第四十三話 クレアとシュノー Ⅺ
全速力で一帯が凍りついた谷を脱出して、見晴らしの良い山の中腹に着地した。
ここなら周囲に魔物が出てもすぐに気付ける。
抱きかかえるようにしていたシュナを降ろして容態を確認する。
脈は――ある。
呼吸も――ある。
「シュナ! 聞こえるか!? シュナ!」
言葉に反応は無い。意識が無い。
手を握ってみると、温かい。
顔色も良い。
これはどう考えればいい? 容態は良好と考えていい……のか?
一見した限りではスヤスヤと寝ているだけのように見える。
いや、素人判断はよそう。
ひとまず、脈と呼吸はあるので今は無事だ。
このまま急いで城に戻ろう。
再びシュナを抱きかかえるようにしてその場を飛び立った。
≈ ≈ ≈ ≈ ≈
王都からクレアの村に向かった時のスピードを更に超えてヴィンター辺境伯の城に到着した。
内心ではそのスピードにかなり恐怖していたが、とにかく急いだ。
城の庭でシュナの従者を見つけると、竜や魔力解放のことは省いてシュナが気絶したことを告げた。
シュナの部屋へと移動する間に医者を呼んでもらおうとしたのだが、なんと医者自体が存在しないらしく僧侶を呼んでもらうことになった。
駆けつけた僧侶がシュナの容態を確認する間、従者から聞きつけたのであろうシュナの両親、つまりヴィンター辺境伯夫妻もシュナの部屋へとやってきた。
その間、事の経緯をどう伝えるか考えていたが、結局僧侶に対しては竜のことは話さずに興味半分で思いっきり氷魔法を使ってみたと伝えた。
その話を聞いた僧侶は魔力を使用したことによる一時的な枯渇状態だと診断し、自身の魔力をシュナに分け与えた。
それ以外については、体の状態は良く問題無いだろうとのことだった。
僧侶が去った後にクレアも部屋にやってきて、俺とクレアがシュナの両親に対峙する形になった。
ここに来てからしたことを並べれば、シュノーを氷漬けの状態にした上にシュナも気絶だ。領主によって沙汰が下される以上、もしかしたら死刑ということもあり得るかもしれない。
まずは謝罪をする為に前に出ようとしたのだが――
「わたしはボッシュのリーダーのクレアよ。彼はハル。聞いているかもしれないけど、シュノーの友人で、依頼を受けてシュナちゃんの魔力暴走を助けるためにやってきたわ」
「クレア様でしたか。いつも大変お世話になっております。ハル様。初めまして。ライツフォル・ヴィンターと申します。こちらは妻のシューネです。この度は娘のことで助力を頂きありがとうございます」
ライツフォルがそう言うと二人揃ってお辞儀をした。
俺は予想と全く異なる反応に面食らっていたが、ひとまず挨拶をする。
「ハルカゼだ。よろしく頼む。その……シュナとシュノーのことは、すまない」
「いえいえ、シュノーが依頼をしたことであれば必要なことをなさって頂いたのだと思います」
ヴィンター辺境伯夫妻は全くと言っていいほど怒ったような様子が無い。
まるでシュノーが決めたことであればその結果について文句を言う立場ではないとでも言うような。
それにクレアがいつもの調子だったのに対して、夫妻はまるで立場が上の者を相手にするような態度だ。
いや、もしかしたらそういうことなのか? 三大冒険者パーティのリーダーは立場が上になるのか?
