第四十一話 クレアとシュノー Ⅸ
シュノーの部屋に入った俺とシュナの目に飛び込んできたのは見事に彫刻されたシュノー入りの氷像だった。
窓際の日当たりの良いところに立っていて日光がキラキラと反射している。
「何があったんだ……」
思わず呟くと、その横で座っていたクレアが俺達に気づく。
「なんだ、ハルか。ってシュナちゃんも!?」
「クレア。あれは一体どういうことだ?」
「削ったのよ。早く解けると思って。それよりシュナちゃんは歩いても平気なの?」
削ったって。氷なのだから削ろうと思えば削れるだろうがこんな短時間にこれほど削れるものなのか?
いや、三大冒険者パーティの連中は色々と想像を超えてくるので考えるのはよそう。起こったことを受け入れるのだ。
「シュナは……風魔法で冷気を取り払ったら体調がよくなったんだ」
俺からは詳細については省略する。シュナが必要だと思ったら話せばいいだろう。
「おかげさまでだいぶよくなりました」
そう微笑みながら話すシュナの変貌ぶりにクレアは大きく目を見開いている。
「それはよかったわ! それにしても本当に綺麗ね……」
クレアが感嘆の言葉を漏らす。やはりクレアもそう思うらしい。
とりあえずシュノーの様子を近くで見るために三人で近づく。
シュナはその絶望的な表情を見ながら口を開く。
「あの……顔がすごいことになっているのですが、どのようなお話をされたのですか……?」
その質問を受けて、クレアと目が合う。
シュノーのシスコン問題をシュナに話さなければならない。
俺とクレアは小さく頷き合うと、シュナに顔を向ける。
「実はな……シュナの魔力暴走について相談を受けている時に、原因としてシュナに想い人がいるかもしれないとシュノーに話したんだ。そしたら氷に覆われてしまった」
「そ、そんなことが……」
まさかの事実にシュナも顔を引き攣らせている。
「おそらくシュノーにとってそれは衝撃的過ぎたのだと思うが……」
「シュノーはシュナちゃんのことが好きすぎるみたいなの。だからね、シュナちゃんからも言ってあげた方がいいんじゃないかなと思って」
「ああ。差し出がましいことを言うようだが、このままだとシュノーが家庭を築くことにも支障が出るんじゃないかと思ってな……。シュノーの為にも、シュナの為にもなると思うんだ」
俺とクレアのやり取りを聞いてシュナは視線を落とした。
シュナにとっては優しい兄でもあるのだ。
「別に拒絶をする必要は無い。少し、こう、妹離れを促すだけでもいいと思うんだ」
俺がそう言うと、クレアがこちらを睨む。「それじゃ意味ないわよ!」と目で訴えているように思う。
だが、シュナが家族以外に触れることもできなくなった時にはシュノーが心の支えになっていた筈だ。その事情を知る俺としてはシュノーを無碍にするようなことはできない。
「そう……ですね。お兄様の為にも心配の要らない体になって、しっかりとお伝えしたいと思います」
「ああ。そうだな。まずは体をよくしてからだ」
「それもそうね! ところで、恋人がいたっていうのは本当なの?」
「い、いえ。幼馴染の友人です」
シュナは誤魔化すようにそう言ってこっちを見る。
あまり触れてほしくないのだろう。あんな過去があれば当然だ。
「じゃあ俺とシュナは少しの間外に行ってくる。風魔法が効くみたいだから空を飛ぶのも効果があるかと思ってな。シュノーの看病を頼む」
「なるほどね。わかったわ!」
「それでは、行ってまいります」
あまり深堀りさせない為に適当な嘘で話を切り上げて部屋を出た。
次はシュナの従者に許可を取りに行く。
「次はシュナの従者だが……」
「はい。ご案内します」
そう言ってシュナが先導するように歩いていく。
その際にシュナから説明されたが、シュナが部屋に籠もるようになってからは部屋の前に一日中立たせているのも忍びないので使用人として雑事をしてもらっているようだ。
そして、昼過ぎの今の時間は庭仕事をしているのだと言う。
城の階段を降りていく最中にも文官や使用人と思われる人々に遭遇したが、みんな一様にシュナが外出していることに大きな衝撃を受けているようだった。
城に入ってきた時のように庭に出て歩いていると、草花に水を撒いている初老の女の前でシュナが足を止めた。
その女はシュナの姿を認めると作業を止めて驚いたように見つめる。そして、大粒の涙を流し始めた。ずっと心配していたのだろう。
だが、少年の腕の凍結事件のことを知っているのか、涙を流すもののシュナに触れようとすることは無い。
そのことに気づいて、シュナが家族以外との接触を徹底的に避けていたことに思い至り、あらためて事の重大さを痛感する。
シュナも本当ならハグでもしたいのだろうが動けずにいる。
そんなシュナを見て、思わずその手を取って握った。
俺の行動にシュナは驚いたような顔をしている。
俺も手の冷たさに驚いた。
先程は温かくなったのにまた冷たくなってしまっている。暖房は纏ったままにも関わらずだ。
ここまで歩くだけでも、こうして話すだけでも、精神には相当な負荷があったことに気づいて、なんとなくもう改善に向かっていると思っていたが楽観的だったと思い知らされる。
だから、シュナと従者にあらためて「絶対に治すから安心して欲しい」と告げた。俺の決意であり率直な思いだ。
従者も俺とシュナを何度も見ては安心をしたのか笑顔になり「どうぞシュナ様のことをよろしくお願いします」と返した。
そのシュナは顔が見えないほど俯いてしまって表情が見えない。涙を流しているのだろう。
シュナに代わって俺が飛行の許可をお願いすると、従者は驚いたような顔をしたが笑顔で了承してくれた。
そして、なおも俯くシュナを背中に掴まらせると上空へ飛んだ。




