第四十二話 クレアとシュノー Ⅹ
シュナを背中に乗せて上空へ飛ぶと、それまでにシュナが外出していることが城中に知れ渡っていたようでどよめきが起こった。
「すごい……本当にこんな飛べるなんて……!」
シュナも興奮していることが声と手から伝わってくる。特に手の方はとてつもなく冷たい。
「みんなの方もだいぶ驚かせたみたいだな」
「そうですね。ずっと部屋にいましたので……それに空を飛んでいますから」
「一年ぶりだもんな。体の方は大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
「わかった。もし何かあったら言ってくれ。それじゃ人がいないような場所を探しに行くか」
「お気遣い頂きありがとうございます。人がいない場所……ウチの領は山脈なので街が無い場所には人もほとんどいないと思いますが、特に北の方は気温も下がるので少ないかと思います」
「なるほど。じゃあ北の方に行ってみるか。方角はどっちになる?」
「あちらですね」
「わかった。じゃあ行くぞ!」
「お願いします!」
シュナが指差した方角へと加速していく。
シュナからは「わぁ」とか「綺麗」とかそんな感嘆の声が聞こえてくる。
風魔法での飛行は今のところ全員に好評だ。自信はあったが、シュナの反応に俺も嬉しくなる。
また、雑談ついでに風魔法や仕事等についても色々と質問をされたので所々誤魔化しながらではあるが話した。やはり風魔法はかなり興味を引いたようだ。
そんな感じでしばらく飛んでいると、たしかに気温が下がってきた。
俺達は風魔法によって暖房を纏っているから平気だが、夏だというのに山頂に雪が見えるようになってきた。
これなら冬は寒すぎて人も住めないだろう。それまではまばらに小さな村があったが、それも少し前から見えなくなった。
このあたりならシュナが溜めてきた魔力を解放しても気づかれることは無さそうだ。
そう思っていい場所を探していると、ちょうどいい感じの谷が見えてきた。
「このあたりにするか」
「そうですね。人もいそうにないですし、ここなら大丈夫かと思います」
山脈ということもあって今までにもいくつも谷を過ぎてきたが、ここは広い上に森が鬱蒼としていて、なんというか人を寄せ付けない雰囲気もある。
魔物には遭遇したくなかったので、その中でも木の生えていない開けた場所を見つけて降りていく。
しかし、高度を下げていくほど不気味な雰囲気が漂ってきた。
上空からは分からなかったが周囲の木々というか森全体の木がやたら大きい。一本一本が巨大なので間隔も広いが上空からは地面が見えないほどに葉が密集しているようだ。
そして、その開けた場所は木が生えていないのではなく、過去に地面ごと根こそぎ削られたかのように思える。
この巨大な木が根こそぎ削られる? 魔物とはそんなに危険なものなのか?
今までに感じたことの無いような頭の奥がチリチリと焦げるような感覚を覚えながら降りていくが、その危険な焦燥感は耐え難いほど募っていく。
これ以上降りるのは危険だ。何が危険かは分からないが、本能に従おう。
やっぱり場所を変えよう――と言いかけた時、周囲の木々の間から巨大な何かが飛んでくるのが視界に入った。
死ぬ。
そう直感して、飛行用の風魔法を出力可能な最大風力にして距離を取ろうと試みる。
今までに出したことの無い風力による加速で気絶しそうになるが何とか持ち堪えた。
「シュナ! 大丈夫か!?」
「はい!」
よかった。シュナも意識はあるようだ。
安心するのも束の間、轟音に襲われ、飛んでいる最中だというのに地震に襲われたかのように一瞬制御を失う。
なんとか体勢を立て直して後ろを振り返って轟音の発生源を確認する。
それは前世で春風達が見ていた洋物のファンタジー映画やアニメ等に登場してきた生物。
竜だった。
「竜!?」
心臓がかつてないほど速く鼓動するのを感じながら、とにかく全力で逃げる。
追いつかれれば確実に死ぬ。
竜は俺達を追うように飛んでくるが速度はこちらの方が上のようだ。
このまま飛べば逃げられる。
そう思っていると、前方の木々の間からも突然竜が現れ、再び轟音に襲われる。
轟音は竜の咆哮だった。
体が硬直したように動かなくなり、風魔法も制御を失う。
挟み撃ちにされた。
恐怖で頭が真っ白になる。
そのまま、なすすべもなく前方の竜の口元に吸い込まれていく。
死んだ。
そう思った瞬間。
見渡す限りの世界が凍った。
轟いていた竜の咆哮もピタリと止まり、風魔法の制御を取り戻す。
凍った竜に激突する寸前で回避に成功し、そのまま高度を上げていく。
後ろから追ってきていた竜も凍ったようで地面に墜落したような形になっている。
こんなことができるのは一人しかいない。
「シュナ!」
名前を呼ぶが返事が無い。
急いで背中に背負う形だったのを前で抱きしめる格好にする。
シュナは意識を失っているのか、目を瞑ってぐったりとしている。
「シュナ! シュナ!」
大声で呼びかけても返事が無い。
背筋が凍るような感覚を覚えながら、とりあえず竜のいるこの場所を全速力で離れる。
もう場所の見当はついていた。
ここは以前シュターク達が話していた地獄の谷だったのだ。
ぐったりとしたままのシュナを見ながら悔やむ。
何故もっと早く気づけなかったのか。
西の国境を形成するヴィンター辺境伯領は北のハイツン帝国との国境にもなっていたのだ。
三大冒険者パーティでさえ苦戦するという地獄の谷の竜。
あんなのは勝てるわけがない。
自責の念で歯を噛み締めながらシュナが休める場所を探した。