そう仮定したなら俺への態度にも納得だ。
考えてみれば、あの地獄の谷を領内に持つのだから三大冒険者パーティに依頼を出していても不思議じゃない。さっきのやり取りから、もしかしたら冒険者ギルド経由でボッシュにも過去に依頼を出したことがあったが今初めて挨拶をしたということかもしれない。
俺でも対等以上の立場で話せるのであればお願いしたいことがある。
「すまないが、シュナについてライツフォルと二人で話がしたい」
「私とですか? 承知しました。それでは別室へご案内させて頂きます」
俺の突然の申し出に三人とも驚いたようだが、ライツフォルは承諾してくれた。
ライツフォルに案内されて同じ階の別の部屋に入った。ライツフォルによると領主執務室らしく、王都の王の執務室に入った時と似たような雰囲気があった。
部屋のドアを閉めるなり、ライツフォルは俺に問う。
「お話というのはシュナの魔力についてでしょうか?」
ライツフォルは俺が話したいことを察していたようだ。
「そうだ。シュナから事情は聞いた。単刀直入に言うが、シュナに定期的に魔力解放をさせてやってほしい。あの魔力は抑えておくには強すぎる」
「そういうことでしたか……。ちなみに、何があったのか聞いても構いませんか?」
「シュナが魔力を解放した途端、見渡す限りの視界が凍りついた。おそらくこの街を丸ごと包み込んでしまうほどの範囲はあったと思う」
「それほどですか……」
竜の件については話さないでおく。あれは迂闊に話せば色々と大騒動になりかねないと思う。シュナの意思を確認するまでは話さないでおこう。
「あれほどの魔力を解放せずに溜め続けたら影響が出るのも当然だ。体調不良はそれが原因だったんじゃないか? 解放した今は血色がよかっただろう?」
「そうですね……。ハル様を信頼してお伝えしますが、継承問題を回避する為にもシュナにとっては辛いことと理解しつつも自力で治ることを期待していました。しかし、それほどの魔力とは思わず……。抑制していたことが原因であれば、仰る通り定期的に解放をさせてあげたいとは思いますが、いかんせん場所の問題がありますね……」
「それはそうだな……」
とりあえず継承問題よりシュナの健康を優先してくれそうなので一安心したが、たしかにあの魔力を解放するとなると場所が問題だ。
そもそも家系的にシュノーよりも魔力が強いということは三大冒険者パーティのリーダー以上ということになるのだ。そんな魔力を解放してもバレないような場所はそうそう見つからない筈だ。
「もしかしたら魔法使いに聞けば何か別の方法が見つかるかもしれない。というか、シュノーに話してみてはどうだろうか」
「シュノーにですか……」
「継承問題の都合で話せない決まりなのは分かるが、それどころじゃないだろう? それに、三大冒険者パーティのリーダーにもなったシュノーが相手なら、その継承問題自体も起こらないと思うんだが」
俺がそう言うと、ライツフォルはしばらくの間考え込んでいたが、やがて決意したように口を開いた。
「当領では昔は魔力を絶対的な指標として次期領主を決めてきました。統治体制が未成熟だったことや辺境であることから一族や領土を存続する為に何よりも力を重視していたのです。
先々代からは長男が継承することが基本となりましたが、一族ではいまだにそうした考えを持つ者も少なからずいます。
次期領主は領主の一存だけで決めることはできません。一族から反対の声が強くなった場合には従わざるを得ないこともあります。
ですが、仰る通りシュノーであれば十分過ぎるほどの実績もあるので反対の声も出にくいでしょう。
それに、時代の変わり目かもしれませんね。継承問題を回避する為に娘を犠牲にするようなことは私の代で終わらせたい。今後、子供達が親になった時にもそのことで心を痛めてほしくないので。
シュナには魔力の秘密のことを気にせずに自分のしたいようにさせてあげたいと思います」
「それはつまり、例の秘密に関しては今後は公に、いや、公にせずとも隠さないということか?」
「その通りでございます」
そう言うライツフォルは晴れやかな表情をしている。
俺はライツフォルの出した結論に驚いたが、なんとなくその顔からはずっと悩んでいたように思う。
「そうか。そう言ってもらえると助かる。ありがとう」
「いえ、感謝すべきはこちらです。娘のことを考えて頂き、ありがとうございます」
シュナの体のことはこれで大丈夫だろう。
あとはトラウマの問題だが、そっちについてはシュナが起きたらあらためて話そう。
残る問題はシュノーだ。まだ城に戻ってから見てないが、どんな様子だろうか。
ライツフォルと共にシュナの部屋に戻って再度容態が良好であることを確認してから、クレアを伴ってシュノーの部屋に向かった。




