そういうことだったか……!」
シュノーは感激したように拳を握りしめる。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
色々と伝えなければならないことはあるが、今はそういうことでいいだろう。
シュノーならばライツフォル以上に継承問題よりシュナの体を優先する筈だ。そこに関しては全く心配もない。むしろ真実を知ったらより一層女神として崇めそうだ。
「ハル、クレア……ありがとう……!」
「わたしはアンタの看病してただけだからハルに感謝しなさい」
「俺は大したことはしてない。シュナがすごかったんだ」
竜のことはまだ話せないが、シュナがいなければ俺は死んでいたんだ。シュナに対しては返しきれない程の恩ができた。
それに比べれば俺がシュナにしてやれたことなんて些細なことだ。
「それに、まだ完全に回復したわけじゃない。ひとまず、シュナが目を覚ますまではシュノーも回復に努めてはどうだ?」
俺がそう言うとシュノーは腕や足を屈伸させたりしてあらためて状態を確認する。
「……そうだな。少し休んだほうが良さそうだ。すまないが、シュナが目を覚ましたら呼んでくれないか?」
「もちろんだ。シュナもシュノーが元気な姿を見られた方が嬉しいだろう。休んでくれ」
「本当に何から何までありがとう。ハル。君に頼ってよかった」
「いいよ。それじゃ、俺はシュナの様子を見に行ってくる。じゃあクレア、よろしく頼んだ」
「わかったわ!」
「どういうことだ?」
「わたしが氷漬けになったアンタの看病をしてたのよ」
クレアの言葉に怪訝な表情になったシュノーはあらためて自分の全身を確認し始める。
「ちょっと! 体を斬るようなヘマはしてないわよ!」
「斬った!? どういうことだ!?」
やはりあまり相性は良くなさそうだが、とりあえずしれっと部屋を出てシュナのもとへと向かった。
シュナの部屋に着くと既に辺境伯夫妻はおらず、シュナの従者が少し離れた位置から見守るようにして立っていた。夫妻は領主だけあって忙しいのだろう。
従者は俺を部屋に入れるとベッドの横に置かれた椅子へと案内して、部屋を出た。
シュナの様子はやはり以前と比べてかなり良いように見える。目に見えて血色が良いし、寝ている今もその表情は憑き物が取れたかのようにすっきりしている。
起こさないようにそっと手に触れてみると温かい。氷のように冷たかったのが嘘みたいだ。
あんな竜までも凍らせてしまう程の魔力をずっと溜めてきたのだ。逆に今までよく制御してきたものだ。
窓に目を移すと空はもうすっかり夕方だ。
シュナの顔を見ながらゆっくりしていると、かなりお腹がすいてきた。ここを出る昼過ぎにも既にお腹がすいていたが、あれからまだ何も食べていない。
日が暮れるまでシュナの様子を見たら一度軽食を摂りに行こう。
「ぐぅぅぅぅ」
そんなことを考えていたら、大きくお腹が鳴った。
でも、それは俺のお腹の音じゃない。
「……んん……」
シュナがゆっくりと目を開ける。
その目が俺を捉えた。
「……ハル様……? ここは……私の部屋……?」
「シュナ……よかった、本当に。体の具合はどうだ?」
「体の具合……」
そう呟いてシュナは上半身を起こそうとしたので背中を手で支えて補助する。
触れた背中も温かいし顔の血色も良い。俺の目からは状態は良く見える。
シュナは何度か手を閉じたり開いたりしてから俺を見る。
「……とても良いです。今までに無いくらい……」
「魔力暴走は無さそうか?」
「はい……多分……」
「そうか……! 何か悪いところは無いか?」
「悪いところは……無いですね……。体も温かいです。何をしてくださったんですか?」
「俺は何もしていない。ほら、魔力を思いっきり使っただろ? それで溜まった魔力が消えたんだ」
「魔力を……? あ! ハル様! ご無事だったんですね!?」
「思い出したか? そうだ。シュナが竜を凍らせてくれたから逃げることができたんだ。本当にすまなかった」
「いえ、あの、謝られることは何もありませんが……私が竜を凍らせたのですか?」
「竜どころかあの一帯を凍らせていた。森の木々も、川も、全てが凍っていたよ」
「私がそんな……」
「それだけ魔力が溜まっていたのだと思う。解放が必要だったんだ。既にライツフォルとも話したが、今後はその魔力を隠す必要も無くなった。定期的に魔力を解放すれば魔力暴走もなくなる筈だ」
「え、え? もう父ともお話をされたのですか? 隠す必要も無いってどういうことですか?」
「ライツフォルと二人で話して魔力の解放が必要だと伝えたんだ。だが、誰にも気づかれずに解放するには場所が無いだろう? それを解決する為にも、もうヴィンター家の女の魔力の秘密については隠さなくてもいいということになったんだ。つまり、どこでも好きに魔力を解放していいということだ」
「で、ですがそれでは継承問題が……」
「それも気にしなくていいんだ。理由は……ライツフォルから直接聞いたほうがいいかもしれないな。シュノーにもこの件は共有することになる。後で家族で話すといい」
「そう……なんですか……」
シュナは言葉を失ったようにして下を向いた。
竜の件だけでも衝撃的だと思うが色々と話したので混乱させたかもしれないな。
「……とりあえず、食事にしないか? お腹が空いただろう? シュノーにも話しておきたいしな」
「あ、そうですね。なんだかとてもお腹が空いています。ハル様もウチで食べますよね?」
「あー、場所は考えてなかった。もし頂けるならお願いしたい」
「ぜひ! ハル様は私の恩人ですから!」
「……さっきも話したが、シュナが俺の恩人なんだよ。シュナが竜を凍らせていなかったら俺は自分どころかシュナまで巻き込むところだったんだ。俺は……竜に恐怖して何もできなかった……」
シュナを目の前に当時のことを話していると、自分の情けなさに悔しさがこみ上げてくる。
無知のせいであんな場所へ連れ出してしまったことも、竜を前に何もできなかったことも、許されない過失だ。俺は危うくシュナを殺しかけたのだ。
前世の桜のことが頭をよぎる。今回は見殺しどころじゃない。俺が原因だったのだ。
「そんなことは……。ハル様。こちらに来てください」
後悔で項垂れていたが、言われるままに上半身を起こしたシュナの横に腰掛ける。
すると、シュナに抱き締められた。
「シュナ?」
「ハル様。私の体、温かいでしょう?」
「ああ」
「これはハル様のおかげなんですよ? ハル様がいなかったら私はもしかしたら近いうちに死んでいたかもしれません」
「……そんなことはないだろう」
「あります。私の魔力暴走は日に日に悪化していました。もう治ることも無いと思っていたのです。私がどれほど恩を感じているかハル様は分かっていません!」
シュナはそう言うとより強く俺の体を抱き締めた。
その温かさに包まれていると、不思議と俺の心も少し落ち着いた。
たしかに、温かい。
これが人の温もりというものなのかもしれない。
その温もりを求めるように俺もシュナを抱き締め返す。
「ハ、ハハ、ハル様!?」
シュナが急に上ずったような声を出したと思ったら背中が急激に冷たく感じる。
それに、なぜか急に重たい。
「こ、これは……!?」
「すいません! 背中を氷漬けにしてしまいました!」
「氷漬け!?」
シュナを抱擁から解いて背中に手を当ててみると亀の甲羅のような氷が俺の背中に張り付いていた。
「な、なんでこんなことを……!?」
「これは、ちょっとした事故で! 今外しますから!」
「外れるのか!?」
シュナがエイッと氷の甲羅を剥がすように引っ張るとパカッと外れた。
「本当に外れた……」
「すいません、実はたまになるんです」
「たまになるのか!?」
思いがけない告白に驚愕しているとシュナはせっせとベッドから降りる。
「い、行きましょう! 食事に!」
「あ、ああ」
歩き出したシュナの足取りは軽い。やはり体の方は良くなったらしい。
途中でシュノーとクレアも呼び出して、ヴィンター家+俺とクレアという形で食事を頂いた。
シュノーはシュナが元気を取り戻した様子に感激のあまりに涙を流していた。
しかしシュナが二回目のおかわりを要求すると逆に露骨に心配をするようになった。
今までは食事も残していたそうで、おかわりをしたことは生まれてこの方見たことが無かったそうだ。それを二回もするのだから心配になるのも仕方がない。
だが、シュナはお腹が空いて仕方が無いと言ってペースを落とさずに食べ続ける。
結局五回目のおかわりを食べ終えたところでようやく満足したように手を止めた。
そんなシュナに俺も含めみんなが目を剥いていたのだが、シュナは恥ずかしそうにしながらも「体が空洞になったように食べても食べてもお腹が満たされなくて」と言っていた。
これはひょっとしなくても魔力を解放したからだろう。体が急にできた穴を埋めるように栄養を欲したのだと思う。
食事の間、例の秘密のことが話題に挙がることは無かった。後日あらためて話すということだろう。
その夜は城の客室を間借りして寝させてもらうことになった。
シュナは体の具合からしてもう暖房を提供する必要は無く、一人で寝ても問題無いと判断した。
体の方はもう大丈夫だろう。
明日からはトラウマの方に取り組む。
と言っても、もう他人に触れても大丈夫だろうし難しくもない筈だ。
俺は何をするのが良いかぼんやりと考えながら眠りについた。




